第6話「魔法少女って一体何なのさ」
『私はいつだってあなたを見ていますよ』
夢の中で、誰かに何かを囁かれていたような気がするのだが、記憶に霧がかかっていた。
一昨日は色々あったものの、翌日は何か起こるということもなく、平和な休日を過ごしての今日であった。いつもより早く起きたので、まだ家を出ていなかった母と一緒に朝ごはんを食べた。両親共々、朝が早く夜が遅い。それに関して何か思うことがあるわけでもないが、早起きしてよかった。
いつもより早く家から出て、鹿乃子と合流した。
「おはよう、鹿乃子!」
「さわちゃ〜ん! 昨日の間に、こころさんに何かされなかった?」
合流して早々、肩を掴んでガンガンと体を揺らされる。
「だ……大丈夫……特に何も、なかったから……」
気持ちはわかるが、大親友の三半規管を泣かすのはやめてほしい。
「あぁよかった〜。こころさん、さわちゃんのことをあんまり好きじゃないみたいで、昨日の間、ずっと挙動不審だったから」
「そうなんだね……」
挙動不審になるって、どれだけ怒ってるんだか。本当に殺さないでいてくれるのだろうか、あの人は。
「さわちゃんが魔法少女になっても、別に何も問題はないって思うんだけどね〜」
「ならないよ!? あくまでサポートメンバー!」
「わかってるよ〜」
「本当にわかってるんだよね……?」
確かに、魔法少女といえば、普通の少女が変身してなる方向が普通だ。しかし、あたしの知る限りでは、変身アイテム的なアレもマスコット的なアレもなさそうだし。現実は世知辛い、結局才能なのか。
「でも、こころさん優しいから、すぐにわかってもらえるよ! わたしが保証する!!」
「それは、うん、ありがとう………………」
信頼はあるけど、信用ならない。
通学路にて、いつものようにあたしと鹿乃子は手を繋いで歩いていた。
「なあ、鹿乃子」
「何?」
「本物相手でも、ハグくらいなら、いつでもオッケーだからね」
我が親友を赤面させるのは、意外と簡単だった。
それから、今日のあたしは体育のサッカーで3ゴールを決め、数学のプリントを全問正解し、教室に入ってきた蜂を手で鷲掴みにしたりした。
「まさに絶好調……!」
今のあたしはまさに、魔法少女ってるんじゃないかと思えるくらいだった。
「………………のにっ!」
昼休み。
穏やかな光を窓越しに受けて、左手に貼られたガーゼを眺めつつ、廊下を歩いていた。詳細に説明したくないけれど、ただ言えるのは、スズメバチじゃなくて、本当によかったということだけだ。体育館裏へ向かうと、英子がまたもやいた。今回は電話で事前に連絡してから来たので、よしとする。
「ほい、これ。一昨日にリーダーの家で忘れてたぜ」
何用かと思えば、武器を届けてくれたようだった。黒い棒と、武器を発動させるための宝石が3、4つほど。
「ありがと。やるじゃん、英子」
「言い方がいちいち偉そうなんだよお前は」
英子の脳天のアホ毛がぐわぐわと揺れた。
「もっと人生の先輩に敬意を持って、敬語で話すとかなんとかしたらどうなんだよ……あ、あと、そうだ。お前に伝言が届いている。渡久志こころからだ」
「はいはい——って、伝言?」
ずっこけそうになった。サラッと言わないでほしい。
「内容はどんな具合で……? 想像が着くには、着くんだけど……」
「そうかよ。じゃあ——ぐ、ぐふんっ!」
英子はわざとらしく咳払いをすると、低くドスの効いた声で内容を綴る。全く似ていなかった。
「『あなたのお墓にお供えするケーキがあるから、見に来てちょうだい。とても満足してもらえると思うわ。そしてそのまま死ね』ってさ」
「………………!」
書き出しがブラックジョーク風なだけの殺害予告だった!!
愕然とするあたしに、英子はせせら笑いを浮かべる。
「……あ、あたし、なんでこんな、嫌われてるのかな……」
「知らねぇよ。魔法少女ってのは、頭のねじが吹っ飛んだやつばっかりだからな。渡久志は中でも最大級——こういうの、メンヘラってやつなんかね」
「メンヘラ……? それって——」
意味が違うのではないだろうか。メンヘラという言葉を使ってしまうと、まるでこころがあたしを独占しようとしているみたいになってしまう。魔法少女は頭のねじが吹っ飛んだやつが多いというのは、あたしの目の前に立っている人物からよくわかるけれど。
「違う違う。あいつが独占しようとしてるのは、有馬鹿乃子だろうよ。昔から、我が子同然に猫可愛がりしてるんだわ」
「それで、なんであたしに殺意を?」
「嫉妬してるんじゃね?」
「えぇ……」
そんな理由でだけは、絶対に殺されたくない。
「まあ、ともかく。今日の放課後は勝負だぜ。お前のやるべきことはわかっているな」
いきなり真剣に問い詰めてくる。
「えっと——こころさんに、あたしが仲間になることを納得してもらうってこと?」
「おおむね正解だ。だが、それは確実に無理だろう。あいつ頑固だから、半月くらい全力で媚び売ってようやく考えてもらえるかどうかってところだ」
「めんどくさい女すぎるじゃろ……」
「まあ、だから、ここでの目的は、生きて帰るってこと」
「生きて帰れない可能性があるの!?」
思わず叫ぶと、英子は目を丸くした。
「そりゃ、死ねって言ってるんだぞ。殺しにくるに決まってるだろうが。魔法少女舐めんじゃねーぞ」
「えぇ!?」
もしかしたら、本当にお墓が建つかもしれない。ケーキなんてお供えられたら、墓が虫でいっぱいになってしまうのではないか——そんなことを考えながら受ける五時間目の授業は、給食後だというのに、全く眠くならないのだった。
そして、夕日が赤く染まり始める頃。
「絶対に認めてもらうし、生きて帰ってやるんだからっ!」
「気合い入ってんなぁ」
あたしと英子は、渡久志こころが住んでいるらしきアパートへ向かった。途中から違和感を感じていたが、到着の瞬間、違和感は確信へ変わった。
「ここ……英子のアパートじゃんか…………」
「そうだな。半分くらいは、魔法少女たちの巣窟だよ。家賃がめっちゃ安いんだぜ」
お互いに知り合ってままない頃、情報を共有した時に知ったのだ。すでに3回くらいは、お邪魔させてもらったのだが、こころには一度も出会わなかった。まさかまさか、そんな紙一重だったとは。
「手を回してたんだよ、こころがお前の存在に気づいちゃ、厄介なことになると思ったからな。まあ、結局バレちまったし、厄介なことになったわけだが」
ぐったりと彼女が吐くため息には、疲れがこもって見えた。英子のことだし、気のせいだと思うけれど。
「そんじゃ、行くぞ」
歩き出す。あたしは黒い棒をギュッと握りしめた。まだ、宝石は取り付けていない。手に汗が滲んでいた。嫌な予感がして、今すぐにでも帰りたくなってくる。あたしは両手でほっぺをピシッと叩いた。
「よ、よっしゃー! もしもの時はこのハンマーでぶっ飛ばしてやるぜ! こちとら少なくとも、五つのスポーツで神童って言われてきたんじゃ!」
「せいぜい頑張れよ。無理だろうけど」
「ひどい!」
階段を登り、外を眺めながら廊下を渡り、突き当たりがこころの部屋だった。チャイムが壊れているらしく、英子は3回ノックして少し待ってから、ドアを開けた。ぎいぃという音が、あたしの耳から脳内へ響いていく。
部屋の中は、狭かった。元々狭い部屋なのだろうが、より狭くなっているようだった。
「な、なにこれ……」
脳に優しいけど、目には厳しい部屋だと思った。ファンシーなぬいぐるみがあちこちに飾られていたり——そして何より家具だ。テーマパークの展示で可愛いキャラクターの暮らしている部屋が作られていると、テンションが上がるけれど、そういう家具だった。オーダーメイドなのか、手作りなのか。さらに壁紙は真っピンクである。アパートのルール的に大丈夫なのかどうか、なんでもいいけれど、とにかくあたしは声が出なかった。
声も手も足も出すことができなかった。
「そういや渡久志は、鹿乃子と一緒に暮らしてるんだよな」
あたしの様子を見てハッとしたのか、注釈を加えてくれたらしい。こころと鹿乃子が二人暮らしという事実に驚くのは後回しにした。
「じゃあ、この可愛い尽くしは鹿乃子の趣味って、こと?」
「…………そういうわけでは、ないんだよなこれが。だとしたら、渡久志が寛容すぎるとは思わないか? ルームメイトの趣味で、部屋がこんな具合になっていたらお前だって嫌だろう」
「ってことはつまり——」
部屋の奥にある、ソファーにこころは座っていた。そのソファーは、プリンをモチーフにしているようで、黄色に上側だけが茶色くなっていた。
部屋にそぐわなすぎる、真剣な面持ちだった。
足を組んで、こころは、「可愛いに包まれる日常なんて、素敵だと思わない?」と言った。
「……まあ、否定は、しないでおいて、あげるんだけどさ」
言葉に詰まる。化け物を相手にしているようだ。
「さあ、ケーキを食べましょう。イチゴをふんだんに使った、ショートケーキよ。最後の晩餐を、ありがたく頂きなさい——と、言いたいところだけれど」
立ち上がり、キッチンの冷蔵庫(氷モチーフのデザインらしきもの)まで向かうと、中から大きめの箱を取り出した。するとテーブル(ハート型だ。地べたに座って使うタイプ)に置き、ちょこんと座り込む。
「リーダーが現役でいる間は、あなたを殺す気はないのよ。私はこれでも、リーダーに忠誠を捧げてきたのだから、最後の最後で裏切るわけにもいかない」
「げ、現役って……」
魔法少女の、現役って意味なのだろうか。確かに、魔法少女が大人になったらどうなるかなんて、考えたことがなかったけれど、まさか、卒業するわけでもなかろうに。
思考を組んでいると、こころはふふっと笑った。
「そのマッカーサーよ」
「それを言うなら『そのまさかよ』だろーが。変なボケを入れるんじゃねーよ」
英子が口を挟む。
「……魔法少女の戦いは、引退によって幕を閉じる。全盛期を過ぎれば魔力は衰えるばかり。引退したあとは、普通の人間として、幸せに過ごすってわけよ」
「引退……」
どう反応すればいいのだろう。初めて知ったことだが、あたしがそんなことを知ったところで、何になるというのか。
「それ以上話すこともないわ」
こころは不快そうに顔をしかめる。
「リーダーが引退して、結婚するまでの二ヶ月間の間は、あなたを殺さないでいてあげる。リーダーの意向に従ってあげる——と、単純にそう言ったのよ。せいぜい二ヶ月間、震えて眠ることね」
彼女は箱を開封して、ホールのショートケーキを取り出す。いちごが大量に乗っており、2個くらいお皿に落っこちていた。
「食べなさい」
「え?」
「最後の晩餐(前座)ということにしておいてあげるから」
「えぇ…………」
それからこころは無言でこちらを睨みつけ始めたので、あたしは慌ててテーブルに向かって座る。しれっと英子が三人分のフォークを持ってきていた。
「食べるぞー!」
と、ちょうどその時、玄関のドアが開かれた。狭い部屋なので、玄関から全体が見渡せる。そこにいたのは、我がマイフレンド、有馬鹿乃子であった。
あ……そうだった! 二人暮らしなんだったーっ!
「え〜! みんなでお菓子パーティですか!? わたしも混ざりたいです〜!」
手を合わせ、目を輝かせる鹿乃子。
「いいわよ。というわけで秋草爽、このケーキは三人用だから、家に帰ってママのケーキでも吸ってなさい」
「ケーキを吸うんですか……」
というかスネ夫かよ。三人用のケーキなんてないし、あるとしたらそれは三人前だ。
それから、四人でケーキを食べた。鹿乃子が帰ってくるまでずっと感じていたこころからの強烈な殺意と視線は、いつのまにかなくなっていた。渡久志ここほは、相手に対して反応を変えるタイプらしい。色々とあったものの、拍子抜けというか、腰が抜けてしまうような放課後を過ごしたのであった。
で、帰り際。こころが見せたいものがあるというので、ついて行ってみれば、アパートの一階の一室だった。何もない部屋だが、掃除が行き届いており、中央に、紫色に光り輝く石のようなものがあった。
「これ……なんですか? どうも、儀式めいた場所ですけれど」
「魔法少女がどうやって生まれてくるか、知ってる?」
簡単には質問に答えてくれないらしい。
「普通の人間とは、違うんですか?」
「違うわ」
即答だった。あたしは思わず首を傾げる。
「は、はい……? それなら、どうやって産まれてくるというんです。魔法少女だって、魔法が使えるだけの普通の人間じゃ、ないんですか?」
「根本的に勘違いしているようね、私たちのこと」
こころは歩いて、紫色の石を手に取った。片手で包み込むようにしても、光が漏れている。
「魔法少女に親なんていないわ。具体的にわかっているわけじゃないけれど、私たち魔法少女に共通して刻まれている一つの情報があるのよ」
「一つの、情報……?」
「『魔法少女は創造主によって作られる、魔物と戦うための戦士である』——とね。この石は、どこかで産まれた魔法少女が、安全な場所へ辿り着くようにするためのシンボルなのよ。広い範囲に魔力を飛ばし続けているわ」
「創造主……戦士……シンボル……? ごめんなさい、いきなり何を言っているのか…………というか、何が言いたいのかが……」
「くだらない勘違いを訂正しようと思っただけ」
石を置いて、こころは顔を近づけてくる。アイスのように冷めた表情だった。
「魔法少女は、人間なんかじゃないわ」
「…………………………」
「戦士よ」




