第5.5話「素直じゃない女」
深夜ごろ、俺はリーダーの家に向かっていた。
なにせ、こんな事態になったのだ。一般人を仲間に加えるなんて、他のテリトリーの魔法少女はそうそうしないだろう——雪野英子という名を持つ魔法少女として一つ意見を述べさせてもらうと、龍十三良の行動は正しい。無意味な殺生など、あるべきことではないのだ。
「面倒臭いことになっちまったぜ……」
俺はただ、あいつをひたすらいじめてたかっただけなのに、世の中とはままならない。
1番厄介なのは、渡久志こころだ。野放しにしてたら、普通に秋草爽をぶっ殺しかねない、というか絶対放置しちゃならない。いつまでリーダーがあの正義マンを止めていられるかも、わかったものではないし、第一リーダーは、もう魔法少女をやめるのだから。
結婚式、いつだったか……。
「いきなり結婚して同棲ってのも、難しいと思うけどな……」
魔法少女が生まれた時に背負う、戦いの宿命からの解放。我がリーダーにもそのタイミングがやってきたのだ。魔力も衰えつつある中で、付き合っている彼と結婚の話になり、ちょうどいいタイミングなんだとか。将来的な結婚願望すらない俺からすると、何が幸せなのかさっぱりだ。
とにかく。
現リーダーの龍十三良が引退するならば、新しいリーダーが選出されなければならないわけだ。まあ、それが俺と渡久志こころのどっちになったところで、渡久志こころは秋草爽を殺そうとするに決まっている。いざとなれば立場なんて関係ないのだ、あいつには。
ならば今日、リーダーの提案を嫌々ながらも認めてくれたというのは、渡久志こころが本気で龍十三良を尊敬していることを表しているのかもしれない、知らんけども。
道中の自販機で買った100円のメロンソーダの強炭酸に唸りながら、リーダーのマンションへたどり着いた。軽くアスファルトの地面を蹴り、7階の廊下まで飛ぶ。
「入るぜ」
誰かが来る前、リーダーは家の鍵を閉めない。犯罪が増えつつある現代において、ひどい意識である。こんなやつ、異性と同棲なんてできるのだろうか——と呆れつつドア開けると、電気がついていなかった。玄関から廊下を渡ると、リビングの前に渡久志がいた。ちなみに、俺より身長が高い。
「電気もつけず何してんだ」
「リーダーが寝てるから、どうしようかと」
見てみれば、リーダーは、ダイニングテーブルに突っ伏していた。仕方がないので、俺は電気のスイッチに手を伸ばし、カチカチカチカチと付けたり消したりする。
「やいこら! 起きろ!」
「は、はい!!」
夢から引っ張り出されたらしく、ビクンと体が跳ねた。椅子が後ろに倒れる。
「……あーっと。そうそう、みんなで話し合いをするんだったわね」
リーダーはそそくさとキッチンへ向かう。
「いや、いいよ何も出さなくて……忙しいんだろ? というか、全然寝っ転がりながらで大丈夫だしな」
「あら、そう」
踵を返し、ソファへ。ぐったりと背もたれに体を預けた。今日は随分と、お疲れの様子だ。思わず気を遣ってしまった。渡久志が目を丸くしている。
「あなた……そういう気遣いできたのね」
「お前は俺をなんだと思ってんだよ」
俺たちはダイニングチェアーに座った。
「もうね……25歳のあたりでもうだいぶ限界が来ていたんだけど、分身二人を同時に動かすのはもうそろそろエナドリ飲まないと無理ね……。集中力が持たないわ」
なるほど、それで疲れてるわけか。全盛期の、会議を受けながら魔物を退治していた頃の彼女のようにはいかないらしい。集中力も、ほとんど人間レベルということか。魔力の衰退がそんなところまで影響を与えるとは初耳である。
「エナジードリンクは体に悪いですよ。糖分を過剰摂取するなら、ケーキを食べた方がまだマシというもの」
渡久志はすぐにイミフな口出しをする。
「そんなこと言ってるわけにもいかないのよ〜仕事は休めないし……」
「もう魔法少女としての活動はやめた方がいいんじゃないですか? 私たちのことは私たちでどうにかできますから、分身を使って私たちを監視するような真似ももうやめにして——」
「でも、私が監視をやめたら、あなたは秋草さんを殺そうとするでしょう」
「それは——」
「魔法少女の秘密を守るために、秋草さんを排除するべき——確かに、正しい考えだと思うけれど、そんな、残酷なことを言わないでほしいって思うの。私たちは、魔法少女……世界の平和を守らないと…………」
そのまま寝息を立てはじめる。俺はため息をつくと立ち上がり、彼女の額にデコピンをかました。
「うはっ!」
間抜けな声であった。俺はダイニングチェアーに戻る。
「……もっともなことを言うと」
そのまま続行するらしい。額に跡がついていた。ちょっとやりすぎたか。
「秋草さんがひどい目にあったら、鹿乃子ちゃんが悲しむでしょうしね。それは、こころさんにとっては快いことでもないでしょう」
「……………………」
「…………おい、リーダー。今のは、俺たち笑った方がいいのか?」
「自由にしなさい」
「じゃ、聞かなかったことにするんだがよ。で、こころ、お前は今のリーダーの言葉を聞いてどう思うよ」
「……………………」
「黙ってんじゃねーよ」
いつもに増して口数の少ないこいつのために、なぜ俺が話を進行させなきゃいけないのか。油断すると、リーダーが寝ちまうし。
「……確かに、そういった考え方もあるわね。鹿乃子の気持ちを考えてくれてありがとう、リーダー」
相変わらずのシスコンっぷりだ。
「鹿乃子は私の妹ではなく娘よ。故に、私はシスコンではないわ」
「勝手に地の文を読むな」
「あくまでも私は親バカよ」
「どっちにしたところでじゃんかよ」
魔法少女には親なんて存在自体ないし、そう考えると、鹿乃子は渡久志の娘ってことで、大体間違いはないんだが……まあ、その辺のアレコレは、そのうち秋草爽も知ることにはなるんだろう。
あいつも仲間になったことだし。
「——私はまだ認めてないわよ、あの人のこと」
渡久志が目を尖らす。どうやらどうやら、スイーツだけじゃ、機嫌が治りそうにない。
「そうくると思った。へへっ、勝手にしろってんだ。俺はあいつがどうなったところでどーでもいい。見てておもしれーやつだが、あんな考えなしのバカは、殺されたところで自業自得だ」
「素直じゃないのね」
リーダーから、予想外の言葉が差し込まれた。彼女はソファにゴロリと転がったまま、パジャマのポケットから白い宝石を取り出す。俺が固有魔術によって作り出せる宝石、魔力を事前にストックして、砕くと自由に変形できる。
「あ、なるほどな」
秋草爽に渡していたあの武器は、この宝石を使うことで力を発揮できるというわけで、いくつか持たせている。リーダーに武器を預けた後、うっかり返し忘れたのか、あえて持っていたのかは、わからないのだが。
「この宝石を介して、あなたが秋草さんの様子を見ているんでしょう? だから今日、秋草さんは魔物から振り落とされることなく、あなたに助けられた」
「……お見通しってか」
もはや、笑うしかなかった。
「そもそも、本当にどうでもいいなら、こころさんから秋草さんを庇ったりすることもないしね」
「それに関しちゃ、まあ、ぐうの音も出ないけどな」
とち狂った渡久志に動揺していただけというのもあるが、どう言ったところで変わらないので口には出さない。
「バレちまったならしゃーなしだ。渡久志、お前の好きなようにはさせないから、せいぜいイラついとけってんだ」
「チッ、死ね」
いやキレすぎだろ。なんでそんなに秋草爽が嫌いなのか、皆目見当がつかない。鹿乃子と仲がいいあいつに嫉妬してんのかな。こいつの場合、わりかしあり得るから笑えない。ガキなんだよなあ、俺も人のこと言えないけど。
「そんじゃ、俺は帰ろうかな」
俺はダイニングテーブルから立ち上がった。渡久志は帰るつもりはないと言わんばかりに座り尽くしていた。もう深夜だというのに、不健康ったらあらしない。しかも、こいつは俺と違い全日制の高校に通っているのだ。出席日数の関係で留年寸前であることを、俺は知っている。
「やいこら、お前も帰るんだよ。立て」
「断る」
「……………………」
首根っこを掴み、渡久志を連行する。
「あ、そうだ。リーダー、結婚式は結局いつになったんだっけ?」
「再来月よ。その時までは、魔法少女を続けようと思うわ」
「さっさと辞めればいいものを。戦ってる最中にまた傷ができたらどうすんだよ、すでに結構あるし。衰えが進んだ今の状態じゃ、大きい傷とか治りづらいんだから」
夫婦になるっつーなら、ずっとお互いの服の下を見ないわけにもいかないだろうに。色んな意味で。
「まあ、誤魔化しようはあるわよ。それに、いざ引退するとなったら、やっぱり名残惜しくなってしまうものでね」
「ほーん。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
玄関をくぐる頃には、渡久志は寝落ちしていた。仕方がないので、おんぶして運んだ。
月が雲で濁っていた。
魔法少女の日々は、過酷である。生まれた頃から魔法少女は魔法少女なので、苦痛ということはないが、やはりそれでも、普通の人間として平和な世の中を生きていけるというのは、嬉しいことのはずだ。
「名残惜しい……か」
少なくとも今の俺には、全く理解できない感情だった。




