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第5話「運命共同体」

 「自分のテリトリーで何が起こっているかくらい——というより、後輩たちが何をしているのかくらいって方が正確だけれど、なんとなく把握はしているつもりだったんだけどね。とにかく、質問に答えて。こんなところで、一体何をしているかと聞いているのよ」

 首を絞めてくるような声色だった。生活指導の先生だって、ここまでの圧を出すことはできないんじゃないかと思う。今はただ、矛先があたしに向かっていなさそうであることに安堵するばかりだった。

 黒髪高校生はというと、額に汗を流しながら、数歩ほど後退りしていた。

 「…………リーダー。そこをどいてください」

 「もう一度はないわ、質問に答えなさい。自分の口で説明するスキルは、持っておかないとダメよ。それが罪なら尚更ね」

 「………………」

 「しょうがないわねぇ。みんな、一回私の家に来なさい。じっくり話を聞いてあげるから」

 ふと見れば、そばに車が止められていた。コンパクトな黒い軽自動車だった。

 乗せられた後は、全員黙っていた。後部座席にて、黒髪と白髪に挟まれていた。両方からの視線が蛇のようで、車内はやけに寒かった。

 ついた先にあったのは、十何階はありそうなマンションだった。マンションの7階の、廊下の突き当たりに、リーダーさんのお部屋はあった。玄関のドアをくぐったところで、あたしはやっと、黒いマントを脱いだ。リーダーは玄関からすぐのスペースにマントをハンガーに通し、吊るす。変形前のハンマーは、一緒に預かってもらった。

 「さあ、お茶を出すから、ダイニングテーブルに座っていて」

 にこやかにそう告げられ、マントを渡すと、おぼつかない足取りで部屋の廊下を通り、ダイニングテーブルに座る。裁判へ向かう被告人の気分だった。

 リーダーさんはスーツを脱ぎ、シャツ姿になる。鼻歌を歌いながら、お茶を淹れた。

 「秋草(あきくさ)爽——でいいのかしら、あなたは。鹿乃子ちゃんは、学校ではうまくやれてる?」

 どうやらあたしがマントの下に着用していた学校指定の青ジャージより、苗字がバレたらしい。

 「あ、まあ、はい。なにせ可愛い子ですから、それなりに……」

 「そう。なら、よろしい」

 麦茶が四つ、ダイニングテーブルに置かれた。

 「それじゃ、話し合いをしましょうか。その前に、自己紹介をした方がいいかしら。英子さんについてはよくよく知っていそうだし、まずは私から。次にこころさんね」

 リーダーさんの目線の先に、黒髪高校生もといこころ。意外と可愛い名前をしている。彼女は目線をこころからあたしに移すと、自らの手を胸元に寄せた。寄せるというか、乗っけた。この世界に、この人と同じ技ができる女性が、はたしてこの世界に何人いようか。

 「私は龍空三良(りゅうくうみつよ)。この飯川(いいかわ)市の、東側のテリトリーを統括している、魔法少女よ」

 「テリトリー……」

 なんとなく見当がつくが、聞いたことのないワードだった。元から解像度は悪いが、魔法少女への謎が深まっていきそうな気配がした。

 「じゃあ、次、こころさん」

 「……これから殺す相手に名乗るなもない」

 「秋草さんは私が殺させないから。それなら、いいでしょう?」

 「…………渡久志(わたくし)こころ。魔法少女」

 「それでよろしい。これで、話し合いを始められるわね。まずは、私が理解している現状を話——」

 三良がスムーズに話を進行させようとしたその時、インターホンが鳴った。マンションのエントランスの入り口から部屋番号を押して、呼びかけているのだ。小学生時代、クリスマスパーティかなんかで知り合いのマンションにお呼ばれしたときに、あたしはマンションにはそんなシステムがあるのだと知った。部屋の小型モニターのようなものにカメラがあって、誰が部屋番号を押したかはわかるようになっているのだが。

 あたしは大きく目を見開く。

 「あら、思っていたよりも速かったわね。家に着く少し前くらいには連絡をしていたとはいえ」

 三良はそっと立ち上がり、機器のボタンを押す。

 『わたしでーす! 開けてくださーい!』

 「はいはいーい! 入ってきてー!」

 あたしの見間違えだったらどれだけよかったか、声で完全に確信がついた。

 「か、鹿乃子……」

 音声が途切れると、三良はそそくさと玄関へ向かい、鍵を開けた。リビングに戻ってきた彼女は、にこやかな笑顔だった。状況を飲み込みきれず喉に詰まっているあたしを見て、小さく笑った。

 「ごめんなさいね。一大人の意見としては、やっぱり、親友相手に隠し事なんてするものじゃないと思うの。あの子って意外と勘が鋭いから、時間の問題だしね」

 「…………三良さん……」

 この暴挙に対して、高校生魔法少女二人は素っ気なかった。あたしに殺意を抱くこころ関しては、そんなことには興味がないはずだ。しかし、英子の方は、何かしら言って欲しいものである。塩気のない顔をされても困るのだ。この状況じゃ、どんな顔をしていたところで同じ感想を抱くんだろうけど。

 気持ちの整理とか、そんな余裕はなく、エレベーターが動いているであろう時間中、あたしは沈黙していた。全身の血が冷えて、頭が重くなっていた。

 「三良さーん! 来ましたよ〜」

 鍵がかかっているかとかを全く気にせず、チャイムも押さずにすぐ入ってきたのは、それだけ来慣れているからだろうか。

 「靴……に、なんだろ、これ……マント? 他に誰か来てるんですか〜!?」

 廊下からトコトコと足音が聞こえてくる。あたしの座る位置からして、それは背後だった。意を決せてはいないながらも、どうにか無理やり首を後ろに捻じ曲げ、彼女の姿を視界に入れる。いつも通りのお団子ヘアーの立ち姿が、死神に見えてしまった。汗が目に入って視界が霞む。

 「あれ!? さわちゃんじゃん! やっぱり、わたしの先輩たちのこと知ってたんだ〜!」

 「鹿乃子……えっと、そういうことではなくてね?」

 「すごい汗だね、ランニングでもしてきたの? それに、みんないるし……」

 鹿乃子は要領を得ないようだった。この重苦しい雰囲気を感じ取れないようだ。三良はいきなり立ち上がると、玄関へ向かう。何をするかと思えば、あたしのマントを手に取って戻ってきた。

 「秋草さん、立ってもらっていい?」

 「…………」

 何かを察して、ダイニングチェアーに抱きつきたくなったが、もうどうにもならないので、あたしは、立ち上がる。手招きをするので寄ってみれば、三良はそっとマントをかぶせてきた。

 「…………!?」

 鹿乃子は目を見開き、口元を押さえた。

 「ま、ままま、まさか今日出会ったあれって……本物だったのぉ!? じゃあ、今までわたしを助けてくれていたのは、さわちゃんだったってこと!?」

 人生13年と少し生きて、初めて、死にたいと思ったような気がする。視界が歪んで、倒れそうになったところで両手をぎゅっと握られた。いきなり視界がガンガンと上下に揺れる。何がどうなっているのか全く分からなかった。

 「すごい! すごい! すごいよ!!」

 「え? え、えぇ……」

 「さわちゃん、いつの間に魔法少女になってたの!?」

 「あ、いや、なってないし……」

 そもそもなれるものじゃないんじゃ、ないでしょ……?

 こころが立ち上がり、詰め寄ってくる。やはり、険しい顔をしていた。

 「冷静さを欠きすぎよ。普通の人間が魔法少女になることなんてないのよ。こいつはただ、魔法少女でもないのに勝手に魔物の結界に侵入して、戦っていたのよ」

 「尚更すごい!」

 「…………すごくはないでしょ。生きていたのも、運が良かっただけよ」

 「運も実力の内じゃない!」

 「………………そうかもね」

 議論が無駄であることを悟ったのか、すっと席に戻るこころは少し切ない雰囲気を纏っていた。そっぽを向く彼女を、英子が鼻で笑う。一方の英子は全く口を出す気がないらしい。

 「——それで、提案があるのよね」

 鹿乃子の様子に乗っかるかのように三良があたしの肩に手をそっと乗せた。あたしの背中が感知した柔らかい感触はさておき、なんだかきな臭くなってきた。

 「秋草さんも私たちの仲間になっちゃえばいいと思うのよ」

 「えっ」

 思わず唖然としてしまう。

 それはそれは、予想外な一手だった。将棋でこんな手を打たれたら、うっかり負けを認めてしまいそうだ。

 同時にダイニングテーブルの方からガタンと音が鳴る。

 「なっ、何を考えているんですか! 魔法少女ではない人間との関わりなんてちょっとしたものでも持ってはいけません! 小さな油断が、大きな失敗を招くんです! 魔法少女の秘密が世間にバレたら責任を取れるんですか!?」

 どうやらこころにとっても予想外の一手だったらしい。立ち上がる拍子に髪がなびく。

 「もう秋草さんは魔法少女の秘密を知っていて、一般人。だからといって殺すわけにはいかないけれど、まあ、もちろん魔法少女の秘密は空想上のものにしておかないと私たちにとって不都合である、というのもわかるわ。わかって上での提案よ。秋草さんが私たちの仲間になれば、都合を共有することになるでしょう? それも一つの手だとは思わない?」

 脳をフル稼働させ、情報を整理する。あまりにも堂々と語るので、危うく無条件的に説得力を感じてしまうところだった。要するに、あたしが魔法少女の運命共同体になってしまえばいいという意味なのだろうが、冷静に考えると、どうなのだろう——

 「それめっちゃいい! さわちゃんも一緒に魔物を倒そうよ!」

 鹿乃子の声があたしの熟考を吹き飛ばす。

 「……いいの?」

 「うん!」

 ……本当にいいのか、それで。

 「それじゃあ決まりね。歓迎するわ。それじゃ早速、行きましょう」

 「え? どこへ?」

 「歓迎会よ」

 魔法少女御一行と共にマンションから出ると、すぐそばにすでに車が用意してあった。車の前扉から三良が出てくる。用意周到というより、おかしい。間違いなく、三良も一緒にマンションのエレベーターを降りたし、今ちょうど、あたしの隣に立っているはずなのに、マンションのそばに用意されていた車の扉から三良が出てきたということなのだ。

 ……分身の術って、忍者じゃないんだから。

 「私の詳しい能力については、また今度説明するわ」

 と車から出てきた方の三良が言うと、影に溶けていった。姿が無くなる様を、あたしは凝視していたのだった。

 いきなり歓迎会と言われ戸惑っていたが、どうやらそれは、焼肉屋さんで行うみたいだった。車の中で、鹿乃子こそ大興奮だった。しかし、不機嫌で今すぐに殴りかかってきそうなこころと、そんな彼女をすぐに止められるよう見張っているらしき英子は無言だった。もし何かの表紙にこの黒髪高校生と二人きりにでもなってしまったら、 一巻の終わりのなのだろうと、あたしは悟った。

 こころは鹿乃子の隣を譲ってくれなかった。窓側にて、左側には、しかめっ面の英子。後部座席に四人座ってないかと思っただろうが、この文からは焼肉屋さんの話だ。

 「……まあ、なんだな」

 英子がやりずらそうに口を開く。

 「何よ。いつもケラケラと笑ってるくせに、なんだか塩らしい」

 「厄介な日々が始まりそうだって思っただけだよ。わかっちゃいるだろうが、あいつ全然納得していないぜ。殺気がビンビンだ。お前殺されなきゃいいけどな。俺はそんなこと知らないけどなー」

 「…………」

 殺気——。

 当のこころは、隣に座る鹿乃子の頭を撫で回していた。ミステリアスの雰囲気をぶっ壊す笑顔だった。

 「ほら、もっと食べなさい。育ち盛りだし、好きなものを好きなだけ食べられるのは今だけなのよ。現役OLのリーダーを長い間近くで支えてきた私が言うのだから間違いないわ」

 「うん! いっぱい食べる!」

 殺気…………ある?

 あたしのような一般人の干渉を拒んでいるだけで、意外といい先輩なのかもしれない——と感心しつつも、こころの愛で方がペットに対する飼い主のようで、あたしは白い目をしたのだった。

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