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第3話「つまり偽物な本物」

 いつものように、あたしは魔物の結界の中へ入る。

 握りしめているハンマーの柄にはまだ宝石をはめてないので、ただの黒い棒だった。やたらと握り心地がいい。やっぱり魔物も戦いも怖いけれど、この武器と、雪野英子の黒の透け透けパンツの記憶が、あたしに力を与えてくれるような気がした。

 結界の中は、荒野だった。あたしは知識がないので、魔物に関しちゃ何もかもが不明であることを踏まえても、魔女の結界内の空間にはいつもゾッとさせられる。抽象画のような色彩の岩たちで、荒野という表現が正しいのかすら怪しい。空は明るく、白い雲がぐるぐると渦巻いていた。

 「…………そして、なぜか毎回ちょっと寒い」

 魔物本体にも、同様にゾッとさせられている。まだ言葉も話せない幼児が乱雑に描いたゴーレムのような形状をしており、妙なコミカルさに脳が身構えている。

 あたしは岩陰に隠れていた。他の魔法少女が一緒に戦いに行っている時は手を出すわけにもいかないため、必然的に鹿乃子の単独での戦闘ばかりをみることになるのだが、あの子の弱さが際立つようである。

 「えい! 喰らえっ!」

 変身すると、お団子ヘアーが展開されツインテールになる。丸っとした黄緑色のドレスには大小のリボンがたくさんついていて、そこをポンと叩くと、好きに物を召喚できるんだとか。

 リボンたちから大きなハンマーを次々に生み出して、投げつけたり殴ったりしていた。甲高くファンシーな音が、着弾とともに響いている。後退りしながらハンマーを振るっているものの、真正面からばかりでジリ貧そうだ。

 しかし、どうやって助太刀すればいいものか。居ても立っても居られず、冷や汗と時間が流れていく。

 「どうにかしないと……って、あれ?」

 一瞬、意識がとまった。よく観察してみれば、ゴーレムの腹部がひび割れ始めているような。少しずつだが、だからこそ確実に。胸が高鳴ってくる。もしかしたら、このまま倒し切れるのかもしれない。

 鹿乃子の顔も、なんだかやる気だった。

 「……頑張れっ」

 それから少しして、ハンマーがそれまで以上に大きな音を上げた。振動が反響し、衝撃波が広がっていく。ゴーレムが後方へ座り込む。腹部には大きな穴が空いていた。しっかりと目におさめ、あたしは隠れたままガッツポーズ。英子からもらった武器の出番はなかったが、結果オーライだった。

 「………………」

 一件落着と思われて、立ち去ろうとしたところで、あたしは一見落着でしかなかったと悟る。

 腹部の穴の中が、少し離れたあたしから見てもドス黒い。そして、関節という関節から墨汁のような何かが染み出ていた。鳥肌が立ちながらも、あたしは凝視する。鹿乃子はといえば、目を丸くしていた。

 この不穏な感じ。胸の奥を鳥の羽で撫でられるような、くすぐったい焦燥感——

 「……!」

 「きゃあ!」

 あたしは全力で走って、地面を蹴り鹿乃子に突撃。そのまま数メートル先まで飛んだ。体が勝手に動いていたようなものだが、どうやら、正解だったらしい。鹿乃子が立っていた位置を含む地面が、ゴーレムだったものより一直線に削れている。何をしたのかはわからない——が、ともかく胸を撫で下ろした。

 「え……さわちゃん……?」

 「へ?」

 鹿乃子は目を見開いていた。

 どうやら、あたしは親友を思い切り押し倒し、黒いフードの奥底を晒してしまったらしい。そりゃ、仰向けの鹿乃子にあたしが覆い被さるようなポーズなので、フードの中は見える。もはや頭がスッキリしたあたしは、気配を感じて振り返る。そこにはゴーレムだったものがあったのだが、鹿乃子の開けた穴からも黒い液体が出てきている。こちらは勢いがとてつもなかった。水道管が破裂したかのように、地面へ液体が飛び出ていく。

 あたしは鹿乃子の手を掴むと、引っ張り上げるように体を起こし立ち上がる。

 「ここじゃ危ない! とりあえず離れよう!」

 「え!? あ、うん!」

 鹿乃子の手を握ったまま、走り抜けて、周りを見渡す。いつの間にか、空が暗くなっている。夜中のような黒色に青い渦——そして、何かが飛んでいる。上空だからよく見えないが、ミミズのようだ。

 岩陰に隠れて、息をゆっくりと吐いた。

 「ねえ、さわちゃんなの?」

 「あのね鹿乃子。これは、違くて……」

 こうなったら、もはや誤魔化しようがない。握り込んでいた両手をほどき、俯く。いつかはこうなると思っていた。鹿乃子は一体何を思い、どんな言葉をあたしに投げるのだろう。

 鹿乃子は恐る恐る、口を開く。

 「……えって、あなたは、わたしが召喚した分身……なんだよね?」

 「え」

 「本物のさわちゃんがこんなところにいるはずが、ないし……」

 脳が過去最速級の回転を見せ、一つの結論に辿り着く。そうか——少し前、そんな助言をしていたんだっけ。何よりも驚きなのは、鹿乃子がその助言を思ったより信じ込んでいるというたった一つの事実だった。

 「え。あ、そう! そうなんだよ! あたしは鹿乃子の作り出した偽物のさわちゃんなのさ!」

 ビシッとポーズを決めてみた——のだが、沈黙が走った。頭が真っ白になってくる。あれ、やらかしたかあたし。

 「偽物…………」

 「そう! だから、本物のさわちゃんはここにいない! あたしは偽物!!」

 「………………」

 鹿乃子は偽物を名乗るあたしをしばらく訝しむような目で見て、何をしたかといえば、ギュッと抱きついてきた。いきなりすぎて、腹に鉄球をぶつけられたかと思った。

 「偽物なら、こういうことしちゃっても、いいってことだよね」

 「うーん。わ、わかんなけど、いいんじゃないかな……」

 偽物のあたしに、普段ならできないことをしてしまおうということか。それで、ハグ? スキンシップが激しい子だし、ハグくらい——いや、思えばしてきたことはなかった。そこらへんに線引きがあるのだろうか。だとすれば結構特殊だけれど。あ、いや、問題はそこじゃないんだけど。

 あたしの胸に顔をこすりつけ、猫吸いならぬ友吸いをし始めているこの戦士様をどうしたものか。物陰に隠れているとは言っても、上空には魔物が飛んでいるわけなのだ。あのミミズみたいなやつに、見つからなければいいものだが。

 「……ん、あ」

 鹿乃子はあたしの方を押さえて、少し頭を離す。目線は斜め下。目を丸くし、何やら物珍しそうな目つき。

 「わたしのよりおっきい……」

 「おいコラ」

 思わず頭にチョップしてしまう。鹿乃子は飛び退き、後退り。わなわなと瞼(まぶた)が震えている。

 「見た目以外も再現されてるってこと……!? わたしっていつの間にこんなことが……」

 空気が抜けていくようなこの脱力感。このまま実験を始めてしまっては、魔物が野放しである。

 「おっぱいくらい、魔物を倒したらいくらでも揉ませてあげるから」

 「揉みたいわけじゃないよ!」

 顔がゆでダコにしながらのその弁明にはそこそこ無理があるだろうが。

 「……で、でも。そうだよね。さっきから、よくわかんないのが空を飛んでるし、なんとかしないと……」

 二人で岩陰からそっと外を覗き、無作為に飛ぶ何かを観察してみる。何度見てみたところで、ミミズにしか見えない。ただ、そう表現するにはいささか太すぎる。海外のボディビルダーの腕の一部分を引きちぎって空に浮かべているような様相である。さっきまでのゴーレムとは全く異なり、ただ気持ち悪いだけだ。逆にタチが悪くないとも思える。

 真正面からぶつかる心の準備はできている。未だ石をはめていないので、この棒はハンマーになっていないけれど。

 「あんなところに攻撃届かないよ……なんとかしないと」

 魔法少女でも、空は飛べないんだな。

 岩陰に体を戻す。なぜだか、鹿乃子は自信に溢れた視線であたしを見ていた。ちょうど頭の上に電球が光っていそうだ。一体、何をするつもりだ。わからなくとも、安心感があった。相手は、魔法少女である。

 「いいこと思いついちゃった」

 そう言って、あたしの背中を押し、岩陰から出す。

 「さわちゃんジャンプ!」

 「え、うん!」

 言われるがままにその場ではねてみると、心なしか着地するのが早かった。思わず視線を落とすと、そこには、ハンマーの打点があった。

 「ああああああー!!!!」

 体が打ち上げられた。ハンマーで、下から叩き上げたといえばそれだけだが、上空からの圧力が凄まじい。視界がゆっくりと動き始める。タキサイキア現象とはこのことなのか……。

 じゃないよ!

 あっという間に体は飛び上がり、ミミズの魔物を越えていく。落ち着け、落ち着くのだあたし。現状、おそらくあたしはこのまま魔物に攻撃を加えることを求められている。やるしかないのだ。最初から、こんな修羅場を演じることになるってことくらい、わかっていたのだから。

 姿勢だけは整えておく。魔物へハンマーを叩き落とすにしても、少し距離があった。落ちていく中で、必死にもがいてみる。両手をブンブンと動かしたところで、水の中のようにはいかない。

 「と、とりあえずハンマーを!」

 震える手で、白い宝石をポッケから取り出し、黒い棒にはめる。すると、棒は金属音を上げて、剣に変形する。その時、秀子のセリフが脳裏に浮かんだ。『あ、そうそう。宝石がはめ込まれてる部分を横向きにひねると、剣に変形するんだ。』そのせいかと思いつく頃には、次のアクションが起こっていた。

 全く説明は受けていなかった、この武器の特殊使用——と思われる。剣が一人でに進み始め、あたしは馬に引きずられるようになる。風を受けながら、ぐにゃりぐにゃりと進行方向を変え、風を切っていく先には、ミミズの魔物。勢いよく突き刺さった。反動を受けて、腕が痺れながらも離さなかった。

 見下ろせば、鹿乃子の姿がとても小さく見えた。

 魔物が暴れ出す。刃全体が肉体に食い込み、傷を抉り続けていたが、落下するのは時間の問題だった。どうにか腕を伸ばし、魔物の細長い体の一部を脇で挟むようにする。次に右足を伸ばし、馬乗りの姿勢を作った。それから上半身を前方に倒し、全身を密着させる。

 「う、うううぅ」

 体がすべすべしていてまるで安定感がない。落とされたら死ぬ——絶対に離すわけには。風による轟音と圧力で、あたしの脳がキンキンと警報を鳴らしていた。頭が熱くなるのに、体はものすごく冷たい。

 「……うっ!」

 視界が大きく動いて、内臓が浮くような感覚——その時だった。何かがあたしの腕を掴んで、魔物の体上へ引き上げた。

 「はっ。普段よりは、いい動き見せたじゃねーか」

 「英子…………」

 魔法少女姿の彼女はあたしの腕をぎゅっと掴んで、ニヤリと笑っていた。ウエディングドレスをモチーフにしたドレスは動きにくかったから改造したという話は聞いていたが、それは本当らしく、露出度が高めだった。

 「ははっ。さっさと終わらせて、脱出するぜーっ!」

 彼女は片手に小さな白い宝石のようなものを手に握っていたようで、手から離した。それは、あたしが前に、もらったものではないか。ハンマーを起動させるために必要な、今あたしがちょうどはめている石ではないか。

 「この白い石は、俺の能力でな——」

 魔物の体表に、宝石はポトリと落ちる。

 「事前に魔力を込めて、ストックできる優れものだ。しかも、こうやって壊せば——」

 ハイヒールで、英子は宝石を踏み潰す。

 「変形させることができるんだぜ?」

 その刹那だった。耳が痛むような高音が鳴り、魔物の体を、白い結晶のようなものが貫いた。宝石が雪の結晶のように広がっている。濁った液体が地面に垂れていた。

 「っし! ここを出るぜ!」

 ガシッとあたしの体を担いだ英子は、結晶が刺さりもがく魔物の体を蹴り、後方へ飛ぶ。その先にあったのは、現世と結界をつなぐゲートのようだった。いつの間にか、あたしがいたのは、昼間の高架下だった。

 「…………ありがと。危なかった」

 「汗だくだぜ。これで少しはわかったかよ。戦いってのは、いつだって命懸けなんだよ。だからこそおもしれーし、だからこそ、無情なんだ。ほら、じっとしてても風邪引くぞ」

 座り込むあたしに、英子は手を差し伸べてくる。

 「最初から、そんなことわかってる。その上で戦ってんだよ、あたしは」

 毒づきながら、手を掴む。

 「はっ。どーだか。わかってるフリしたって、それでわかったことにはならないんだぜ? 中学生なら、わかんだろ。フィーリングで、英文読解ができるかって話だ」

 「さては、英語苦手?」

 「勉強は、全部苦手だ。特に数学、次点に英語」

 立ち上がると、あたしは手を振り払い、そそくさと歩き始めた。英子は一瞬驚いてから、駆け足でついてくる。

 「おいコラ! マジでお前ってやつは本当に敬意ないよな!」

 「うっさい…………もう帰る」

 「なんでだよ。せっかく頑張ったんだから、お前にご褒美をやろうってところだったんだぜ?」

 腕を掴み、引き留めてくる。

 「ラーメン一杯だ! 奢ってやるよ!」

 振り返ると、人差し指を立てて、にこやかに笑う彼女の姿があった。

 「…………しゃーなし。ついて行ってやるわよ」

 「けっ。偉そうに」

 部活に入ってないあたしにとっちゃ、先輩との関わりは、英子とくらいでしか成り立たないのだった。

 ラーメン屋へ向かおうという、その瞬間だった。誰もいなかった高架下に人影が見えた。英子の後ろに立つ、もう一人の少女。知らない高校の制服を着て、紺色のストッキングが光り、黒く長い髪を持つ少女が、立っていた。

 「止まりなさい。動いたら、殺すわよ」

 冷たく、固い声で、彼女はそう言い放つのだった。

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