6.会議だけでなく手のひらでも踊る王国
踊る阿呆ばかりで見る阿呆は居ないらしい?
王国は、最初こそ制裁を軽視していた。
例え医療支援と技術供与がなくとも、大した影響ないっと思っていたのだ。
それは間違いだった。
三ヶ国同盟医療研究所の恩恵は『影熱病』の特効薬だけでなかった。
戦場で数千の命を救った傷薬、農作物の収量を倍増させた農薬と肥料、食材を長期保存させる防腐剤、その他生活に根付いた様々な技術の一部は研究所での「地味な努力」の成果だったのだ。
ナコロサーズ王国含む世界各国はこれらの技術を、比較的安価なライセンス料で使用させてもらっていたのである。
その事実を知った王宮はパニックに陥った。
「何てことだ!」
国王が机を叩く中、宰相が冷静に現状を告げた。
「医療支援が止まれば、まず軍が崩壊します!農薬と肥料がなければ、来年の収穫は半分にも満たなくなります!防腐剤がなければ、食料の保存と輸出ができなくなります!!早急に手を打たなければ、国が立ち行かなくなります!」
「ならば、軍隊を派遣して圧力を」
「軍隊を派遣しようものなら、『アルテミシア王国』と『レナリア帝国』と『ヴェルファーレン公国』。この世界三大国を敵に回します!!」
「な、なぜたかが民間の研究所に世界三大国が肩入れするのだ!?」
驚く王に、宰相はなぜ今頃っと言わんばかりに深いため息をついた。
「陛下……三ヶ国同盟医療研究所は世界三大国の連名で設立された研究所なのです。所属が民間なのも、どこの国にも属さない中立性を示すため。研究所の成果を政治的利用や独占させないための処置なのです。仮に、三国のどこかが政治的利用や独占しようと動けば、即座に残りの二国と30近い国際加盟国が阻止に動きます。
三ヶ国同盟医療研究所はそうした相互監視によって、強固な中立性を保たせているのです。
つまり、三ヶ国同盟医療研究所に軍隊を差し向けるということは、世界三大国を筆頭とした世界全てに宣戦布告するも同意義なのです。わかりましたか?」
相手が想定以上の巨大な組織だった事に、国王は言葉を失った。長い沈黙が部屋を覆った。窓の外では、夕日が王宮の尖塔を赤く染めていた。
「で、では……どうすればいいというのだ!!」
国王の声にはもはや威厳はなく、ただ狼狽えだけが響いていた。
宰相は「それを決めるのが王であるお前の仕事だろうが」という呆れに似たツッコミを内心に仕舞い込みながら、とりあえず的な進言をした。
「まずは、元凶の二人を軟禁してから、今後の方針を話し合う貴族会議を行いましょう」
宰相の指示で元凶であるルドヴィックとセリーヌを投獄し、翌日には緊急の貴族会議が開始された。だが、そこで行われたのは貴族たちの互いへの非難と責任のなすり合いだった。
「ルドヴィック殿下が全ての原因だ!あの傲慢さが招いた災いだ!」
「いや、セリーヌ嬢が殿下を唆した!あの女の野心が全てを狂わせた!」
「いやいや、あの女を推薦したのはそちらの家だろう!お前たちの責任だ!」
「それよりも、ミラノールの実家であるヴァイスハイト伯爵家がなぜ居ない!!」
「そうだ!!ヴァイスハイト家に責任を取らせるんだ!!そのための使者を送って従わぬようなら」
「待て!!ヴァイスハイト家は三ヶ国同盟の庇護下なんだぞ!!強硬策に出たら三ヶ国同盟からにらまれるぞ!!」
「だったらどうすればいいというのだ!!」
こんな具合に建設的な話が行われる気配はなく、時間だけが無駄に過ぎていった。夕方になっても結論は出ず、疲労と絶望だけが会場に積もっていった。ただ、宰相だけはこの展開を予測していたようだ。そろそろ頃合いだと見計らって予め用意していた案の一つを提示した。
「ルドヴィック殿下とセリーヌに全責任を押し付けましょう。これで一応の決着をつけ、研究所に和解を申し入れてはどうでしょうか?」
もう議論に疲れ切っていた大多数の貴族は宰相の無難ともいえる案に賛成した。息子を溺愛する王だけは反対したかったが、場の空気に到底言い出せず……苦い顔をしながらも可決された。
翌日、王は公の場でルドヴィックを廃嫡し、セリーヌと共に幽閉すると発表した。声明では「二人の独断による虚偽の発表であり、王国としての意思ではない」と強調された。
王達もこれで失った信用が回復すると思い込んでいたが、それはあまりにも希望的観測だったと思い知るのはすぐだった。
―——
ナロコサーズ王国が元凶である元王太子ルドヴィックとその婚約者である元公爵令嬢セリーヌの処分を公式に発表してから一ヵ月経過したが、事態は好転するどころか、むしろ悪化の一途をたどっていた。
三ヶ国同盟医療研究所は態度を一切軟化させることなく、王国への支援停止を続行。各国への援助要請も、あれこれと理由をつけて断られる日々が続いていた。
「なぜだ!!」
王が苛立ちのあまりにダンっと玉座のひざ掛けをドンっと叩く。
その様を宰相は冷めた目でみていた。
(なぜも何も、根本の問題を解決させてないのだから、軟化されないのも当然だろうに)
研究所や他国から白い目で見られる最大の原因は、王国に蔓延る気質にあった。王や高位貴族は敬われて当然、優先されて当然という風潮。これで彼らが敬われるに値する存在ならばまだしも、現実はとんでもない無能の集まりだ。実績や功績は努力で得るものではなく、奪って得るものと本気で信じており、真に価値あるものを理解する能力すら欠いていた。
「宰相!どうして事態が改善しないのだ!お前の責任ではないのか!」
「陛下、一度こじれた関係の修復には時間がかかるものです。どうかもうしばらくお待ちください」
宰相はうやうやしく一礼を込めながらいら立つ王を宥めた。
なお、この言葉に嘘はない。ただ、王達が勘違いされるようにわざとこのような言い回しにしただけである。
その夜、宰相は自問していた。
「本当に、私は今まで何をしていたのだろうか……なぜ、こんな国を支えようと思っていたのか……」
彼は現状を……王国の歪さや危うさを感じては居ても、心のどこかではまだなんとかなると思っていた。
王達も追いつめられたら変わるっと思っていたが、現実は甘かったと言わざるを得ない。
「娘の……言われた通りだったな……」
娘から散々『甘い!!』っと言われ続けてきた事を思い出しながら宰相は一人の使用人を呼び寄せた。影のように静かなその男は、隠密を専門とする『影の一員』だった。
「私が提案したプランAを破棄し、娘が立てたプランBを遂行する」
「わかりました。リヒテン公爵様」
宰相から密書を受け取った使用人は暗がりへと消えていった。
プランB──それが何を意味するか、宰相は理解していてなお決行させた。もはや、これ以外に王国を救う道は残されていなかったからだ。
「ふふ……こうなるなら、もっと早い段階で娘の提案に乗っかればよかったかもしれぬな」
そんな独白する彼の胸には、もう言葉で表現出来ない程の後悔が集っていた。
プランB。それは……
あ?ねぇよそんなもん!




