5.四面楚歌とはこの事なり
主人公が何かするでもなく、勝手にざまぁされていくの図。
人それを『全自動ざまぁ』と言う……のかも?
最初に動いたのは、三ヶ国同盟の一員であるアルテミシア王国の新聞社『アルテミシア・ガゼット』だった。研究所が王国の領土内に建てられている事や、アルテミシア国王自らが大使として研究所を何度も訪れて直々に視察や激励していたのだ。情報源が国王というこれ以上ない保証人の後押しを受け、新聞社はどこよりも早く特別号外を発行した。
その内容は、国王自らが記した研究過程。ミラノール含めた研究員達が一心不乱に開発へと取り組む真摯な姿を記した国王直筆の文面をそのまま載せ、ナロコサーズ王国の声明がいかに荒唐無稽であるかを論証したものであった。
ルドヴィックは即座に抗議文を送ったが、返事が来る前に他国の主要紙が次々と同様の報道を始めた。
三ヶ国同盟の一員であるレナリア帝国の『レナリア帝国報』は「追放された真実の天才」と見出しを打ち、ミラノールの生い立ちから研究への情熱までを詳細に綴った。
三ヶ国同盟の一員であるヴェルファーレン法国の『ヴェルファーレン通信』は「小さな王国の大きな嘘」と題し、ナロコサーズ宮廷の体質を辛辣に批判した。
主要国の医療関係者を支援する医療ギルドが発行する『大陸医学誌』は各地に派遣されている専門家たちの共同声明を掲載し、ミラノールの理論的貢献を学術的に証明するとともに、セリーヌの「理論」がいかに初歩的で未完成であるかを暴露した。
他にも、国営、私営を問わず大小様々な報道機関が、似たような記事を発表。大陸中で発行される新聞の内、ナロコサーズ王国を支持するものは、ほぼ自国のみであった。あまりの報道数に、もはや抗議する側が全てを把握しきれないほどの状況となった。
「抗議しろ!!ひとつ残らず抗議し続けろ!!」
もはや無茶ぶりもいい所だが、王太子からの命令には逆らえない。来る日も来る日も送られてくる報道に対する抗議文を書いては送る側近達。彼等の脳裏には「一体自分は何をしているのだろうか……」と若干の後悔がにじみ出ていた。
そんな中、決定打ともいうべき告発が発表された。ナロコサーズ王国の平民や下位貴族出身の研究者たちが声をあげたのだ。
長年、国内で軽視され、業績を上位者に奪われてきた彼らは、この流れを『長年の沈黙を破るチャンス』と捉えた。匿名を条件に、あるいは覚悟を決めて実名で、各国の新聞記者に王国の研究環境の実態を語り始めたのである。
「ナロコサーズでは、平民出身の研究者がどんなに優れた発見をしても、最終的には貴族の名前で発表されます」
「私の十年がかりの研究は、伯爵の息子の『業績』になりました。抗議したら、研究所を追い出されました」
「セリーヌ公爵令嬢は瘴気病の研究どころか、研究そのものすらやってません。あの理論の実用化も私達に丸投げし、出来なければ契約違反で予算も給料もカットされました」
証言は具体的で、日付や場所、関係者の名前まで明らかにされるものもあった。かつてミラノールと共に学んだ元同僚たちも声を上げ、彼女の誠実さと天才的な閃きを証言した。
これにより、ミラノールがセリーヌの功績を盗んだという信憑性が大きく崩れたのだ。
ルドヴィックは必死に反論した。最後の切り札として、『ミラノールが研究所に持参したとされる研究ノートの写し』と称する文書を公開し、そこにセリーヌの署名があると主張した。羊皮紙は古びたように加工され、インクの色もわざと褪せているように見せたのだ。
「これが決定的な証拠だ!彼女が盗んだのは理論だけではない。私の婚約者自身が記したオリジナルのノートまで盗み出したのだ!」
これで世論はひっくり返るはず。
ルドヴィックは本気で信じてたが、公開からわずか三日後に偽造である事を見抜かれた。
ヴェルファーレン法国から招かれた筆跡鑑定の第一人者、ガストン検視が詳細な分析結果を公表したのである。
それでもルドヴィックは諦めなかった。面目を失った彼は逆上し、新たな宮廷声明を出してガストン博士を「三ヶ国同盟に買収された」と非難し、自国に都合の良い「鑑定士」を立てて反論させようとした。
さらには、ミラノールが国外逃亡の際に「王国の機密文書も盗んだ」という新たな罪状をでっち上げようとまでした。
彼がここまで粘ったのは、ある確信によるものだった。
三ヶ国同盟医療研究所が世界的権威であっても、所詮は各国の援助を受けたとはいえ民間が立ち上げた組織に過ぎない。国家という絶対的な権力の前には、いずれ屈服せざるを得ない――そうした古い権威主義的な考えが、ルドヴィックや彼を取り巻く古参貴族たちの脳裏に巣くっていたのだ。
当然ながら、その傲慢な思想は、三ヶ国同盟医療研究所だけでなく世界中の国からの怒りを買ったのであった。
―——
「ナロコサーズ王国の行いは、もはや個人への侮辱の問題ではない!」
国際医学会議の壇上で、所長であるクロード博士の声は怒りを全く隠そうとせずに断言した。
「これは、日夜、人知れず努力を続けるすべての研究者への冒涜です!地味な基礎研究の積み重ねこそが、今日の医学を支えている――その尊さを、ナロコサーズ王国は踏みにじりました!」
世界五十か国以上の代表達も、博士の言葉に同意するかのようにして頷く。
それとは対照的に、ナロコサーズ王国の代表席に座る若い外交官が蒼白な顔でうつむいていた。その様にクロード博士は少しだけ同情した。彼も国の上層部の尻拭いをさせられている立場、いわば被害者だ。
だが、それで手を緩めるような事はしない。クロード博士は深く息を吸い、宣言した。
「よって、我々三ヶ国同盟医療研究所は、ナロコサーズ王国に対する医療支援と技術供与の全てを停止すると宣言する」
「何ですって!?」
ナロコサーズの代表が思わず声を上げた。だが、クロード博士は宣言と同時に壇上から離れて退場していた。それは、この場での抗議は一切認めないという表明でもあった。残ったのは各国代表からは驚きの声とともに、ナロコサーズの代表に向けられる同情ともいえる視線だけだった。
もうやめて!王国のライフはとっくに0よ!!




