おまけ3.『禁断の儀式』を行った愚者と、出張降臨する狭間の魔王様
世界的なパンデミックが発生したなら、『聖女召喚』による他力本願な解決策をもくろむ愚者も出てくるのが普通の流れだし、そうなれば……
ってことで、『禁断の儀式』シリーズの出張版が始まりました(笑)
ある王国の片隅の伯爵領を治める伯爵ヴァルタ―は、書斎の窓から領内を見下ろし、深く溜息をついた。窓の外は、瘴気病の変異種である『影熱病』の患者で溢れかえっていたのだ。
患者たちは隔離地区に収容されていたが、その数は日に日に増し、領内は死の臭いに満ちていた。
「早くなんとかせねばなるまい」
ヴァルターは呟きながら、分厚い古書を開いた。そこには、禁忌とされる儀式『聖女召喚』の詳細が記されていたのだ。伝説によれば、この儀式を行うことで、神の祝福を受けた聖女を召喚し、あらゆる災厄を浄化できるという。ただし、成功したのは最初の一回のみ。それ以降に試みた者たちは皆、悲惨な末路を辿ったと記されていた。
「それでも、私はあえて『聖女召喚』を行う!私は人類のため……いや、この領民たちを救うためにあえて禁忌に触れる!その心意気を、神はきっと理解してくれるはずだ!!」
そう言い聞かせながらも、彼の心の奥では別の声が囁いていた。もし自分が『影熱病』を鎮める事ができれば、世界中から称賛され、さらなる地位と富を手に入れる事ができる。
聖女の力を上手く利用し、危機に瀕した人々から献金を集め、政治的な影響力を拡大することが可能かもしれない。そんな未来を想像した彼は狡猾に笑った。
だが、彼の予想に反して周囲の家臣たちは反対した。老執事のギルバートは家臣代表として、膝をついて懇願したのだ。
「ヴァルター様、それはあまりに危険です!!過去の記録が示す通り、この儀式は災いを招くのみでございます!!」
「愚かな!お前たちはこの惨状を見て何も感じないのか? 私は領民……いや、世界中の人々を救うために決断したのだ。反対する者は、この病が広がるのを望んでいるというのか?!」
彼の情熱的な演説――あるいは計算された演技――の前に、家臣たちは沈黙した。『人々のため』という大義名分に逆らえなかったのだ。
―——
月が闇に沈む夜に聖堂で儀式が執り行われた。ヴァルターは高価な香料を焚き、古代語で詠唱を始めた。召喚陣が輝き、空間が歪み始める。彼の期待は膨らんだ。純白の衣をまとった聖女が現れ、人々を救済する姿を想像した。
しかし、召喚に応じて現れた人物は、伯爵が期待した清らかな聖女ではなかった。
漆黒のドレスを妖しく揺らし、銀色の長髪からは不気味な角が生え、背中には蝙蝠のような翼が広がる異形の少女だった。少女は周囲の空気さえ歪ませるような威圧感を放ちながら、ヴァルターを見下ろす。
「我は狭間の魔王メルカス。愚かな人間よ、またか。また聖女を利用して己の欲望を満たそうとするか」
狭間の魔王メルカス――それは次元の狭間に住まい、悪党共に制裁を与えるっという、おとぎ話的な存在だった。
彼女の正体を察したヴァルターは必死に言い繕った。
「待、待て!私は苦しむ人々を救わんとしただけ――」
「たわけが!!我にそのような嘘が通じると思うたか!!」
メルカスは目にも止まらぬ速さでもってヴァルターの顔をわしづかみにした。
当初はそのまま顔面をぐちゃぐちゃに……それでいて、命に別状はない絶妙な手加減を込めた爆炎を浴びせて地獄の苦しみを与えようとした。
だが、彼女は世界中に蔓延っている『影熱病』の気配を察し、気が変わったとばかりに手を離した。
「ふむ……いつも同じような処置ではつまらんし、せっかくだ。お前の願いを叶えてやろう」
メルカスが指を『パチン』と鳴らすと同時に、召喚陣から異様な物品が現れた。
火炎放射器、モヒカンヘルメット、トゲのついた肩パッドの軽鎧、そしてサングラス。これらは異世界の品物であり、ファンタジー世界で生きるヴァルターにとっては見たこともない奇妙な物体であった。
「これらはお前の願いを叶える装備一式。『世紀末セット』だ。これらを装備し、『影熱病』の患者に向けて特定の呪文を唱えよ。さすれば病は殲滅されるだろう」
「ほ、本当……ですか?!」
「あぁ、我は愚か者相手にくだらん嘘なぞ付かぬ。ただし、注意せよ。この力を『影熱病』の殲滅以外の目的で使うことは許さん。もし違反すれば……まあ、後悔することになるだろう。ではな、形だけでも健闘を祈っておこう」
そう言い残すと、メルカスは背中の羽で自身を覆い、闇の中へと溶け込むようにして消えていった。後に残ったのは奇妙な静寂と、召喚された異世界産の装備一式だけだった。
―——
翌日、ヴェルターは「世紀末セット」を身に着けていた街を歩いていた。
モヒカンヘルメットを被り、トゲだらけの肩パッドの軽鎧を身に着け、サングラスをかけ、重い火炎放射器を担いだ。その姿は、もはや貴族というより、異世界のならず者のようだった。
周囲からひそひそとした話し声が聞こえる。彼は羞恥に耐えながらも領内の隔離地区へと向かう。
隔離地区の空気は淀んでいた。ここに連れてこられた影熱病の患者は、すでに末期の状態だ。目には理性の光はなく、ただ苦しげに呻いていた。誰がみても、もう助かる見込みはない。
「とにかく、効果のほどを確かめるとしよう」
ヴァルターは半信半疑ながらも火炎放射器を構え、魔王から教えられた呪文を唱える。
「汚物は消毒だー!!」
ぽん!!
その瞬間、装置の銃口から小さな火の玉が飛び出した。ちろちろと燃えるその炎は、まるで蝋燭の火のようだ。
「な、何だこれは――!?」
彼が想像していた『浄化』の光という予想とはほど遠いチャチな火に対して憤りを感じたその時だった。
ごぅっ!!
火の玉が患者に触れた瞬間、地響きのような轟音と共に、小さな炎が巨大な火柱へと変貌した。灼熱の炎が患者達を飲み込み、一瞬で黒焦げに変えた。熱風が伯爵の顔を襲い、サングラスの奥で彼の目が見開かれた。
「な、何だこれは……?」
再度、同じ台詞をぼやきながらヴァルターは呆然と立ち尽くした。それは想像していた『浄化』とはまた別の意味で程遠い、暴力的な破壊だった。最初は騙されたと思い、魔王を呪った。
だが、よく思い返してみれば、魔王は別にヴァルターをだましていなかった。『影熱病』の病原体は患者もろとも焼き尽くされたのだ。人道という意味では完全アウトでも、別に嘘は言ってない。
そんな武器から生み出された業火を体感したヴァルターは別の考えが頭をよぎった。これほどの破壊力があれば、影熱病の患者だけでなく、敵対する貴族とその兵士達も、すべて灰にできるのではないかっと。
「これは……最強の武器になる!!」
野心が再び燃え上がった。これさえあれば、自分が王……いや、世界の覇者になれるっという展望がみえたヴァルターはにやりっと笑う。
そんなヴァルターの邪な企みに気付いた老執事が必死に止める。
「ヴァルター様、おやめください!これは人間が手にしてはならない武器です!!ましてや、あの魔王が警告された通り、病の殲滅以外の目的で使っては――」
「黙れ!お前のような古い考えの家臣が、我が進歩を阻むのだ!」
彼は狂気じみた笑みを浮かべ、火炎放射器の銃口をギルバートに向けた。まずは反対者を焼き尽くし、その圧倒的な力による恐怖で周囲の者を従わせようと考えたのだ。彼は再び呪文を唱えようとした……その瞬間。
ボン!!
火炎放射器が暴発。地獄の業火が銃と背中の燃料タンクから噴き出し、ヴァルター自身を包み込んだのであった。
あーあ、言わんこっちゃない……




