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9)雨多子

 彼女はとても珍しい装いをしていた。


 長い髪を後頭部で束ね、切れ長の瞳、赤い唇。

 肩に掛けた白衣が風を切り、下には女性には珍しい洋装――ワイシャツにズボン。


 豊かな胸元がワイシャツを押し上げ、堂々とした足取りで革靴の音を響かせる。

 女性は独特の装いを見事に着こなしていた。


「いらっしゃい! 貴方達がヲ組のコね! ごめんなさいね、お部屋の準備に手間取っちゃって……って、あらあらぁ~?」


 にっこりと微笑んだ女性は、興味津々な視線を巡らせると、艶やかな唇で吹き出した。


「あら、やだぁ! 道蓮ちゃんとマキちゃん、ヲ組だったのぉ~? 幾ら待っても来ないと思ってたらぁ……ぷぷっ!」


 笑いを堪える女性に道蓮様が不機嫌に告げた。


「さっさと部屋を教えろ」


 女性は道蓮様とマキリさんと知り合いで、雨多子うたこさんというらしい。

 彼女は悪戯っぽい表情を浮かべると、道蓮様とマキリさんを大きな胸の中に抱き締めた。


「止めろ」

「タコ~やめろ~! 窒息すんだろ!」


 その様子を見て、御霊府君は侮蔑の笑みを浮かべた。


『……あの小僧、やはり都会で女を引っかけて、よろしくやっていたようじゃ』

「……」

『灯子……』


 何も言えずにいる私に御霊府君が言葉を切る。

 そんな中、手を叩く音がした。


「じゃれあいはこのくらいにして、寮の説明をするわね! 最初に。この寮は部屋数が少ないから、個室は諦めてね。お部屋はみんな平等に二人部屋。でもでも各部屋にお風呂とお手水つきよ。素敵でしょ?」


 初耳の情報に衝撃が走った。当たり前のように個室だと思っていたが、学園の規模を考えれば当然だ。


「というワケで、皆、張り切って共同生活で連帯感を高めていきましょ。ちなみに逆らったら裏庭の馬小屋行きだから、ちゃちゃっと入室してね」

『おい! 女! かような話、儂は聞いておらぬぞ!』


 御霊府君の言葉を無視して、雨多子さんは傍らの座卓の上にあった紙を見せてきた。


「安心なさい。部屋割りは恨みっこ無しのクジ引きよ」


 まさかのアミダ。


 そして間を置かず、クジの結果が出た。


 鬼壱さんとマキリさんが同室。その向かいが、私と道蓮様の部屋。


(ど、道蓮様と同室?)


 ただ、雨多子さんは教官から私の事を聞いていたらしく、部屋に向かう前に小声で呼び止められた。


「燈次郎ちゃん……っていうか、灯子ちゃんよね! アタシ、灯子ちゃんを応援してるからね!」


 雨多子さんを見つめ返すと、耳元で続けられる。


「困った事があったら同性のおねえさんに何でも相談してね。女の子には色々あるでしょ?」


 そうしていると、道蓮様が刀を携えて外へと向かった。


 雨多子さんが何処に行くのかと問うと、道蓮様は背を向けて長い髪を翻す。


「……付き合っていられるか。俺は鬼を殺す為に修行するのみだ」


 こうして私一人だけが部屋へ向かうことになったわけだけれど……。


 御霊府君は部屋のベッドの上で浮きながら、不満気だった。


『かように生意気な小僧と同室とは、灯子もツイておらぬのう! 破棄したとはいえ、許嫁の間柄であったと言うに!』


 そんな府君をなだめながら、私は遠い目をする。


「……それはもう、昔の話ですから」

『それはそうじゃが……』


 それよりも、今の私には時間が無い。

 背中が呪詛で痛んだ。


 実家に封印されていた黒い鬼。

 鬼は私の一族を殺害し、弟に目覚めぬ呪いをかけた。


 私の体も魂も、その鬼によってかけられた呪詛が蝕んでいる。


 御霊府君が私の背中を撫でながら告げた。


『……呪詛が痛むか? 灯子。くっ……儂に陰陽頭の知識さえあれば……』


 陰陽頭。


 陰陽師の頂点にして、あらゆる禁術の閲覧を許された存在。


 陰陽頭にさえなれれば、私と弟の呪詛を解く方法がわかるかもしれない。

 そう分家の一族を説得してくれたのは、教官と、その双子の弟の狂火きょうかという方だった。


 でなければ、一生、分家のお荷物扱いだったろう。

 御霊府君が首を振った。


『……おなご一人で生きてはいけぬとは……。今も昔も世知辛い世の中じゃ……』


 それでも私はまだ、幸運なのだと思うようにしている。


 狂火様は伝手のない私を陰陽學寮に推薦する条件として


『陰陽頭になれなかった場合、弟ともども彼の研究対象になる』


 という条件つきだったけれど……。


 だから弟は人質として狂火様のお屋敷にて守護られているのだ。


 女だとバレたり、陰陽頭になれなかった場合は私も弟の晴人も狂火様の呪詛研究の対象になってしまうだろうけど……。


 最悪のケースを想像して首を振る私。


 そこで部屋のドアが開いた。


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