10)添い寝
御霊府君が咄嗟に姿を消す。
入り口に視線を向けると、マキリさんと鬼壱さんが立っていた。
「トージロ! どーれんが居なくて寂しいだろうから、アソビに来てやったぞ!」
「ちょ、マキリ君! ドアはノックしなよ!」
二人が心配して来てくれたらしい。
話題は自然と道蓮様の件になっていた。
マキリさんは道蓮様の寝台の上に立って胸を張る。
「どーれんは、なんかどっかの山奥から皇都に来たんだ。それで、とーちゃんが面倒を見るってので、あいつ、ウチに居候してたんだぞ!」
マキリさんの話によると、道蓮様は土御門の本家を出てから眼を治す為に皇都の名医を頼ったのだという。
それを聞いた鬼壱さんが眉を寄せながら、お茶を差し出してきた。
「あんな気難しい人と一つ屋根の下に……。まぁ、マキリ君だから上手くいったんだろうけど……」
「いや、昔のどーれんは、今みてーにツンツンしてなかったぞ。むしろ、いっつもニコニコしてて、すげー優しかった」
「信じられないなあ……」
今との違いに驚く鬼壱さん。そこでマキリさんは腕組みをして眉を寄せる。
「そういえば、なんか同じ話ばっかしてたしな~? アカリコが、どーとかこーとか」
「!」
突然、本名を呼ばれてビクッとした。
けど、マキリさんや鬼壱さんは私の反応に気づかずにいる。
そんな中、鬼壱さんが不思議そうに繰り返した。
「あかりこ? あぁ、土御門襲撃事件で亡くなったお姫様の事かな? 僕の家でも兄上のお嫁さん候補になってたみたいだけど……ってお兄様、大丈夫? 顔色が悪いよ?」
澄んだ瞳と目が合って驚いた。直ぐに笑顔を取り繕う。
「だ、大丈夫だよ! 色々あって、ちょっと疲れちゃったのかな!」
「……そ、そうだよね……。道蓮君みたいな人と一緒だと、疲れちゃうよね……」
すると心配そうに見つめる鬼壱さんの襟首をマキリさんが掴んで引きずりだした。
「そろそろ寝る時間だもんな! トージロ、こういう時は早く寝ろ。じゃあな!」
マキリさんは見た目よりも力があるのか、長身の鬼壱さんを軽々と引きながら私に手を振った。
「じゃーな! トージロ! また明日な!」
部屋に一人残された私は、寝台に横になって天井を見つめる。
御霊府君は、先程から姿が見えない。
照明を消し、静かな部屋の中で目蓋を閉じた。
(色々あったな……)
様々な事が脳裏を駆け巡って不安になる。
今まで陰陽師として生きてこなかった私が陰陽頭になれるのだろうか?
仮になれたとしても、晴人と私にかけられた呪いは本当に解けるのだろうか?
御家の悲願を達成できなかったら、私と晴人はどうなるのだろうか?
私は――死ぬまで男のまま生きる事になるのだろうか?
このまま、マキリさんや鬼壱さんを騙して続けて?
(……やめよう)
私は体勢を変えて横向きになった。
不安というものは探せば無限に出てきてしまう。心の臓の鼓動が早くなって、呼吸が荒れて、冷や汗が出てきた。
(怖い……)
――助けてくれる人はいる。
教官や雨多子さんのように、手を差し伸べてくれる人は。
(でも、目指す未来を掴むのは……私自身の意思と力で……)
暗闇の中で頼りになるのは、己の成せる事に一途である意思だと思う。
(今は、目の前のやるべき事に……懸命であらねば)
そう思った矢先だった。
何か温かい感覚が頭に触れる。
大きな手が頭を撫でている――その事に気づき、私は、ゆるゆると薄目を開ける。
『だらしのない顔で寝ておるのう~』
「えっ?」
見れば、御霊府君が実体化して、私の頭を撫でていた。
困惑して目を白黒させている私に、御霊府君は自身の長く美しい髪を指で梳きながら言う。
『そろそろ、ほーむしっくなるものに罹っておるころじゃろうと思ってな。特別に添い寝してやろうと出てきてやったのじゃ』
「そいっ? えっ? ええっ?」
何を言っているのかわからずに困惑してしまう。
幼い頃――夜が怖くて、父母や道蓮様に添い寝をねだった事はあったけれど……。
「大丈夫です。私はもう子供では無いのですから、ちゃんと一人で眠れますよ」
私の言葉に御霊府君は苦笑し、そっと耳元で囁いた。
『……そういう所が、子供だと言うておる』
「!」
それは式神とは思えない、むしろ『人』の温もりのようだった。
「……」
『……』
しばし黙って見つめ合う。
やがて御霊府君はふっと息を吐き、私に背を向けるようにして、ごろりと寝そべった。
『灯子が眠れぬ夜は、いつでも儂が傍におる』
甘さの滲む温かな声音に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
『早う眠れ。明日も大変なのじゃろう。――まぁ、儂がついておるから心配は要らぬがのう』
いつでも傍に居てくれる。
偽りだらけの私の「本当」の姿を知っている、唯一無二の大切な存在。
彼は、幼い日に見た姿と変わらず――雄大で、優しく、どこまでも包み込むように私を支えてくれる。
「……」
そろりと近寄り、猫の子が親猫に寄り添うように、御霊府君の背に額をそっと寄せた。
不思議なことに、血の温もりだけではなく、心音まで感じられる気がして――。
ああ、私は一人ではないのだと、胸の底から実感した。
その温もりに安心を覚え、私はようやく、静かに眠りへ落ちていった。




