20)道蓮の回想
◆◆◆
灯子に出逢うまで、ずっと、どろどろに濁った闇の底の中に居るような気持ちだった。
一族と暮らしていた村が鬼に襲撃されて焼かれた。
俺自身も視力を奪われ、這う這うの体で森の中を逃げ回っていた。
(だ、だれか、た、たすけて……父上が、皆が……)
目が見えない。鬼に追われているかもしれないので声も出せない。慌てていたので履物もない。
むき出しの足は石や草で切れて焼けるような痛みを生み出す。ぬるぬると生温かいものが足から流れ続ける感覚。
出血に気をとられて、崖らしき場所を滑り落ちる。
そのまま冷たい川に沈み、意識が遠のいてゆく。
(ああ、ここで死ぬのか……)
暗くて、怖くて、悲しくて。
痛くて冷たい闇の中で、どれだけの間、気を失っていたかはわからない。
ただ、気がついた時には肌に柔らかくて温かい感触が触れていた。
遠くから呼ばれているように、声が聞こえる。
「おきて! おきて!」
何度も呼んでいた。
(誰だ……?)
見えない目で動こうとすると、幼い少女の声が鮮明になってきた。
「だれか! 川で人が倒れているよ! 早く! 早く助けてぇ~!」
必死に助けを呼ぶ彼女の声を聞きつけた大人達がやってきて、そのまま俺は運ばれた。
そして手厚く看護されたのだった。
鬼の襲撃による怪我や森を彷徨っていた時の負傷で、何日も高熱を出して寝込んでいる間――ずっと誰かが付き添ってくれていた。
小さな手が何度も濡れた布で額や首を冷やしてくれた。
その手つきが、暗闇に閉ざされた視界の中で、心と体の痛みを癒してくれるようだった。
(気持ちいい……)
痛みと熱で朦朧とする中、声が聞こえる。
「灯子、後は大人に任せて、少し休みなさい。父さんも看病するからね? お前が最初に彼を発見して、心配なのはわかるけど、お前まで熱を出してしまうよ?」
「そうですよ、灯子! 母が交代しますから、貴女は休憩なさいな。無茶をして貴女まで倒れたら……」
(あかりこ……?)
看病してくれている相手の名前を夢うつつの中で聞いた。
しかし灯子と呼ばれた娘は、頑としていう事を聞かなかった。
「おにいさまを最初に見つけたのは灯子ですから、おにいさまの面倒は灯子が最後までみるんです!」
鼻息荒く語っているらしく、彼女の両親らしき存在が困ったような声で呻いていた。
そんな両親に元気の良い返事が飛んだ。
「はい!無理しません!」
意気込む声に思わず唇を綻ばせると、灯子が騒ぎだした。
「あ! おとうさま! おかあさま! おにいさまが目を覚ましました! 良かったです!」
それから灯子という少女は更に熱心に看病してくれるようになった。
「おにいさま! お粥と、お薬湯です!」
固形物が食べれないので、お粥をもってきてくれた。
ただ、恥ずかしい事に、食べさせようとしてくるのに困った。
「具合が悪い時は、おなかに優しい、やわいものをゆっくり食べると、早く元気になりますよ」
赤ん坊に戻ったみたいで恥ずかしかったけど、目が見えない状態では食事も難しくて、ずっと灯子に食べさせてもらっていた。
とにかく灯子は騒がしい子供だった。
しょっちゅう名前を呼びながらやってくる。
その頃には灯子や周囲の助けで、床から起き上がれるようになり、手探りで少しは歩けるようにもなった。
同時に、俺は自分を助けてくれた家が土御門だという事を知った。
「旦那様も奥様も、蘆屋の子を助けるなんて、流石のお人柄だねぇ」
「蘆屋と土御門は犬猿の仲だってのに、なかなか出来る事じゃないよ」
蘆屋の家に居る時、親族の老人達から、さんざん土御門との確執を聞かされていた。
『蘆屋と土御門は交わる事なき仇敵』
それが蘆屋の家での常識だった。
けれど土御門の家は、望んだものもそれ以上のものも、惜し気も無く教えてくれた。
自然体のまま生きる事を許される世界が嬉しくて、幸福だった。
いつしか、初めからこの家に居たかのような懐かしさを覚え始めていた。
(俺は蘆屋の跡取りなのに、良いのだろうか……)
蘆屋の家からの迎えは来なかった。
だから、あの襲撃の夜に滅びたのだろうと思っていた。
そうして数年が過ぎた頃。
その頃には、俺も灯子も少しだけ背が伸びていた。
土御門の屋敷の間取りもすっかり覚えたが、不慣れな場所を歩く時は、いつも灯子が手を引いてくれた。
「道蓮様、気をつけてくださいね。ゆっくり歩きましょう」
温かい声と両手を握る柔らかな指先。
それに幸せを感じているのに、胸が痛くなるような感覚も伴いだしていた。
自分の心の闇に灯をともしてくれた、優しい彼女とずっとこうしていられない事に薄々、気づいていた。
(彼女は陰陽師の名門の一人娘で跡取り……。かたや俺は、もう何の後ろ盾も無い盲人だ)
家柄も何もかも釣り合うはずがない。
共に過ごすのを許されているのはまだ二人が子供同士だからだ。
(これから灯子は家柄に相応しい相手を婿にとり、子を産み育て……)
そこまで考えて首を振った。
(僕のような存在が灯子を求めるなんて……。高嶺の花なのはわかっている)
わかっているのに、彼女と離れたくない。
灯子のいない自分の在り方がわからない。
それくらい、彼女が居ることが当たり前の人生になっていた。
添い遂げたい等という分を弁えない望みは抱かない。
せめて使用人としてでも傍に置いてほしい。
そんな中、転機が訪れた。




