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21)道蓮の回想2

 灯子に弟が出来たのだ。


 弟の晴人の誕生に屋敷内は沸き立ち、麓の村でも盛大に祝われた。

 灯子も弟が出来た事を大層、喜んでいた。

 誰もが土御門はこれで安泰だと言った。


「姫様、ようございましたな!」

「これでお嫁に行けますね!」

「やはり女性の幸せは良い家の素敵な殿方に嫁ぐ事ですもの!」


 皆が灯子に声をかける中、俺だけが違和感を覚えていた。

 灯子は弟の誕生で、たった一夜でその立ち位置が逆転していた。


 今までは土御門の跡取りとして家を守るべく在れと育てられていのに。


 今日からは家を出て、嫁いだ相手に従って『女としての幸せ』を満喫しろと願われている。


 それが怖かった。


 わかっている。誰にも悪意はなく、本当に良かれと思って言っている事を。


 でも、蘆屋の跡取りとして在れと重圧を背負って過ごすのが普通だと思っていた僕だけは違っていた。

 周囲の期待の前に自身の願望が見えなくなる寂しさを知っていた。


 気が付けば、灯子は木登りをしなくなった。

 川を見て泳ぎたがる事もなくなり、控え目に、添え木のように生きるようになっていった。

 女性としての幸せを得る準備のために、やりたい事も、願いも、全て仕舞い込んで生きるようになった灯子を見ていられなかった。


 どんな道に進むかを灯子自身が願ってほしい。

 そしてそれを周りも尊重してほしい。

 そんなの旧家で通じるわけがない青臭い理想だと思っても耐えられなかった。


 だから、灯子の父に恥を承知で頼んだのだ。


「僕は必ず、名のある陰陽師になってみせます。そして灯子に何不自由ない暮らしを約束します。だから、灯子さえ了承してくれれば、灯子と一緒にさせてください!」


 目も見えず、自分の事すら一人で出来ない子供が何を言っているのかと失笑されても仕方がない事だ。


 なのに、灯子の父上は快諾してくれた。


 自分と許婚になったことを、灯子はとても喜んでくれた。

 僕とずっと一緒に居られるようになるのが嬉しいと。


 ただ、それが俺に恋心を抱いてくれているからなのか、土御門の長女として御家の役に立てるからなのかは、わからなかった。


 二度目の転機は蘆屋の襲撃で生き延びていた使用人の爺と、麓の村で再会したことだった。


 わずかながら蘆屋の財産も残っているということで、爺の勧めで目の治療の為、皇都の名医を尋ねる運びとなった。


 目を治し、陰陽師として成功し、誰に引け目を感じる事もなくなった身で灯子を妻として迎えたい。


 ただ、その為には、しばらく灯子と離れなければならない。

 必ず迎えに来ると誓い、彼女に別れを告げた。


 別れ際の灯子の言葉は気丈だったけど、声は少しだけ細く、震えていた。

 きっと泣いてくれていたのだろう。


 この時の判断を、俺は後になって、狂い果てそうになるほど、悔やんだ。


 皇都に着いてからは、直ぐに医者にかかった。

 早く大人になり、目を治し、地位と名誉を手にしたかったのだ。


 だが、名医をもってしても俺の眼球は完全に元には戻らないとの話だった。

 それでも、陰陽の術で鬼の目を移植すれば、視力は戻る。

 代償に、鬼が見るものと同じものが見えるようになるという。


 そんなものは悩む問題でもない。


 陰陽師として成功し、灯子の夫として恥ずかしくない男になる為なら、何だってやる。

 鬼から奪った目を直ぐに埋めこんでもらった。


(……ああ、早く灯子の顔が見たい……)


 あの春の日向のような優しい声で名前を呼んでもらいたい。

 共に居るだけで心が安らぐ彼女の隣に座っていたい。

 逸る想いは止められず、愛する彼女に何通もの文をしたためては、手紙の束を贈り物と共に送ってくれと爺に頼む。



 そして、『あの日』が来た。



(灯子が……皆が、死ぬはずなど、あるわけが……!)


 懐かしい土の匂いと緑の葉の匂いに満ちた山道を無我夢中で走っていた。

 途中の木には、色褪せた行灯が幾つもぶら下がっていた。


 雨に打たれて染みだらけになった悲しい姿を晒しながら、力なくぶらぶらと揺れていたのを覚えている。


 土御門の屋敷に辿りついてからは、頭の中が真っ白になった。

 焼け焦げて崩れた一角と、あちこちにこびりついた凄惨な虐殺の痕跡。


「あ……」


 ふらつく足で玄関に入り、手探りであちこちに触れる。

 それでもまだ、此処は土御門の屋敷ではなく、別の誰かの家なのだと……そう、思い込もうとしていた。


 これは俺が道を間違えただけの別の家。

 盲人だった俺はこの目で屋敷を見たことがない。


 だから実は灯子達は生きていて。


 全ては麓の村の人間の嘘で。


 俺が廃墟から真っ青になって出てきたら、大人になった灯子が何処からか出てくる。


 頬を膨らませながら『迎えに来るのが遅いです!』と道を間違えた俺を叱ってくれる。


 そんな儚い願望を信じたいのに。


 手に触れる柱の感触も、灯子と背くらべをした傷の痕も、全てが、この場が俺が戻りたかった家だとわからせてくる。


 なのに。


 畳、灯子と二人で隠れた押し入れ。

 その全てに黒く乾いた血がこびりつき、蠅が飛ぶ。

 それはまるで此処は奈落の底だと教えてくるようだった。


『ずっと待っていましたのに』

『愛していましたのに』

『一人だけ生き延びて、幸せになって、道蓮様は本当に酷いお方です』


 顔を上げると、目の前には体の大半が崩れ落ち、血染めの着物を身に着けた灯子が立っていた……。


 血染めの衣の愛しい女の囁くままに鬼を探して斬り殺す。


 邪魔する奴は人間だろうと敵に見えた。

 誰かが遠くで俺の名を呼んでいる気がした。

 だが、何もわからなくて振り払う。


 灯子が望むままに鬼の流血で街を染める。


 返り血が目に入る。


 視界が紅に閉ざされた。

 でも、もうそれで良かった。


 目が見えているのに、愛する者のいない世界を見続けるのは辛い。


 これなら、何も見えずとも灯子が傍に居てくれた昔の方が幸せだった。


 行く先には、もう何の灯りも見えない。


 灯子以外の誰も心に住まわせたくない。


 だからずっと、絶望の底で心を壊していよう。

 そう思っていたのに、耳元で囁く幻覚の灯子の声を誰かの声が掻き消した。



「道蓮様! 灯子は此処です!」


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