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19)呪詛

「何を悩んでいるんです? カンタンじゃないですか。今直ぐに、あなたが彼に告げたらいいんですよ! 『灯子は実は死んでませんでした! 私こそが灯子です』って! そうしたら、三文芝居の退屈な結末みたいに、彼は救われるでしょう?」


 狂火様が両手を広げ、演者のように大袈裟な身振りを見せてきた。


「きっと責任をとってくれますよ! 死んだと思った婚約者と再会できたのですから! そうすれば土御門も蘆屋も、血筋が絶える心配はありません。八方丸く収まるのでは?」

「……」


 煽るような言動をとる狂火様に、私は冷えた頭で向き直った。

 血筋なんて遺るはずがない。

 私の月経は呪いで止まっているのだ。

 戻る保証も無い。


「あの刀、道蓮様に渡されたのは狂火様でしょう?」

「ほう? 何故そう考えるのです?」


 扇子を開いて口元を隠す狂火様から、視線を道蓮様に向ける。


「貴方は、呪術の専門家が集う八咫鴉の長ですから。禁忌の武器を所有していましたよね。そして貴方は天誅殺がどれだけの呪力をもつか試す為に、大きな怒りと悲しみを抱えた道蓮様に近づいた……。そして同時に、私の後ろ盾を申し出て、陰陽頭になるように後押しをした……」


 狂火様は目を細め、ころころと笑う。


「それが証拠になりますか? 小生が彼に禁具を渡す意図は? 何の得があるんです?」

『こやつ……』


 怒る御霊府君を押し止める。


「私の正体を道蓮様に語れば、一時的に事態は落ち着くかもしれません。ですが、それは本当に一時的な事……。私の体の中は鬼の呪いでボロボロです。府君が呪いを抑えてくださっていますが、寿命も削られた状態で長くは生きれないでしょう……。そしてそれを道蓮様が知れば、今のあのお姿からして、きっと私の為にご自身を削る事も厭わないと思います。これ以上の負担をかければ、道蓮様が壊れてしまわれる」


 へらへら笑っている狂火様に、私は真顔で返した。


「私が陰陽頭になれなければ、この身も、眠り続ける晴人も貴方の所有物になる。そういう約束でしたよね。でも、それは約束ではなく、呪詛だった」


 狂火様は目を細めた。私は続ける。


「私が道蓮様に正体を明かせば、あの方は私を危険な目に遭わせぬように学園を辞めてほしいと言うでしょう。そうして陰陽頭には自分がなると仰るはずです。でも、そうすれば私も晴人も貴方のものになってしまう。入学と等価交換の呪詛をかけられているから……」


 己の見解を伝えると、狂火様は扇子で顔を隠したまま、肩を震わせだした。

 数拍後、顔を上げた狂火様は目を輝かせて語りだす。


「フフフフ! なんともまぁ! 『稀有な呪いに侵されているしか美点が無い、田舎暮らしで世間知らずな他力本願の芋娘』。そう思っていたのに、まさかこんなに面白いとは」


 狂火様は上機嫌に続ける。


「アナタの血と小生の血が混ざったらどんな血統が出来るか、試してみたい」


 背筋に冷たいものが走る。


「姉弟ともども実験で使い潰して、死んだら標本にでもしようかと思っていましたけど、気が変わりました。アナタが生きている方が、小生にとっては面白そうだ!」


 滔々と語り続ける狂火様が衣を翻す。


「また逢いましょう。貴女は小生のモノにするには、カンタンではツマラナイ」


 結局、狂火様は事態を乱すだけ乱して去って行った。

 佐助さん達を私の供養だと言って呼びよせたのも狂火様だろう。なんて計画的なのだろうか。


 でも、今はそれよりも……。


 道蓮様は血の海の中で刀に縋りつき、手には巾着を握り締めていた。


 黒い瞳には何も映っていないように淀んでいる。


(道蓮様……)


 あまりに痛々しい姿に胸が苦しくなってしまう。


 教官と一緒にかけつけた雨多子さんが道蓮様の容態を確認してから、首を振った。


「……駄目ね。刀の呪いが心身に絡みついてる。呼びかけにも反応しないわ……。前から様子がおかしいとは思っていたけど、まさかこんなに危ない呪具で夜な夜な、鬼を斬って回っていたなんて……」


 道蓮様が寮の部屋に夜、居つかなかった理由を、私はようやく理解した。


(同室が嫌だからではなく、夜に鬼を斬って回っていたから……!)


 少しも気づかなかった。

 後悔と罪悪感で胸を締めつけられる。


 刃を握り締めた手を血塗れにしている道蓮様に、御霊府君が溜息をついた。


『……哀れじゃのう。生きたまま彼岸に渡ったも同然じゃ。届かぬやもしれぬが、何か声をかけてやれい』


 道蓮様に近づく。

 御霊府君の声がまた聞こえた。


『こやつを蝕む呪詛は最早、解呪も出来ん。天誅殺が求める血の衝動のままに精神を蝕まれておる』

 そこで私は振り返った。


「そうはさせません! 私に考えがあります!」


 ◆◆◆


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