13)訓練
西日に染まる室内の窓際に、教官が立っていた。
「来たか」
教員机の前の椅子には何故か、マキリさん、鬼壱さん、道蓮様が座っており、机の上には実践で使った木偶の首がのっている。
将雪おじ様から着席するように言われる。
道蓮様は私の着席を待たず、不機嫌な声でおじ様に話しかけた。
「何故、俺まで指導室に呼ばれた?」
「……お前達の授業の成果を見て感じた事だが」
ごくりと息を飲む。
(私が失敗したせいで、みんなに迷惑が?)
しかし、おじ様の言葉は意外なものだった。
「当初の想像以上だ。特に安倍。お前の力は」
え?
聞き間違いかと思った。
道蓮様は教官を見ている。
「ああ、その木偶か……」
道蓮様だけは何かをわかっているみたいだった。
将雪おじ様は無言で机の上の木偶の首を手に取って見せた。
「これは安倍が授業で破壊し損ねたものだ。木刀がすっぽ抜けたせいでな」
全員がその首に視線を向ける。
将雪おじ様が木偶の頭のあたりをコンコンと叩くと、それは一拍も待たず、灰のように崩れ去った。
道蓮様が真剣な顔で頷く。
鬼壱さんも何かに気づいたように私を見つめている。
(これは……? どうしてそんなに驚いているのだろう?)
何もわからずにいる中、急に体にドシリと重い衝撃が走った。
御霊府君が憑依した。そう思う間に、私の体が勝手に喋りだす。
御霊府君は私の体で立ち上がると、椅子に片足を乗せ、前髪をかきあげて高笑う。
『ようやっと気づきおったか。そうじゃ、燈次郎の潜在能力は、うぬらを軽く越えておるのだ!』
御霊府君の言葉に教官が頷いた。
「お前の言うとおり、現役の陰陽師だとしても、ここまで出来る者は一握りだ」
教官は驚く皆を他所に、話を続ける。
「その強い力と適正。何より強い精神力故に、この式神と共存できているのだろう」
御霊府君は誰にでも憑依できると思っていたので、私は驚いた。
「お前の式神は自己主張が強すぎる。強制的に憑依したとして、体の持ち主の意思とぶつかり合い、まともに歩く事すら困難だ」
教官が言うには、私の場合は生身の人間の動きと遜色が無い程に、式神と呼吸を合わせている、余程の才覚があるのだろうとの事だった。
(本当に……?)
『これで、ようわかったであろう? 燈次郎が陰陽の術をしっかりと身につければ、同窓の有象無象など燈次郎の引き立て役にしかならぬとな!』
府君の話など聞いていないように、道蓮様が椅子から立ち上がる。
かと思うと、私の腕を掴んで部屋から連れ出そうとした。
「ちょっ、道蓮さん?」
『貴様! 儂の燈次郎にベタベタ触るでないわ!』
府君の言葉を無視して指導室を飛び出した道蓮様は、皇都内にある河原へ私を連れ出した。
(え? え? 何? どういうこと?)
道蓮様は学校から持ち出した木刀を私に投げ渡してくる。
「訓練の時の違和感について、将雪の言葉を聞いて得心した」
慌てて受け取った私は、木刀と道蓮様を交互に見た。
「確かに貴様の潜在能力は随一かもしれん。そうでなければ木偶に木刀が突き刺さったりはしないだろう。だが、同時に、どうして木刀がお前の手を離れたか、分かるか?」
「分かりません……」
修行はしたつもりだった。
その時は上手くいったと思ったのだけれど……。
「お前は力を道具に与えられていない。言ってみれば暴発させている状態だ。それ故、制御できない得物が意図しない動きをする」
木刀を握る私の手に道蓮様が触れた。
「!」
私の後方に回った道蓮様は、そのまま空いた片手で私の腰を掴む。
動揺する私に道蓮様は顔を寄せると、淡々と続けた。
「お前は無駄な動きが多すぎる。力を巡らせる構えも、呼吸も、全く噛み合っていない」
心臓の音が聞こえそうな距離。耳にする男性特有の低い声と息遣い。
府君は修行が私の為になるならと、歯軋りしながら黙って見てくれていたけれど……。
道蓮様の物言いは素っ気ないけれど、教え方は的確だった。
(そういえば、子供の頃、私に何かを教えてくださる時も、親切だった……)
その頃の道蓮様はもう居ないのだと思っていた。
けど、こんなふうに共通項を見つけて、何だか居たたまれない気持ちになる。
(その時の道蓮様の手も、温かかったな……)
日もとっぷりと暮れたころ。私の素振りを見た道蓮様がようやく頷いた。
「……今日はこの程度で良いだろう」
「は、はい! ご指導、ご鞭撻、ありがとうございます!」
やっとの思いで頭を下げ、汗びっしょりのままで土の上に倒れるように座る。
そうしていると、突然、道蓮様が上着を脱いだ。
(え?)
戸惑う私の前で、道蓮様は川へ向かい、水浴びを始める。
鍛え抜かれた背中に水滴が艶やかに流れ、どきどきしてしまう。
すると道蓮様が声をかけてきた。
「……お前も水浴びするか」
「え」
「汗をかいただろう」
「え。でも」
どう断ればいいか悩んだ末、幼い頃に川で注意されたことを思い出す。
「か、川は突然、深いところがあって危ないから入らないようにしてるんだ!」
この発言に道蓮様が、はっとしたように反応した。
けれど、それが何かはわからなかった。
川で水浴びなんてすれば、流石に性別がバレてしまう!
それから道蓮様は懐かし気に……でも何処か寂しげに目を細めると、口を開いた。
「……そろそろ帰るぞ。門限に遅れる」
その日から、道蓮様は部屋に帰ってくるようになった。
私は細心の注意を払って着替えをしたりしたけれど、ま っ た くバレなかった。
そして……。
夜中、ベッドで横になっていると、物音がした。
道蓮様が御手水にでも行くのかと思っていると、虚ろな目で刀を手にしてドアから外へと出て行っていた。
(どういうこと……?)
わけがわからないまま、私はただ、道蓮様を見送るしか出来なかった。




