最初の仲間と共に
使徒が一時去って行った後、桔音はとりあえずその辺に転がっている冒険者達の傷を最初に対面した場所まで巻き戻した。どうやら対面した事があれば、その状態まで巻き戻す為の時間的チェックポイントが出来るらしい。
1回の発動に対して、1つの対象しか効果を及ぼせない故に、全員の傷が全て消え去るまでかなり時間が掛かったが、その後は門の前に纏めて放置しておいたので、さほど労力は使っていない。また、その際にリーシェの父親が混じっているのを見て、桔音はちょっと考える素振りを見せたが、スルーするらしい。同様に放置対象となった。
でだ、虚ろな目で瘴気で運ばれている巫女だが、その仲間である勇者達の姿はその集団の中にはなかった。フィニアの話によると、今日は2人1組のペア同士でそれぞれ依頼を受けているらしい。ペアの組分けは、フィニアとルル、巫女と勇者、剣士と魔法使いとなっている。
といっても、桔音は巫女と勇者に関しては知っているが、剣士と魔法使いについては知らなかったので、さほど興味はなさそうだった。ただ、この巫女と一緒に居た筈の勇者が何処にいるのかが気になる所ではあった。
しかし、とりあえずは宿へ行こうという事で、フィニアの案内で勇者達の泊まっている宿へとやって来て、わざわざ部屋を取ったのだ。少しでも嫌がらせしてやろうということで、ルルとフィニアは桔音の部屋へと移動させたものの、払った部屋代は桔音の分のみ。勇者達にルルとフィニア達の部屋代を負担させてやろうという考えだ。
元々ルルとフィニアに関しては宿代が払われているのだ、帰ってきたことにして桔音1人分のお金を払う方が良い。一石二鳥という奴だ。フィニアは『流石きつねさん、やることがちっちゃい!』と悪態をついていたけれど、確実に嫌がらせにはなっている。
「さて、この巫女返しに行こう」
そして、その後。ルルをベッドに寝かせた桔音は、巫女を勇者の部屋へと届けに行った。
「落とし物は返さないとね」
ちなみに鍵は巫女の懐に入っていた。
「邪魔だなぁこの布。道具に妙な服着せたの誰だよ全く……」
そうぼやいた桔音は巫女の上半身の服を剥ぎ取った後、内側にあった鍵を取り出して部屋を開けた。勇者の部屋にある程度荷物が置かれており、上半身が丸裸になった巫女を部屋のその辺に転がした後、桔音は部屋を物色した。とりあえず携帯食料と高価そうな調理セットを回収した。
「これリーシェちゃんが喜びそう」
フィニアはその言葉に、リーシェの事を聞きたくなったが、桔音の横顔に少し影が差していたので口を閉ざした。代わりに、違う話題を出す。
「そういえば、勇者気取りは武器を注文してたよ!」
その言葉で、桔音はまた意地の悪い事を思いついたらしく、薄ら笑いを浮かべる。そして転がっていた巫女の身体をわざわざ踏んでから部屋を出て、敢えて扉を開けっぱなしのままにして去った。
そして、フィニアから勇者が武器の製作を注文したと聞いた桔音は、その武器屋に赴き、徐にその注文をキャンセルした。フィニアが居たことで、店主は素直にそれを承諾。事前に支払う店だったようで、桔音はその武器の分のお金を受け取りポケットに収めた。
もっと言えば、作りかけの武器は廃棄して構わないと念には念を押したキャンセルっぷりである。
ちなみに、返金された金額は金貨15枚。レイラの情報量の5倍である。こんな子供染みているが地味に効く様な嫌がらせをした後だというのに、桔音はとても満足そうな薄ら笑いを浮かべていた。
それからは簡単。日も落ちて来たので、桔音とフィニアはそのまま宿へと帰って来て、未だに目を覚まさないルルの両隣で眠った。というのも、致命傷を受けた後故に、巻き戻されて無傷とはいえ、ルルが眼を覚ますにはもうしばらく時間が必要であったのだ。
◇
そして翌日、目覚めた桔音とフィニアは一旦顔を洗いに部屋を出た。瘴気の空間把握で、勇者達が部屋に戻って来ているのは分かっていたのだが、気を使う必要もない。桔音は我が物顔で廊下を歩き、普通に顔を洗った。
「ふぅ……タオルタオル……」
「どうぞ」
「あ、ありがと……んー……ふぅ、ん?」
「いえ、構いません」
そんな感じの会話が為された。
桔音が顔を洗って手探りにタオルを探していると、横からタオルが差し出されたのだ。なんともなしにそれを受け取り、顔を拭いた後に桔音は気が付いた。隣に居たのは、使徒ステラだった。
普通に固まる桔音。超至近距離に使徒がいたという状況に付いていける者はそうはいないだろう。
そして、話を聞くとどうやら回復したから再度狙いに来たらしい。こっちの都合も考えて欲しいなぁと思いながら、桔音は準備してくるから待っててと言って部屋へと戻った。そこで、目覚めたルルとめでたく対面したという訳だ。
回想は、以上である。
◇ ◇ ◇
そして現在に戻って来る。
ルルは桔音から話を聞いて、まず桔音の相変わらずな一面に苦笑した。やってる事は地味に嫌な仕返し、しかも何のためらいもない所を見ると、やはり桔音は桔音だったと再確認出来る。宿を取ってから、巫女を部屋に叩き返し、そこそこ高価な調理セットをリーシェが喜びそうという理由で極軽い感じに強奪、更に武器製造の注文を勝手にキャンセルした挙句、その代金をポケットに収めた。流れるように勇者への嫌がらせをしている。
普通ならいけない事ではあるものの、桔音があまりにも飄々と、普通の事の様に、流れるままにやってのけるので、あたかもそれが当然の事の様に思えてくるのだ。
懐かしさを感じながら一通り笑ったルルは、やっと使徒が下に居る事に気が付いた。話を聞く限り、使徒は桔音の命を狙っている訳で、その強さを1度対面したことのあるルルは身をもって知っている。
そして遅ればせながらに慌てだした。それは不味いじゃないかと。だが、ここでハッとなる。こういう時の為に強くなろうと努力したのではないかと。
「き、きつね様は私が護ります!」
「あー、うん。一応フィニアちゃんに聞いたけど……先に謝っておくね、ごめんねルルちゃん」
「え?」
「いやぁその……ルルちゃんを死なせない為に色々やった結果……今までのルルちゃんの成長が帳消しになっちゃったんだ」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
首を傾げるルルに、桔音は自身の力について説明する。『初心渡り』という力の内容と、それによってルルの肉体が桔音と別れる時点の状態に巻き戻ってしまったことを。
ルルの最終的なステータスは、こんな感じだった。
◇ステータス◇
名前:ルル・ソレイユ
性別:女 Lv67
筋力:25890
体力:23340
耐性:100:STOP!
敏捷:27850
魔力:15670
【称号】
なし
【スキル】
『小剣術Lv7』
『身体強化Lv6』
『見切りLv5』
『心眼Lv5』
『直感Lv5』
『野生』
『魔力操作Lv3』
『不屈』
『縮地』
【固有スキル】
『星火燎原』
『天衣無縫』
◇
だが、これが桔音の『初心渡り』の巻き戻しによってこう変わる。
◇ステータス◇
名前:ルル・ソレイユ
性別:女 Lv1
筋力:650
体力:500
耐性:100:STOP!
敏捷:510
魔力:230
【称号】
なし
【スキル】
『小剣術Lv3』
【固有スキル】
『星火燎原』
『天衣無縫』
◇
固有スキルこそ精神的成長の結果で発現したモノ故に残っているが、その他のスキルやステータスが軒並み下がってしまっていた。それこそ、昨日フィニアが倒したアイアンゴーレムは勿論、その辺の雑魚魔獣にすら勝てるかどうかというレベルにまで、だ。
それをルルに教えると、ルルは目に見えて落ち込んだ。自分のステータスが落ちたからではない、桔音を護れない程に弱くなった自分に対してだ。
だが、一応ルルとフィニアのレベルを1に戻しておいた桔音。比較的早く元の強さを……いや、元の強さ以上の強さを手に入れられるだろうという事は教えておいた。
「でも、ルルちゃんに固有スキルが目覚めてるのにはびっくりしたなぁ……」
2人には聞こえない様に呟く。桔音にとって驚きだったのはルルに固有スキルが目覚めていたことだろう。しかも、2つも。
とはいえ、使徒が下で待っている現状で戦えなくなったのは痛い。ルルにとってはやはり辛い現実であった。
「でも、どうするの? あの白い子、凄く強いよ?」
「うーん……正直、僕も使徒ちゃんと戦うのは避けたいね。今の僕が戦ったとしても、勝率は五分五分だし」
膝を抱えて部屋の隅に行ってしまったルルに罪悪感を感じながら、フィニアの言葉に桔音はそう返す。今のステラのステータスと、桔音のステータスを比べれば分かるが、やはり攻撃力ではステラの方に分があり、防御力もあの神殺しの武器がある以上桔音に分がある訳ではない。
今回巫女への怒りで目覚めた力、それを使えばなんとかなるだろうが……それもかなり負担が大きそうだった。
さて、ここで桔音の今のステータスを公開しよう。ステラと多少戦闘を交えた事で、ステータスも上がっている。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
筋力:32000
体力:4525700
耐性:21023500
敏捷:4012500
魔力:2002310
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv7』
『直感Lv7(↑1UP)』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv7』
『瘴気耐性Lv8』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv8(↑1UP)』
『回避術Lv5』
『見切りLv5』
『城塞殺しLv5』
『鬼神(NEW!)』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
フィニア(妖精)
ルル(獣人)
◇
増えたのは、固有スキルではないが……読み方が危険となっている、名前からして危険そうなスキルだった。桔音はこのスキルに付いて一応ある程度理解している。確かに、使えばかなり強いスキルであり、桔音にはぴったり過ぎるほど相性の良いスキルであったが、その代わりその名の通りかなりのリスクを背負うスキルである。
桔音の瞳が蒼くなったのも、このスキルの影響だ。まぁ、蒼くなった事で視界が何か変わる訳ではないのだが。
「どうしたものかな……」
そう呟く桔音。フィニアもルルも、そんな桔音の呟きに答える事は出来なかった。
すると、不意に扉がノックされた。桔音達はその音に身体を硬直させる。
「―――そろそろ、降りて来ては貰えないでしょうか?」
その扉の向こうから聞こえて来たのは、下で待たせていたステラの声。透き通る声は、聞いていて心地良いが、今の桔音達にとっては少し聞きたくない声であった。
気付けば随分と長い時間待たせていたらしい。痺れを切らしたんだろう。考える暇も与えてはくれないようだ。
「……よし、僕に作戦がある。ルルちゃん、勇者の部屋に何か荷物置いてたりしない?」
「大丈夫です。荷物は全て持ち歩いてます」
「そっか、じゃ行こうか。2人共此処からはどんな状況でも僕の後ろから付いてくること、いいね?」
桔音の言葉に、ルルとフィニアは迷いなく頷いた。どんな作戦なのか、そんなことは関係ない。ルルとフィニアにとって、桔音が自分達を傷付ける事は無いという確信があり、桔音自身のことを最も信頼しているからだ。
自分達が桔音を信じ、桔音が自分達を信じてくれている以上、そこに無駄な疑問や不安は必要ない。自分に付いて来いというのなら、何処までも。
桔音が部屋の扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける。そして、フィニアは桔音の肩の上、ルルは桔音の斜め後ろに立った。
「じゃ、行こうか……使徒ちゃんをどうにかしよう」
そういえば、このメンバーは僕の1番最初のパーティだな―――桔音はそんなことを思いながら、扉を開けつつのんきにも苦笑した。