巫女の非情な心
そういえば、最近100話超えたと思ったらもう150話超えてましたね。ちょっと自分でもびっくりしました。
セシルにとって、ルルがフィニアを殺すか殺さないかは正直どちらでもよかった。
フィニアのお面は自分が握っている訳であるし、ただ殺すだけなら今すぐ自分でやれることだからだ。
ならば何故ルルにフィニアを殺させようとしているのか。それは物理的な理由では無く、心理的な策略があったからだ。
例えば、母子家庭でとても仲の良い母親と2人の兄妹がいたとしよう。
その家族は3人、支え合う様に生きて来て、兄妹はどちらも母親の事が最も大切だった。だが、母親のいない家で兄妹がお留守番をしている時、不審者が入ってきた。不審者は、兄妹の母親を攫って監禁していると言い、兄妹に抵抗を許さない。
そして言う、『2人の内どちらかを殺せば、残った方は母親に会わせてやる。』
理由は無い、不審者は気の違った狂人だったからだ。そして、母親が最も大事な兄妹だったが……結局兄は妹を殺し、母親に会う権利を手に入れた。約束通り、狂人は攫った母親に兄を会わせた。だが母親を助けに来たぞ、思っていた兄は、その母親に拒絶された。自分に会う為だけに、妹を殺した兄を許せなかったからだ。
つまりセシルが狙っているのはそういうこと。
もしも今ここでルルがフィニアを殺した場合、ルルは桔音に会おうとはしないだろう。いや、寧ろ会えない筈だ。合わす顔が無いのだから。そうなったら、死んだフィニアと殺したルルは一生桔音の下へは戻らない。精神的な枷が、一生彼女らに付き纏うことになるのだから。
そしてその後にセシルは、フィニアが死んだことと、フィニアをルルが殺したことを桔音に打ち明ける……さすれば流石の桔音も、精神的なショックで行動不能になる可能性が高い。いざとなれば、逆でも良い。フィニアにルルを殺させる、それでも効果は同じだ。
そうでなくとも、セシルがフィニアを殺せば、ルルが戻った所でその事は確実に桔音に伝わる。勇者への復讐の矛先は、全て自分へと向かうだろう。それでいい。セシルにとっては、勇者さえ無事なら自分がどうなろうがかまわないのだから。
とはいえ、ルルがフィニアを殺してくれるのならソレが最も効果的だ。桔音を完全に無力化出来るのだから。フィニアが死に、ルルが居なくなれば、後は自分の口先三寸でどうとでもなる。復讐の矛先を別に挿げ替えることだって容易だ。
「……そんなこと……出来ません……!」
そして、セシルの指示をルルは拒否する。そんなことが出来る程、ルルは傲慢ではない。自分よりも、フィニアが桔音を大切に思っている事は知っている、それでもルルの為にずっと傍に居てくれた事にも感謝している。ルルには、フィニアを殺す事など……出来ない。
だが、セシルはそんなルルの言葉に冷酷な判断を下す。最早、今の彼女には欠片程の人情もありはしないのだ。ただ勇者への危害を排除する為に、彼女はどこまでも非情になれる。
「ならば仕方ありませんね。逆にしましょう……そこの妖精、隣にいる獣人を殺して下さい」
ルルがフィニアを殺せないことくらい予想は付く。ならば、逆で行くだけだ。見た所、桔音をより想っているのはフィニアだ。ならば、元々は奴隷だったルルを殺すくらい、やってのけるのではないか? そう考えた。
こういった心理戦は、相手がお人好しであればあるほど―――やりやすい。
最早、セシルはこの状況に陥った時点で勝ちを確信している。最終的に、フィニアがこの指示を拒否したところで、自分が直接手を下せば終わる事だ。
「やだね」
だから、フィニアがそう言った瞬間……セシルは自分の心が氷点下まで冷え切ったのを感じた。今の自分なら、何処まで非情なことも出来る。やってのける確信があった。
「……そうですか」
自分でも驚くほど、感情のない声だった。その手に持ったお面を両手で持って、大きく溜め息を吐いた。仕方ない、じゃあ壊そう。内心で、軽くそう呟く。出来れば自分で直接手を下す手段は取りたくなかったが、背に腹は代えられない。自分があの死神の復讐の矛先になろうとも、ソレは仕方のない事だ。
「ならば、お面を壊して……そこの獣人を殺しましょう。ああ、動かないでくださいね、手元が狂うと余計苦しむ羽目になりますよ?」
セシルは、お面を見せつける様にルルへと近づいて行く。殺す順番は間違えない、殺すのはルルからだ。そうでないと、お面を壊したとたんルルが襲い掛かってくる。
懐からルルの持っているのと同じ様な小剣を取り出して、ルルの目の前に立ったセシル。
瞬間、ルルは全速力でセシルの首を刎ねようとして―――
「止めておいた方が良いですよ」
―――セシルのそんな言葉で剣を止めた。
「このお面に、とある結界を張りました。私が死ねば、その結界が効果を発動します」
「……それは……?」
「中のお面ごと、結界が爆発します。お面の破壊は免れないでしょう……ああ、勿論私の意思で爆発させる事も出来ますよ」
「ッ……!」
これはセシルの嘘だ。ハッタリであり、彼女は複数の結界をお面という小さい範囲で重ね掛けする事は出来ない。『破壊・盗難防止の結界』が張られている以上、そんな結界が張られている筈が無いのだ。
だが、ルルとフィニアはセシルの力を詳しく知らない。嘘を嘘と見抜けないのだ。
故にルルは動けない。お面を奪おうと、セシルの意志1つでお面は破壊される。完全なまでに、生殺与奪権の全てを握られている。
すると、ルルが動けないのを確認したセシルは、悔しそうに顔を歪めるルルを一瞥し―――
「では―――さようなら」
―――何のためらいも無く、淡々と、その小剣でルルの心臓を刺した。
「ぁ……ぐ……!」
「ルルちゃん!」
「……やはり獣人、しぶといですね」
「ぅギァぁああ゛ァぁぁあ!?!」
倒れないルルに、セシルはグリグリと刺した刃を動かす。ルルはガクガクと痙攣し、刺された胸から噴き出す血に加えて、呼吸が出来ないとばかりに口からも吐血する。刺されただけでも激痛だというのに、中を刃で掻き回されるなど、目の前が真っ白になり最早何も考えられない程に痛い。
獣の様な叫び声をあげ、目を見開く。未だにグリグリと刃をルルの身体に捻じ込んでいるセシルの手を、ルルの手が力なく掴んだ。あまりの痛みに、ぽろぽろとルルの眼から涙が零れる。
「汚い声を上げないでください。まるで汚い野犬みたいじゃないですか」
「止めて!!」
「っと……」
冷たい瞳のまま、確実にルルを殺そうとするセシルを、フィニアが光の魔力弾で攻撃する。
だが、セシルは後ろに下がることでそれを躱した。代わりに、ルルの胸を穿っていた刃がずるりと抜ける。その拍子にルルの身体がびくんと痙攣し、音を立てて倒れた。直ぐにフィニアがルルに近寄り、『治癒魔法』を掛ける。
しかし、傷が治るより先にルルの命が消えていく方が早い。フィニアは、あの森でレイラに左眼を喰われた桔音をフラッシュバックする。救えない、そんな考えが頭を過ぎった。
「ダメッ! ルルちゃん……! 貴女は死んじゃダメ……!!」
必死に魔力を練り、フラッシュバックする嫌な記憶を振り払い、必死に傷を塞ごうとする。しかし、ルルの肌から血の気がどんどん失せていき、体温が見る見るうちに下がっていく。虚ろな瞳は虚空を見ていて、ぱくぱくと動く小さな口からは溢れる様に血が出てくる。
―――助からない……?
そんあ考えが、浮かんでしまった。
「ふぃ……ニ……あ……様………」
「ッ!? ルルちゃん! しっかりして!」
その瞬間、ルルの虚ろな瞳がフィニアへ向いた。恐らくは見えていないだろうが、確かにフィニアの名前を呼んだ。フィニアはルルに必死に声を掛ける。このままだと死んでしまう、もっと、もっと魔力を――!
必死の治療の結果、ルルの傷から血は止まった。だがしかし、『治癒魔法』は傷を塞ぐ魔法……失われた血は元には戻らない。そして、ルルが既に致死量の出血であることは、真っ赤に染め上げられた地面を見れば明らかだ。その事実に、血が滲むほど唇を噛むフィニア。
考えろ……どうすればいい、どうすれば助かる、どうすれば、どうすれば……!
「ッ!」
必死に纏まらない思考を紡ごうとフィニアの頬に、ルルが弱々しく触れた。ハッと目の前にルルに意識を向ける。
すると、ルルは弱々しくも笑みを浮かべていた。翡翠色の瞳は、段々と光を失い始めている。そして、そんな状況下で、ルルは小さく、今にも消え入りそうな声で……こう言った。
―――私………幸せ、でした……きつね、様……
恐らく、ルルは出血多量で朦朧とした意識の中で桔音の幻覚を見た。そして最後に笑って、そう言った。自分の死を悟って、最後の最後に桔音に感謝していた。
フィニアは目を見開き、気付けば涙を流していた。自分の頬に触れていた手から力が抜け、地面に落ち始める。息が上手く吸えなかった、フィニアにはその光景がスローモーションに見える。
ゆっくりと、地面に向かって落ちていくルルの小さな手……この手が地面に落ち切ったら、本当にルルが死んでしまう気がした。もうなんの手の打ち様も無い程確定的に、ルルの死が決まってしまう気がした。
手を伸ばすも、身体が石の様に動いてくれない。ルルの手に、自分の小さすぎる手は届かない。
「ル―――」
そして、そのルルの小さな手が地面に落ちる。反動で、ほんの少しルルの手が地面を跳ねた。フィニアの目の前が真っ暗になる。身体の感覚が抜けていく、目の前で、ルルが死んだ。ルルが死んだ。
死んだ、シンダ、しんだ、死んダ、死んだ―――?
その事実を受け入れられない。受け入れたくない。受け入れる事が出来ない。何故? 何故? ナゼ? なんで?
目の前が真っ暗だ。真っ暗で、真っ黒で、何も見えない。怖かった、何も見えず、何の温もりも無く、真っ暗な世界に、1人、孤独を感じる事が。
―――大丈夫
しかし、その時だ。微かに、そんな声が聞こえた。はっきりと、力強く、そして懐かしい声が聞こえた。暗闇の中に、一筋の光が差し込む。
「――起きてフィニアちゃん、まだ終わってないよ」
今度こそ、はっきりと聞こえたその言葉が、フィニアの視界から暗闇を取り除く。そして、視界を取り戻したフィニアの目の前には、少年が居た。黒い服に、黒い髪、浮かべた薄ら笑い、どれも見た事のある姿。どうしても会いたかった姿が、そこにあった。
「きつね……さん……」
「死なせないよ、フィニアちゃんも―――ルルちゃんも」
桔音さんキターーーーー!