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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第二章 生きるための仕事
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依頼達成

 ギルドから出た桔音(きつね)は、ミアとは比べ物にならない程正確に書かれた地図に沿って依頼人の自宅へと歩を進めていた。フィニアを肩に乗せ、賑やかな街並みがゆっくりと後ろへ流れて行く光景を見ながら、少し考え事をしている。

 だがその思案顔に反して、右手に地図の描かれたメモを持っていながら、その左手は先程ジェノに殴られた頬を擦っていた。


「きつねさん、大丈夫?」

「んー、いや大丈夫じゃないね。ふらふらするよ」

「ギルドの中じゃ平気な顔してたのになぁ」

「いやいや、女の子の前だし格好付けたいじゃない?」

「殴り飛ばされた時点で格好も何も無いと思うけどね!」


 実の所、先程殴られた際のダメージは深刻だった。歩く身体が知らず知らずの内にふらふらしている。耐性が高い桔音ではあるものの、流石にEランクの実力者の拳を受けて無傷とはいられなかったのだ。ギルド内ではやせ我慢でなんとか耐えたが、実は結構身体の節々が動かし辛かったりする。フィニアの治癒魔法を掛けて貰おうかと思ったが、『痛覚無効Lv1』が作用しているのか痛みはないのでそのままにすることにしたのだ。


 そんな中、桔音が考えているのは通貨のことだ。

 先程、ギルドでの登録の際銀貨1枚を払ったが、それは事前に値段を知っていたからスムーズに行ったのであって、桔音はまだ通貨の価値を知らない。この先買い物をする事もあるだろう、なるべく早く最低限の常識を知りたかった。

 だが、常識的なことを聞くというのは少し気が引ける。知っていて当然のことを聞いてくる素性の知れない奴など、怪しまれて当然だ。ただでさえ、桔音は異世界の学ランを着ていて奇異な眼で見られているのだから。


「どうしようかなぁ……リーシェちゃんの所に行って教えてもらおうかな」

「何を?」

「ん、通貨の価値をね……でも結構お世話になったし、これ以上世話を掛けるのもなぁ……うん、いいやあとにしよう」


 リーシェを頼ることも考えた桔音だったが、既に銀貨3枚分の借りがある。これ以上世話を掛けるのは気が引けた。とりあえず、まだ買い物が出来るほど散財出来るお金は持ち合わせていないので、それは後回しにすることにした。


 そして、地図を見ながらしばらく歩いて行くと、依頼主の自宅へと辿り着いた。その自宅の前で掃除をしている少女がいたので、依頼主がいないかどうかを聞いてみることにする。


「すいません」

「はい?」

「ミリア・アイリーンさんの依頼でやってきたHランクの冒険者だけど……依頼主さんはいるかな?」


 振りかえった少女は、美少女とまでは行かないが、可愛らしい顔立ちをしていた。明るい茶色の髪を太めの三つ網にして肩から前に出しており、しっかり者な雰囲気をしている。年齢は恐らく13歳程で、桔音よりも頭一つ程背は低かった。

 彼女は桔音がHランクの冒険者であることを言うと、はたと気が付いたようにぺこりと頭を下げた。


「あ、す、すいません、わざわざ来ていただいてありがとうございます! 私が依頼人のミリア・アイリーンといいます!」

「え、と……君が依頼人?」

「はい! 今回はどうぞよろしくお願いします!」


 桔音は少しびっくりしていた。依頼の内容と銀貨1枚という報酬から考えて、依頼人は一般人かつ成人している位の人かと予想していたが、予想に反して小さな依頼人だった。

 それとも銀貨1枚というのはあまり高額ではないのかもしれない、と考えつつも、桔音はミリアに薄ら笑いを向ける。ミリアは桔音の薄ら笑いに若干怯えた風だったが、これでも桔音は微笑んでいるつもりである。


「えーと、僕の名前はきつねっていうんだ。きつねって呼んでね」

「え……あ、はい! きつね……さんですね」

「うん……それで、依頼内容についてだけど……逃げ出したペットっていうのはどんな?」

「はい、立ち話もなんですので中へどうぞ!」


 桔音は自己紹介して、依頼内容についての話に入ろうとする。すると、意外にもミリアは自宅の扉を開けて中へと入れてくれた。冒険者とはいったものの、そう簡単に家に入れても良いものなのだろうか? と心配になりながら、桔音は家の中へと入って行った。


 

 ◇



 依頼内容は至極シンプルだった。

 リビングのテーブルについて始まったミリアの話によると、逃げたのはミニマムラビットという愛玩種の動物らしい。この動物は桔音のいた元の世界の兎とは違って、手の平に乗るほど小さい兎だ。分かりやすく言えば、ハムスター程の大きさである。

 小さい故に踏みつぶしたりしたら危険だということで、ケージの中に入れて飼っていたらしいのだが、どうやらケージの鍵を閉め忘れていたらしく、少し眼を離している内にいなくなっていたとのこと。家の中は隅々まで探したが見つからず、おそらく外へ出て行ったのではないかと考えて、依頼を出したようだ。


 ミリアの両親もミニマムラビットを溺愛していたらしく、懸命に探しまわったらしいのだが、彼らも仕事が忙しくあまり捜索に時間を割けないとのこと。ちなみに報酬は両親が出している。


「ふーん……ミニマムラビット……名前とかあるの?」

「あ、はい! ミミといいます!」

「可愛いね、それじゃあ探してみるよ。見つかると良いね」

「よろしくお願いします」

「任せてミリアちゃん! この美少女妖精フィニアちゃんがいれば大丈夫だよ!」


 桔音は説明を聞いて、立ち上がる。フィニアもやる気満々のようで、中々頼もしい。頭をぺこりと下げるミリアの頭をぽんぽんと叩いて、桔音はミリアの家を出た。


 ミニマムラビット、見た目は小さい兎で、ミリアの飼っていた『ミミ』は真っ白な毛並みをしていたらしい。街に出れば街行く人の不注意で踏みつぶされている可能性もある。早々に見つける必要があった。

 桔音はとりあえず、手当たり次第に探すのは効率が悪いと考え、策を練る。


「とりあえず、フィニアちゃんは小さいから狭い所を探して。僕は人のいる所を探すよ、元々飼われていたんだったら人懐っこい可能性があるからね。それに、兎は元々寂しがり屋でストレスを溜めこみやすい。そうなれば直ぐに死んでしまう可能性も十分あり得る……今この時点で『ミミ』が生きていない可能性も、覚悟しておいた方が良い」

「うん、分かった! 頑張って探すよ!」

「ああ……えーと……とりあえず夕方位になったら此処に集合ってことで」

「りょーかい!」


 びしっと敬礼をして返事をしたフィニアは、そのテンションのままひゅーんと飛んで行った。路地に入り、姿が見えなくなる。

 それを見送った桔音も、行動を開始する。ミニマムラビット、初依頼の仕事がこんなに難易度高いとは思わなかった桔音であるが、それでも仕事はしっかりこなしたいなぁと思っている。


 そして、その第一歩として踵を返し、足を前へと踏み出した、


 その時、


 全てが、


 終わった。


「―――ん?」


 踏み出した足の下に、何か異物があった。柔らかい感触で、ぐにゅっと潰れた様な音。嫌な予感ががんがんと警鐘を鳴らしている。

 そっと足を退けてみると、そこには、


「……まっしろな……毛?」


 白い毛並みの兎が、潰れたように転がっていた。


「……いやいやいやいや……ないって、それはないって……わざとじゃないよ?」


 だらだらと嫌な汗が頬を伝い落ちるのを感じながら、桔音はその場にしゃがみ、ミニマムラビット、『ミミ』を両手に乗せて持ち上げた。異物を感じて足を引いたせいか、完全に潰れて死んだわけではないが、桔音の足の圧力によっておそらく全身の骨が折れている。口からも血を吐いているし、ぴくぴくと身体を痙攣させている所を見ると、完全に瀕死の状態だった。


「やっべ、フィニアちゃん何処行ったかな……」


 治癒魔法の使えるフィニアは不幸にもつい先ほど何処かへ飛んで行ってしまった。このままでは『ミミ』が死んでしまう。


「死んだら……とりあえず見つけた時にはこの状態でしたって言おう……フィニアちゃーん!」


 桔音は最悪の事態を想定しながら、フィニアを探して駆け出したのだった。



 ◇ ◇ ◇



 その後、幸いなことにフィニアはすぐに見つかった。どうやら本当に狭い所があれば隅々まで探すつもりだったようで、フィニアが消えた路地を少し進んだ先にある排水溝の中にいた。

 桔音が半殺しの目に遭わせた『ミミ』を見せると、すぐに治癒魔法を掛けてくれた。瀕死の状態のミミだったが、治癒魔法のおかげで傷は全て治りなんとか一命は取り留める事が出来たようだ。


「はぁ……とりあえず、見知らぬ誰かに罪を押し付ける破目にならなくて良かったよ」

「死んだ時の事までばっちり対策してるね! しかも人に擦り付けるつもりだったなんて最悪だね!」

「ぶっちゃけ見つけるより死んだことにした方が楽だよね」

「労働は生活の基本だよっ! きつねさん!」

「はいはい……まぁなんにせよ、これで依頼は達成だ」


 桔音は自分の手の上で眠っている『ミミ』を見ながらそう言う。運が良かったというべきだろうか、ミミが丁度現れたのだから。まぁフィニアがいなかったら運が悪かったと言っていただろうが、これで何とか報酬を貰うことが出来そうだ。

 桔音はフィニアを連れてミリアの家へと戻る。勿論ミミを連れてだ。ミリアの家から出てすぐだった故に、少し歩けばすぐに辿り着く。


「ミリアちゃーん、見つけたよー」

「えっ!? きつねさん、早くないですか!?」

「その辺うろちょろしてたから、捕まえて来た」

「そ、そうなん、ですか……あぁ……ミミ、良かったぁ……!」


 ミリアの家の扉を無遠慮に開けてミリアを呼ぶと、驚いた様な顔で出て来た。だが、桔音の手の上にいるミミを見て、安心したのか自然と柔らかな笑顔を浮かべた。

 桔音はミミを踏みつぶして殺し掛けたことは隠し通すことにした。というか、言える筈が無い。


 依頼をこなして報酬を貰う為には、依頼主のサインを貰い、それをギルドの受付に持っていかなければならない。そうすることで、ギルドが依頼達成を受理、報酬を手渡すという手筈になっている。

 桔音はそれを知らなかったが、ミリアがそれを教えてくれ、サインの書かれた紙をくれた。


「これをミアちゃんに出せば依頼達成ってことだね」

「はい、ミミを見つけてくれてありがとうございます! きつねさん!」

「う、うん……どう、いたしまして……!」


 桔音はミリアの凄く純粋な笑顔と感謝の言葉にじくじくと胸を痛めた。一回ミミを殺し掛けたので、物凄い罪悪感に押し潰されそうだ。とはいえ、依頼はこれで達成した、報酬を手に入れて宿を探さなければならない。

 とりあえず、桔音は罪悪感を振り払って引き攣った笑みを浮かべながらそう返した。


「えーと……何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくれていいからね」


 そう言うことで、桔音は自分の中の罪悪感を幾分か払拭する。ミリアがまたキラキラした瞳で見上げてくるが、桔音はけして眼を合わせない。ええ、合わせるわけにはいかないのだ。


「それじゃ、またね」

「はい! 頑張ってください!」


 桔音はそう言って、そそくさとミリア宅を去った。



 ◇ ◇ ◇


 

 逃げるようにギルドへ戻ってきた桔音、ギルドへ入った時ミアと眼が合ったのだが、桔音はその隣の地図を書いてくれた受付嬢の所へ行った。ミアがあれ?といった表情で桔音を見たが、桔音は気が付かなかった。桔音は別にミアが好きだというわけではないし、受付するのなら誰でも良いのだ。今回はたまたま地図を書いてくれた受付嬢の所へ行っただけ。

 だがそれでも、自分の所に来るのではないかと思っていたミアはなんとなく納得行かないといった心情だった。桔音は気が付いていないが、少し拗ねた様な顔をしている。


「これ、受理お願いします」

「え? あ……はい……?」

「どうしたの?」

「い、いえ……少々お待ち下さい」


 隣の受付嬢もミアの方をちらっと見たが、桔音の言葉に慌てて受理処理を始めた。ミリアの依頼書に達成済みの印を付けて、サインの書かれた紙と一緒に指定の場所へと収納した。

 桔音は報酬を用意する為にカウンターの奥へと姿を消した受付嬢を待つ間、ぼーっとしていたのだが、なにやら視線を感じてミアの方を見ると、じとっとした眼で桔音を睨むミアがいた。


「ん? どうしたのミアちゃん」

「別に何でもないです、変態様」

「あれれ? 僕の名前忘れちゃった? きつねだよ、きつねさんだよ?」

「知りません」


 桔音の言葉にミアはつんとした態度をとってそっぽを向いた。桔音は首を傾げてミアを見ていたが、何故ミアがそんな態度を取るのか心当たりがあり過ぎたので下手に触れないようにすることにした。セクハラ発言をしてまた嫌われたら損だ。

 嘆息してミアから視線を切った桔音。ミアがそっぽを向きながらちらちらと桔音を見ているが、桔音はもうミアを見ていなかった。それを見て、ミアはがっくりと肩を落とし、溜め息を吐いた。


 周囲の冒険者達や受付嬢達はミアのそんな姿が珍しく、眼を丸くしていたが、それはミアの視線に気付かない桔音のように、ミアも気が付かなかったのだった。


「お、お待たせしました! こちら、報酬の銀貨1枚となります」

「うん、ありがとう! やったよフィニアちゃん、僕ちゃんとお金稼げた!」

「やったねきつねさん!」


 戻ってきた受付嬢の子から銀貨1枚を手渡され、フィニアと共にはしゃぐ桔音。実の所、銀貨1枚というのは冒険者稼業でいえば大した額では無い。魔獣討伐の依頼をこなしているFランク以上の冒険者であれば、もっと稼いでいる。

 だが、桔音からすれば初めて自分で稼いだお金だ。そう考えるとやはり嬉しい。


 そんな二人を見て、ミアの隣に座っていた青い髪の受付嬢は顔を紅潮させ、嬉しそうな表情で呟いた。


「か、可愛い……」


 その言葉を聞いて、ミアはまた仏頂面を作った。

 なにはともあれ、桔音はこうして冒険者として順調な滑り出しを切ったのだった。



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