第6話 すべて、ご主人様のために
九条べにです。
エクレア様から、今朝がた連絡がありました。
ご主人様のお父君の件。
すべてを明るみに出す必要はない。
ご主人様が望まれるなら、内々に処理せよ、との仰せでした。
それならば、事を大きくする必要はありません。
ご主人様を苦しめるものを、静かに、確実に、無力化すればいいだけ。
その方が早い。
そして、やりやすい。
白峰教団の後継者を名乗る丸山。
あの男など、物の数ではありません。
すぐさま、私は各部署にGOサインを出しました。
九条家の法務部門。
本家直属の調査部門。
神崎家の実働部隊。
それから、表向きにはまったく無関係に見える協力会社。
使えるものは、すべて使いました。
白峰教団の本部に踏み込んだ時、丸山はまだ笑っていました。
「これはこれは、九条べに様。ずいぶん急なお越しで」
余裕ぶった声。
あの時と同じ、女慣れした薄い笑み。
けれど、その笑みはすぐに消えました。
資金の流れ。
偽霊具の売買。
霊能力者の拉致未遂。
裏社会とのつながり。
神谷恒一様の件に関する記録。
すべて、証拠は揃っています。
丸山は、ようやく自分が包囲されていることを理解したようでした。
「ま、待て。これは誤解だ。俺は教団のために――」
「黙りなさい」
私は一歩、前へ出ました。
「あなたが何のために動いたかなど、どうでもいいのです」
「問題はただ一つ」
「ご主人様の過去に、あなたが関わったこと」
丸山の顔が歪みました。
彼は金で雇ったらしい、暴力の得意そうな男たちに目配せをしました。
次の瞬間、十数人の男たちが私に襲いかかってきます。
遅い。
あまりにも、遅い。
以前の私も、護身術として格闘技を習っていました。
ですが、今は違います。
エクレア様のおかげで、魔力を使った技も扱える。
私は男の腕を取り、重心を崩し、畳に叩きつけました。
別の男の拳をかわし、脇腹に掌底を入れる。
もう一人の足を払い、壁際に転がす。
骨を折る必要はありません。
殺す必要もありません。
ご主人様に無用な血の匂いを近づけるつもりはないのですから。
十数人程度なら、無駄に傷つけずに無力化できます。
殺傷してよいなら、何十人相手でも負ける気はしません。
男たちが床に倒れ伏す頃、丸山は震え上がっていました。
「くそう・・・・こんなはずじゃ。こんなはずじゃ・・・・」
「俺の占いでは、あんたは俺に惚れていると・・・・」
馬鹿じゃないの。
あんたに惚れるわけないでしょ。
私は丸山の前に立ち、冷たく見下ろしました。
「あなたの霊力は、確かに強い」
「けれど、それだけです」
「その力で人を集め、金を集め、教団を利用した」
「そして、ご主人様の父君の人生を壊した」
丸山は何かを言おうとしました。
ですが、言葉にはなりませんでした。
その場で、丸山の権限はすべて停止。
資産も、裏のつながりも、動かせる人員も、すべて押さえました。
白峰教団は、九条家の監視下に置かれました。
表向きには、内部の不正整理。
実際には、完全な制圧です。
教団の長は、最後まで何が起こったのか分からない顔をしていました。
人の良い老人。
それが本心なのか、ただ鈍かっただけなのかは分かりません。
けれど、少なくとも彼自身が犯罪の中心にいた形跡は薄い。
だから、残しました。
使えるものは使います。
ご主人様に害をなすものだけを、排除すればいいのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、二階堂貴之。
こちらのほうが、ある意味では厄介でした。
個人の能力では、私の方が圧倒的に上です。
けれど、そんなことは関係ありません。
お互い、家という厄介なものを背負っています。
千年以上続く歴史。
血筋。
しがらみ。
面子。
そういったものを理解している者ほど、簡単には屈服しない。
それに、二階堂貴之は、私が宗家を継ぐことを最後まで認めようとしませんでした。
だから私は、逆に彼を宗家の当主に据えることにしたのです。
九条を含む五家の宗家。
当主継承の儀。
その日は、親族一同が宗家に立ち入ることを許される、数少ない日でした。
分家の当主たちが集まり、新しい宗家当主に会う。
厳かな空気の中、前当主が重々しく宣言しました。
「・・・・この儀をもって、宗家は、この二階堂貴之が継ぐものとする」
二階堂貴之が、恭しく頭を下げます。
「ははっ。その御勤め、厳粛に務めさせていただきます」
「うむ。精進せいよ」
ぱちぱちぱちぱち。
拍手が、座敷に響きました。
そう。
宗家は、二階堂貴之が継ぎました。
いえ、継がせたのです。
私は、圧倒的な能力と先見性を見せつけました。
二階堂貴之にも。
宗家の老人たちにも。
そのうえで、宣言しました。
「私は、いまさら家を継ぐなどという低俗なことにこだわっていない」
「あなたたちは、家を守りなさい」
「私は、その上に立ちます」
「世界を支配する。そのための尖兵になりなさい」
二階堂貴之は、最後まで私を睨んでいました。
けれど、目に覇気はありませんでした。
エクレア様のお力をお借りして、彼の心を折ったのです。
うふふ。
もちろん、すべてはご主人様のため。
九条家を含む五家。
そして、二階堂貴之は、私の忠実なしもべになりました。
当主という肩書きは、彼にあげます。
家の雑務も、儀式も、親族対応も、すべて彼に任せます。
だって、私が当主になったら、ご主人様のお側にいる時間が減ってしまうでしょう?
そんなこと、耐えられませんもの。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
すべてが落ち着いた後。
私は、白峰教団と丸山が残した資料をもとに、召喚術をエクレア様と分析しました。
古い巻物。
儀式の記録。
霊力の流れを示した図。
召喚陣の写し。
いくつもの資料を並べ、私は静かに息を吐きました。
「エクレア様。この召喚術、そして当時の魔力の流れを考えれば・・・・」
エクレア様の声が、穏やかに響きました。
——ええ。儀式そのものは、成功していたのでしょう。
私は目を細めます。
「では、白峰教団と鷹宮家は、本当に神を呼んだということですか?」
——いいえ。
エクレア様は、静かに否定しました。
——彼らが、わたくしを呼び寄せたわけではありません。
——儀式が開いたのは、ただの道。
——その道を、わたくしが利用しただけですわ。
胸の奥が、熱くなる。
やはり。
やはり、そうなのですね。
「つまり、エクレア様は・・・・」
——ご主人様のもとへ向かいました。
——それ以外の場所に、降りる理由などありませんもの。
私は、思わず目を閉じました。
儀式は、確かに成功していた。
けれど、神は教団のもとには降りなかった。
神は、鷹宮家の望みにも、白峰教団の願いにも従わなかった。
開かれた道を通り、ただ一人のもとへ向かった。
ご主人様のもとへ。
「素晴らしいですわ、エクレア様」
思わず、声が震えました。
エクレア様は、どこまでもエクレア様だった。
誰かに召喚された神ではない。
誰かに使役される存在でもない。
ご主人様を選び、ご主人様のもとへ来られた方。
それこそが、エクレア様。
それこそが、私たちの神。
私は資料を閉じ、深く頭を下げました。
「すべて、ご主人様のために」
エクレア様の声が、優しく響きます。
——ええ。
——すべては、ご主人様の意思のままに。




