第5話 満ちる朝と、決断の抱擁
今日は、月一回の特別な日。
エクレアが実体化する日だ。
部屋の空気が、ゆっくりと歪む。
銀髪が月の光のように現れ、黒を基調としたメイド服が柔らかく揺れる。
紅の瞳が、俺だけを見つめてくる。
「あれ?少し早くないか。実体化する日までもう少しあると思ったんだけど・・・・いや、決していやとかじゃないんだが」
俺は慌ててベッドから身を起こした。
エクレアは、ふっと微笑んで、
「さようでございます。さすがご主人様」
「本来ですと、このように実体化するのはもう少し先だったのですが・・・・最近、力が戻ってきたようでして」
「そのため、少し日が早くなったのですわ」
彼女はゆっくりと俺に近づいてくる。
エクレアの何が他と違うかって・・・・匂いなんだよな。
匂い。
かぐわしいとか、香り高いとか、そういうありきたりな言葉で説明できない。
だけど、鼻から入ってきて、身体全体にしみわたり、とても安心してしまう。
エクレアとの時間は、本当にあっという間に過ぎる夢のような時間なのだ。
「ふふふ。さあ、楽になさってくださいませ」
そう言って、エクレアは俺の服に手をかける。
俺はいつも気を遣ってくれるその声に導かれ、安心して体を預けるのだ。
(暗転)
気づくと、すでに朝だった。
驚くことに、まだエクレアは実体化している。
いつもなら、とっくに消えているというのに。
力が戻ってきているというのは、本当のことのようだ。
「目覚められましたか?ご主人様」
エクレアは顔を近づけ、優しく微笑む。
まただ。この香り。
多幸感が増して、どうでもよくなってくる。
そう思っていると、エクレアの声で意識がはっきりした。
「ご主人様・・・・昨夜、わたくしが申し上げたこと、御決心がつかれたでしょうか?」
昨夜・・・・ああ、そうだった。
昨夜、俺はエクレアから、父親の真相を聞く覚悟はあるかと問われていた。
すでに九条べにが調査を終え、その調査書は俺の手元にある。
あとは俺の判断次第で、いかようにも動く手はずを整えているのだという。
「本当なら、ご主人様にご決断を急がすなどという無礼を働きたくないのですが・・・・」
エクレアの声が、少し低くなる。
「べにが言うには、抵抗勢力として、教団の丸山なる者と、宗家の次点候補者、二階堂貴之という者がいるため・・・・ゆっくりできないのだとか」
俺は正直、いまだに迷っている。
死んだと聞かされていた両親。
ところが、父親は教団を暴く過程で殺されていたかもしれないなんて。
・・・・胸が、重い。
「決めない、という選択もあるのですよ」
エクレアは苦渋している俺を見て、そっと囁く。
「あえてどちらも選ばない。そういう判断であるならば、わたくしどもはそのように動きます」
「ご主人様が苦しむ必要は何一つありません」
そう言って、エクレアは俺の頭に腕を回し、ゆっくり胸元に引き寄せて抱きしめた。
・・・・・・・・
・・・・はっきり言おう。
ふわふわしている。
何がって。
メイド服の上からでもはっきりわかるんだ。
霧島さんも大きかったけど、それ以上だ。
柔らかくて、温かくて、包まれるとすべてがどうでもよくなる。
「ふふ、少し元気になられたご様子」
エクレアは俺の耳元で囁く。
「今日はまだ、実体化できる時間があるようですね」
「ずっと、こうして差し上げます」
彼女はぎゅっと抱きしめてくれる。
気持ちいい。
俺は、エクレアの胸に顔を埋めた。
過去の重さも、迷いも、少しずつ溶けていくようだ。
「ご主人様」
エクレアの声が、優しく響く。
「ずっと、こうして差し上げたかった。やっとご主人様のお役に立てました」
「いつでも、わたくしがお側にいますわ」
「すべては、ご主人様の意思のままに」
俺は、静かに目を閉じた。
この温もりの中で、決断の時が来るのを待つことにした。




