第3話 調査の果てに
東京へ帰ることになった。
白峰教団の長と、数人の側近が見送りに出てくる。
山の空気は冷たく、境内には薄い霧が残っていた。
その中で、一人の若い男性が、べにに近づいてきた。
長が後ろから、笑いながら声をかける。
「その者は、わしの後継者でのう」
「同じ後継者同士、なかようたのんます」
若い男性は、べにの前に立ち、爽やかな笑顔を浮かべた。
「初めまして。丸山と申します。今後あなたとは、仲良くしたいですね」
そう言って、自然な動作で手を差し出してくる。
整った顔立ち。
柔らかい声。
人当たりのいい笑顔。
だが、その仕草には、妙に女性慣れした軽さがあった。
べには薄く微笑み、握手に応じる。
その瞬間だった。
指先を通して、妙な圧が伝わってくる。
何?
この霊力。
表情には出さない。
だが、べにの内側で警戒心が跳ね上がる。
霊具と呼ばれた櫛や手鏡には、何の力も宿っていなかった。
だが、この男は違う。
丸山という青年の内側には、確かに強い力があった。
まさか、以前の儀式も、この人の霊力で行ったのかしら。
それほどの力を持っている。
丸山は、べにの手を握ったまま、ほんの少しだけ笑みを深めた。
「どうかしましたか?」
「いいえ」
べには静かに手を離す。
「頼もしい方だと思っただけです」
「それは光栄です」
丸山は、何事もなかったように頭を下げた。
べにはその姿を見ながら、胸の内で決めた。
一度、この丸山という男を調べないといけない。
東京へ戻る車の中で、べには静かに目を閉じた。
窓の外では、山の景色が遠ざかっていく。
白峰教団。
偽物の霊具。
強い霊力を持つ後継者。
そして、ご主人様の父親——神谷恒一。
すべてが、どこかで繋がっている気がした。
(ご主人様)
心の中で、べには小さく呟く。
(もう少しで、真実が近づきますわ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数週間後。
九条家の本家、その奥にある一室。
分厚い机の上に、いくつもの調査資料が積み上げられていた。
本家の手の者。
神崎家の人員。
そして、表向きには複数の興信所。
使えるものはすべて使った。
べには椅子に腰掛け、報告書に目を通していく。
調査対象は、白峰教団の後継者を名乗る青年。
丸山。
最初に分かったのは、彼の出自だった。
丸山は、白峰教団の長の三男として生まれていた。
だが、幼い頃に教団幹部の家へ養子に出されている。
理由は表向き、親族内の事情。
しかし、報告書を読む限り、事実は残酷なようだ。
三男である彼は、教団の中で重要視されていなかった。
長のそばに置かれることもなく、後継者として扱われることもなかった。
そのため、教団幹部の丸山家へ捨てられた。
そのままなら、彼は教団の中心から外れたまま生きるはずだった。
だが、ある時期から状況が変わる。
丸山に、強い霊能力があることが分かったのだ。
そこから彼は、教団の中で急速に存在感を増していった。
修行を重ね、力を磨き、周囲を従わせる。
そしていつしか、長の三男ではなく、白峰教団の後継者として扱われるようになった。
べには、報告書の一枚を静かにめくる。
そこには、丸山が関わった資金の流れが記されていた。
例の古ぼけた道具たち。
櫛。
手鏡。
灰色の石。
鷹宮家当主が霊具だと信じ込んでいたもの。
それらは、やはり何の価値もないがらくただった。
丸山の指示で集められたものだ。
古道具屋。
骨董市。
怪しげな収集家。
そうしたところから、適当な品を集め、霊具だと称して高値をつける。
そのために、莫大な資金が動いていた。
そして、その資金の多くが、丸山の周囲に流れていた。
べには、目を細めた。
「なるほど」
口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
白峰教団の長は、人の良い老人に見えた。
実際、調査でも、長本人が犯罪に直接手を染めた形跡は薄い。
だが、丸山は違う。
丸山は資金を集め、その金で裏社会とのつながりを作っていた。
霊能力を持つ者。
特殊な感覚を持つ者。
常人には見えないものを見る者。
そうした人間を探し、確保しようとしていた。
ご主人様の父親、神谷恒一の件も、おそらくその流れの一つ。
霧島玲が語った話とも一致する。
べには、資料を机の上に置いた。
丸山は、教団の後継者でありながら、教団そのものを利用している。
親である長を恨み、教団を踏み台にし、資金と人員を握り、異能を持つ者を集めていた。
だが——
べには、そこで眉をひそめた。
一つだけ、腑に落ちない点がある。
丸山は強い霊力を持っている。
それは間違いない。
だが、それだけで異世界から神を召喚するという離れ業をやってのけられるかと言われれば、疑問が残る。
白峰教団の儀式。
鷹宮家の秘儀。
丸山の霊力。
それらが重なったとしても、本当にエクレア様をこの世界へ呼び寄せることなどできるのか。
べには、ゆっくりと息を吐いた。
つまり。
エクレア様がこの世界に来たことと、儀式とは、何の関係もない可能性が出てきた。
鷹宮家も、白峰教団も、自分たちが神を呼んだと思い込んでいる。
だが、本当は違うのかもしれない。
エクレア様は、誰かに呼ばれたのではない。
ご主人様のもとへ、自ら来られた。
そう考えた瞬間、べにの胸に静かな熱が広がった。
やはり、そうなのですね。
エクレア様は、最初からご主人様のために。
べには、胸の内でエクレアに問いかけた。
エクレア様。
ご主人様の父親の件も、この丸山が絡んでいる可能性が高いのでしょうか。
少しの沈黙のあと、優しい声が響く。
——その可能性は高いですわね。
——ですが、儀式そのものは・・・・別の力によるものかもしれません。
——少なくとも、この丸山という男だけで、わたくしを呼び寄せたとは考えにくい。
べには静かに頷いた。
「やはり、そうですか」
——いずれにせよ、丸山は危険です。
——ご主人様の過去に触れ、ご主人様の心を傷つける可能性があります。
その言葉を聞いた瞬間、べにの瞳が冷たく細まった。
それだけで十分だった。
九条家の継承や白峰教団の歴史。
そんなものは、どうでもいい。
ご主人様を傷つけるものなら、すべて排除する。
べには、机の上の資料を静かに閉じた。
そして、誰に聞かせるでもなく呟く。
「この男を、排除します」
部屋の中に、冷たい静寂が落ちた。




