第3部 真実は記憶のかなたへ 第1話 神谷恒一の追憶
それに気づいたのは、たまたまだった。
妻はある教団の熱心な信者だった。
別に俺に勧めてくるわけではなく、ただ、彼女の生きがいのようなものだった。
俺はそれで構わなかった。
妻に惚れたから結婚した。
仕事が忙しくなって、どんどんすれ違いが増えた。
行政書士の俺は、土日も含めて書類仕事に追われ、家に帰るのは深夜が当たり前。
妻は寂しがりながらも、文句は言わなかった。
そんなある日、妻の親が頼んできた。
「宗教法人の書類を、まとめてお願いできないか」
妻の親は、その教団の有力者だった。
俺は行政書士だ。
派手な仕事ではない。
表に出ることはほとんどなく、書類のスペシャリストと言っていい。
法人設立、許認可申請、役員変更、定款変更、宗教法人としての会計報告、寄付金控除の申請・・・・。
地味だが、正確さが命の仕事。
だからこそ、違和感に気づいた。
最初は一枚の書類。
役員変更届。
そこに記載された新役員の欄。
職業欄が空白。
住所が、明らかに一時的な賃貸マンション。
しかも、地元とは無縁の県外の住所。
「たまたまか・・・・」
そう思った。
だが、一度違和感を感じると、どんどんおかしさが目についていった。
次に届いた書類は、寄付金の収支報告。
金額が異様に大きい。
添付の領収書の日付が、不自然に連続している。
まるで、誰かを「集めている」ような印象。
宗教法人としての許認可申請書類も、添付文書が緻密すぎる。
普通の宗教法人なら、ここまで詳細に書かない。
「何か・・・・企んでないだろうな」
俺はどうしても納得できず、現地へ足を運んだ。
教団の本部は、長野の山奥。
古い山門をくぐり、境内を歩く。
信者たちの目が、俺を追う。
違和感は、確信に変わった。
これは、ただの宗教法人じゃない。
何かを、集めている。
人を。もしくは物を。
俺は身の危険を感じ、すぐに引き返した。
だが、もう遅かった。
教団に目をつけられてしまった。
ある夜、帰宅途中に黒い車が近づき、男たちが降りてきた。
俺は逃げた。
友人の刑事に相談した。
教団の名前を出すと、友人は顔をしかめた。
「それ・・・・ヤバいぞ。すぐ逃げろ」
「でも・・・・」
「似たような相談を受けた奴が、二人消えてる。死を偽装しろ。離婚もして、姿を消せ」
俺は従った。
妻とは離婚届を出した。
彼女は泣いたが、俺の決意を止めることはできなかった。
友人の刑事は、表向きの事故死を用意してくれた。
戸籍までは動かせない。
それでも、教団の目をごまかすには十分だった。
俺は名前を捨て、山奥に身を隠した。
それでも、逃げきれなかった。
ある日、山奥の隠れ家にいた俺の元に、黒服の男たちが現れた。
抵抗する間もなく、拉致された。
俺は、そこで全てを失った。




