第19話 母が祈った教団
ある日突然、霧島玲が、俺の家にやってきた。
夜遅く、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、彼女は黒いコートを羽織ったまま、膝をついていた。
「敵対するつもりはありません」
「今の私は、あなたに逆らう気が起きない」
「・・・・せめて話を聞いてほしいです」
声が震えている。
涙が、ぽたぽたと玄関の床に落ちる。
俺は一瞬、言葉を失った。
エクレアから事前に説明を受けていたにもかかわらず。
——霧島玲の中にあった敬意と憧れを、わたくしの力で少し表に出やすくしました。
——今の彼女は、ご主人様に逆らうよりも、そばにいたいという気持ちが強くなっております。
——危険な行動を取ったことは事実です。ですが、ご主人様さえよろしければ、彼女をお側に置くこともできましょう。
俺は息を吐いて、
「・・・・上がって」
リビングに通す。
霧島玲は、ソファに座るのもおぼつかない様子で、
「事情を・・・・説明させてください」
と、頭を下げた。
彼女の声は、小さく震えていた。
「実は、私・・・・ある教団と契約を結んでいるんです」
「契約・・・・?」
俺は眉を寄せた。
霧島玲は頷き、
「契約という形で、同盟に近い関係を結んでいるのです」
「その教団は、表向きはただの宗教団体ですが・・・・力のある霊能者を集めているんです」
「私のような、特殊な力を持つ人間を・・・・確保しようと」
俺は息を飲んだ。
「特殊な人間を確保?」
「はい・・・・」
彼女は目を伏せて、
「あなたなら、それにふさわしいと思ったので・・・・」
「だから、あの時・・・・」
俺は拳を握った。
「日本で、まだそんな時代錯誤なことをする教団があるのか」
驚きを隠せなかった。
霧島玲は小さく頷き、
「今まで、こういうことをしてきたのか、と聞かれれば・・・・」
「一回だけですが・・・・以前、私の組織が、ある男性を確保しようとしたことがあります」
「神谷恒一という方ですが・・・・」
俺の心臓が、止まりそうになった。
神谷恒一。
それは・・・・俺の父親の名前だ。
「なんだって・・・・?」
声が、震えた。
霧島玲は俺の表情を見て、びくっと肩を震わせた。
「な、なにか・・・・?」
俺は立ち上がり、
「その神谷恒一・・・・どんな人だった?」
霧島玲は慌てて、
「四十代後半くらい・・・・風貌は、穏やかで・・・・奥さんがその教団、白峰教団の信者だったので情報を集めやすかったと聞いています」
「その方は特殊な力を持っていたわけではないのですが・・・・」
俺はもう、霧島玲の声が耳に届いていなかった。
その教団名を聞いた瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
母が、毎晩のように祈っていた教団の名だった。
その教団に俺は馴染めなかったが母は熱心だった。
「お、お許しを・・・・どうか、ご主人様にお仕えすることをお許しください」
霧島玲の悲痛な叫びも俺の耳には届かなかった。
父は――本当に死んだのか?
それとも、連れていかれたのか。
俺の視界が、揺れた。
父親。
俺が高校生の頃、母親が死んでから、風の噂で死んだと聞かされていた父親。
なぜか、長野県の病院で母親が亡くなった。
脈絡はないはずなのに、もし・・・・その教団の本部が、長野県にあったとしたら?
妄想が、頭を駆け巡る。
俺は声を絞り出すように、
「・・・・その教団の本部は、どこにある?」
霧島玲は、ためらいながらも、
「長野県の・・・・山奥です」
その瞬間、俺の視界が暗くなった。
心臓が、バクバクと鳴り響く。
過去の断片が、一気に繋がりそうになる。
母親の死。
父親の失踪。
そして、今、目の前の女性が関わっていた教団。
俺は膝から崩れ落ちた。
意識が、遠のく。
——ご主人様!
エクレアの声が、遠くで響く。
——しっかりしてくださいませ!
霧島玲が、慌てて俺に駆け寄る。
「ご主人様!」
俺の意識は、そこで途切れた。
——すべては、ご主人様の意思のままに。




