第14話 「お祝いの夜と、ご褒美」
支社に赴任して数か月が経った。
夕方のリビングに、早乙女さんの明るい声が響いた。
「医療事務の資格、受かりました!それで、今日病院の面接を受けてきて・・・・採用されたんですよ!」
彼女は両手を握りしめ、目を輝かせている。
俺は思わず立ち上がった。
「本当か!おめでとう、早乙女さん!」
早乙女さんは頰を赤くして、
「今日はお祝いですよ。うんとおいしいもの、作りますね」
と、キッチンに向かおうとする。
俺は慌てて止めた。
「待って。早乙女さんのお祝いなんだから、作るんじゃなくて・・・・何か良いもの、食べに行かないか?」
早乙女さんは目を丸くした。
「・・・・え?」
少し驚いた顔で、俺を見つめる。
俺は照れくさくなって、
「いつも、俺のために尽くしてくれてるだろ。これぐらい、バチは当たらないよ」
早乙女さんは、ぽっと頰を染めて微笑んだ。
「・・・・ありがとうございます」
俺は少し高いレストランを選んだ。
イタリアンのコース料理が評判の店。
予約を入れて、早乙女さんと二人で出かけるはずだった。
だが、店に着くと部長の高橋さんが待っていた。
「待っていたわよ」
ごく当たり前のように、笑顔で手を振る。
俺は一瞬固まった。
「え・・・・高橋さん?」
高橋さんは肩をすくめて、
「早乙女さんから連絡来たの。『今日はお祝いだから、一緒にどう?』って」
早乙女さんが、はにかんで頷く。
「驚かせたくて黙ってました。高橋さんからも内緒ねって・・・・」
どうやら、二人は俺に内密に連絡を取り合っていたらしい。
(本当は来ようかどうか迷ったけど、それでも彼に会いたかった)
高橋さんは俺に熱を帯びた視線を向ける。
俺は何も言わず、流れるままに三人でテーブルについた。
コースは、フォアグラのテリーヌから始まり、メインは仔羊のロースト。
ワインが回るたび、早乙女さんの笑顔が明るくなる。
高橋さんは、早乙女さんの合格を祝って、
「本当にすごいわ。今の生活を変えようとして、ちゃんと結果を出したんだから」
と、グラスを傾ける。
早乙女さんは照れながら、
「高橋さんや九条さんが、奨学金のことまで教えてくださったおかげです」
俺は二人の会話を聞きながら、胸が温かくなった。
孤独だった俺の人生が、こんな風に変わるなんて。
デザートが運ばれてきた頃、高橋さんが立ち上がった。
「今日は私は帰るわね」
意味深な視線を俺に投げて、
「お二人で、ゆっくりお祝いして」
そう言って、軽く手を振って去っていった。
残された早乙女さんの頰が、ぽっと赤くなる。
店を出て、タクシーの中で、早乙女さんがそっと俺の手に触れた。
家に着くと、彼女は玄関で靴を脱ぎながら、
「・・・・私にご褒美、くれませんか」
上目遣いで、近づいてくる。
息が、近い。
俺は喉を鳴らして、彼女を抱き寄せた。
(暗転)
翌朝。
目が覚めると、キッチンからいい匂いが漂っていた。
「起きましたか。朝食、できていますよ」
早乙女さんが、いつもの笑顔で振り返る。
白いエプロン姿が、眩しい。
トーストにスクランブルエッグ、フレッシュなサラダ。
俺はベッドから起き上がり、
「おはよう・・・・」
と呟く。
早乙女さんは、トレイを持って近づいてきて、
「今日は仕事ですよね。ちゃんと食べて、元気に出かけてくださいね」
俺は頷いて、フォークを取った。
甘い。
温かい。
昨夜の余韻が、まだ身体に残っている。
——ご主人様。
エクレアの声が、優しく響く。
——早乙女様の喜びが、溢れておりますわ。
俺は小さく微笑んだ。
支社へ向かう足取りが、軽い。
——すべては、ご主人様の意思のままに。




