第4話
交渉当日。
相手は地元の有力な地主だったが、話が進むにつれ、何か違和感があった。
土地の権利書に不自然な点が多く、裏で何かが動いている気配。
高橋さんは眉を寄せ、
「これは・・・・少し調べ直さないと」
と、すぐに東北の支社に連絡を入れた。
「私が行ってくるわ。あなたはここで待機してて」
高橋さんが車で出発した後、俺は街を少しぶらつくことにした。
古い商店街を歩いていると、不意に女性の声がした。
「すみません・・・・思わず声をかけてしまいましたわ。ごめんなさい」
振り返ると、三十代半ばくらいの女性が立っていた。
黒いコートに、赤いスカーフ。
目が、鋭くも優しい。
「でも、あなた・・・・神様か何かなの?とても強い光に守られている」
彼女は俺をまっすぐに見つめて、微笑んだ。
「ふふ。あなたに、恩を売って損はなさそう。そうね・・・・◯◯建設に行って、私の名前を出してごらんなさい。きっと、うまくいくわ」
そう言って、名刺を差し出した。
『 霧島 玲 』
連絡先だけが書かれたシンプルなもの。
女性は軽く会釈して、去っていった。
俺は名刺を握りしめ、胸がざわついた。
——ご主人様。
エクレアの声が、静かに響く。
——あの女性、霧島様は・・・・地元の裏組織と深くつながっておられますわ。◯◯建設は、表向きは建設会社ですが、実態は彼女の息のかかったグループです。
俺は息を飲んだ。
高橋さんが支社に行っている間に、俺は一人で◯◯建設の本社に向かった。
受付で名刺を出し、
「霧島さんから、伺ったんですが・・・・」
と言うと、受付の女性の目が一瞬で変わった。
「少々お待ちください」
数分後、奥からスーツ姿の男が出てきて、俺をじろじろと見る。
そして、取り出した名刺を見て、
「なぜ霧島様が?だがこれは本物。・・・・失礼をいたしました」
そう言って深々と頭を下げる。
会議室に通され、すぐに責任者が出てきた。
「霧島様のご紹介でしたら・・・・」
交渉は驚くほどスムーズだった。
土地の権利問題、裏のしがらみ、すべてが一瞬でクリアになった。
責任者は契約書を確認する前に、まず霧島玲の名刺を両手で受け取った。
その時点で、俺は理解した。
この街では、契約書よりも彼女の名前の方が重いのだ。
「霧島様のご友人なら、特別価格で結構です。条件も、こちらで調整いたします」
俺は出張前、高橋さんから「現地で条件が合えば仮契約まで進めていい」と委任状を預かっていた。
おかげで、ただ頷くだけで、契約書にサインして話がまとまった。
俺は、帰りの車の中で、高橋さんに電話した。
「部長・・・・交渉、終わりました」
高橋さんの声が、驚きに震える。
「え・・・・?どうやって?」
俺は曖昧に、
「運が良かったんです」
と答えた。
高橋さんは息を吐いて、
「あなた・・・・本当に、信じられないくらいすごいわね」
と、笑った。
その声に、甘い響きが混じっていた。
俺は窓の外を見ながら、名刺を握りしめた。
霧島玲。
彼女の言葉が、耳に残る。
「あなたに、恩を売って損はなさそう」
——ご主人様。
エクレアの声が、優しく囁く。
——新しい気配が、また近づいてまいりましたわ。
俺は小さく息を吐いた。
この出張で、何かがまた変わり始めている。
——すべては、ご主人様の意思のままに。




