第3話 出張の光と影
出張の話は、突然だった。
東北の地方都市で、土地開発の交渉。九条コーポレーションの新規プロジェクトだ。
部長の高橋さんが同行するということになり、俺は少し緊張した。
あの事故以来、高橋さんは俺を見る目が明らかに変わっていた。
「君がいなかったら、今頃私は・・・・」
と、何度も繰り返す。
俺はただ、エクレアの力を借りただけなのに。
飛行機の中で、高橋さんは隣の席に座り、静かに言った。
「今回は、私がしっかり守るわ。君には、もう危ない思いはさせない」
俺は苦笑して、
「部長こそ、無理しないでください」
と返すのが精一杯だった。
現地に着き、ホテルにチェックイン。
シングルルーム2部屋を予約していたはずが、高橋さんがフロントで何か話した後、
「ツインのスイートに変更したわ。一緒にいた方が、打ち合わせもしやすいし・・・・あなた、まだ退院して間もないでしょう。一人にするのが不安だったの」
そこまで言ってから、高橋さんは慌てたように視線を逸らした。
「もちろん、合理的な判断よ。差額は私がカードで払っておくから、気にしないで」
と、自分に言い聞かせるように早口でまくし立てる。
部屋に入ると、広々としたリビングに大きなベッドが二つ。
高橋さんはコートを脱ぎながら、俺に近づいてきた。
手には先ほどルームサービスで頼んだ高そうなワインとグラスを持っている。
「ねぇ・・・・少しだけ、付き合ってくれる?」
高橋さんは、ワインを注ぎながら言った。
手が、わずかに震えている。
「無理に飲まなくていいわ。ただ・・・・今夜は、一人でいたくないの」
声が、少し甘い。
俺は喉を鳴らし、グラスを受け取った。
グラスの中のワインを飲み干す。
「あのとき、私を助けてくれてありがとう」
彼女の瞳が、うっとりと細まる。
「早乙女さんって、恋人よね。でも・・・・いいの。私、それでも止まれない」
高橋さんの指が、俺のネクタイに触れ、ほどく。
身体がゆっくりと、引き寄せられる。
息が近い。
俺は言葉を失ったまま、彼女の唇を受け入れた。
(暗転)
翌朝。
俺はベッドの上で目を覚ました。
隣に高橋さんがいて、穏やかな寝顔を見せている。
昨夜の熱が、まだ身体に残っていた。
高橋さんが目を擦りながら起き上がり、
「・・・・おはよう」
少し照れた笑顔。
俺も「おはようございます」と返すと、彼女はベッドから降りて、書類を探し始めた。
「あれ・・・・契約書のコピー、忘れてきたみたい」
慌てた様子でカバンをひっくり返す。
俺はスマホを手に取った。
——ご主人様。
エクレアの声が、優しく響く。
——高橋様の書類は、ホテルのフロントに預け忘れていますわ。昨夜、チェックイン時に置いたままのはずです。
エクレアは、俺の周囲で起きたことを、思った以上に注意深く見ているらしい。
俺はすぐにフロントに電話した。
「すみません、昨日預けた書類があるんですが・・・・」
数分後、フロントマンが部屋に届けてくれた。
高橋さんは目を丸くして、
「どうしてわかったの?」
俺は曖昧に笑って、
「なんとなく、ですよ」
高橋さんは俺を見つめ、
「あなた・・・・本当にすごいわね。さすが」
と、感嘆の息を漏らした。
その一言で、高橋さんの中の俺が、また少し大きくなってしまった気がした。




