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第12話  「エクレア、九条さんに何かした?」

金曜の夕方、九条常務室に呼ばれた。


「明日、予定は空いている?」


九条べにが、デスクから顔を上げて聞いた。


スーツの上に羽織ったカーディガンが、彼女の肩に柔らかく落ちている。


いつもの冷徹な女帝の顔ではなく、少しだけ頰を緩めた表情だった。


「え・・・・土曜日ですか?特に予定は」


「なら、私と過ごしてくれないかしら」


ストレートだった。


俺は一瞬、言葉を失う。


「・・・・デート、ですか?」


「そうよ。・・・・だめ?」


九条べにが俯く。


顔が赤くなっている気がした。


まさかね。


何故俺みたいなくたびれたおっさんを誘うのだろう。


ただの気まぐれか、部下への労いか。


九条べにのようなすごい人が、俺なんかを好きになるわけがない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


待ち合わせは、都内の高級ホテルのロビー。


俺は、少し早めに着いて、ソファで待つ。


心臓が、早鐘のように鳴る。


「お待たせ」


声に顔を上げると、九条べにが立っていた。


今日は、ネイビーのコートに、白のニット。


髪を耳にかける仕草が、優雅で、俺の視線を奪う。


「・・・・おはようございます。九条常務」


「べにでいいわよ。今日はプライベートなんだから」


彼女は、微笑む。


俺は、頷くのが精一杯だった。


彼女が、腕を差し出す。


俺は、恐る恐る手を添えた。


エスコートされる感触が、温かい。


外には、黒のセダンが待っていた。


運転手が、ドアを開ける。


車の中で、彼女が静かに言った。


「今日は、少し遠出よ。私の好きな場所に連れて行くわ」


俺は、ただ頷く。


どんな場所でも、きっと俺には場違いだろう。


最初に訪れたのは、郊外のプライベートガーデン。


会員制で、一般には公開されていない庭園。


新緑が美しく、池には鯉が泳いでいる。


二人で、ゆっくりと散策する。


彼女が、俺の横を歩く。


距離が、近い。


「ここ、子供の頃から来てるの。忙しいとき、息抜きに」


「でも、誰かを連れてきたのは、初めてよ」


彼女の顔が、赤く染まっているように見えた。


「九条・・・・さん、こんな場所、知ってるんですね」


「もう、べに、って呼んで」


彼女が、俺を見る。


瞳には、熱が帯びていた。


俺は、慣れてなくて思わず目を逸らした。


彼女は、少しだけ寂しそうに笑った。


まるで、この完璧な女性が俺に好意をもっているのかと勘違いしそうになる。


いやいや、そんな馬鹿な。


ただの優しさだ。


俺みたいなくたびれた中年を好きになるはずがない。



次は、湖畔のレストラン。


テラス席で、湖を見下ろす。


コース料理が、運ばれてくる。


俺は、フォークの使い方で戸惑う。


彼女が、自然に教えてくれる。


「こうやって、外側からでいいわ」


彼女の手が、俺の手に触れる。


瞬間、電気が走った気がした。


「・・・・ありがとうございます」


俺は、顔を赤くして呟く。


彼女は、俺を見つめる。


まただ、熱を帯びた瞳で俺を射抜く。


だが、俺は気づかないふりをした。


彼女の視線を、労いの目だと解釈する。


部下として、気にかけてくれているだけだ。



昼過ぎに、車で移動。


郊外の離れた場所にある、プライベートヴィラ。


そこは眺めが、絶景だった。


二人で、テラスに立つと風が、心地よい。


そっと彼女が、俺の隣に寄り添う。


静かに、肩が触れる。


「・・・・きれいですね」


俺が呟くと、彼女が答える。


「あなたと一緒だから、きれいに見えるのよ」


言葉が、優しい。


俺の胸が、ざわつく。


・・・・まさか。


いや、違う。


彼女は、優しいんだ。


冷たいという評判だったけど、本当は心の温かい、理想的な上司。


俺みたいな、普通のサラリーマンを好きになるわけがない。


俺が自分の考えを打ち消していると、彼女がそっと俺の手を握った。


温かい。


「疲れた?」


「・・・・いえ、大丈夫です」


「無理しないでね。あなたには、ずっと元気でいてほしいから」


俺は、微笑む。


「ありがとうございます。九条さんには、いつもお世話になって」


彼女の瞳が、わずかに揺れる。


夕方、戻る車の中で。


彼女が、俺の肩に頭を預ける。


「今日は、楽しかったわ」


「俺もです。ありがとうございました」


だが、俺は思う。


こんな豪華なデート、俺にはもったいない。


彼女は、部下を励ますために、してくれてるんだろうけど。



ホテルに戻り、ロビーにて。


彼女が、静かに言った。


「それと、仕事の話も少しだけ」


「先週の会議で、あなたを部長に昇進させようかって話が出てるわ。磯崎の後釜として」


「もちろん、すぐに決定ではないわ。まずは候補として、役員会に通すことになるけれど」


俺は、驚いて彼女を見た。


部長・・・・俺が?


「前向きに考えておいてちょうだい。私が後押ししてあげるから・・・・」


彼女がほんのりと頬を赤く染め、俺を見る。


「また、誘うわね」


車に乗り込む彼女を、俺は見送った。


胸が、温かいのに、どこか切なかった。


「エクレア、九条さんに何かした?」


——いいえ。わたくしは何も。すべてあの方の御意志ですよ。


「そ、うなのか・・・・」


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