↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/38

第11話  落ちる椅子

磯崎浩一の朝は、いつもより重かった。


俺のすべてが、音を立てて崩れ始めていた。



午前の会議。


俺はいつものように、部長席に座った。


だが、周りの視線が、違う。


田所が、俺の顔を見ずに資料を配る。


加藤が、咳払いをして目を逸らす。


・・・・なんだよ。


会議が始まる。


「次のクォーターの営業目標だが・・・・」


俺が口を開いた瞬間、九条常務の秘書がドアを開けた。


「失礼します。常務から、磯崎部長をお呼びです」


周りが、ざわつく。


俺は立ち上がり、会議室を出る。


背中に、冷たい視線を感じる。


常務室。


九条べにが、デスクに座っていた。


隣に——あの失敗係の奴が、立っている。


資料を手に、何かを説明している様子だ。


・・・・なんだ、これ。


俺が入室すると、九条常務が顔を上げた。


「磯崎部長。座って」


冷たい声。


俺は椅子に座る。


失敗係の奴は、軽く頭を下げて、隣に立つ。


・・・・なぜ、あいつがここに?


九条常務が、資料を差し出す。


「このプロジェクトの進捗だが・・・・君の部下のフォローで、何とか収まったようね」


部下——失敗係のことか。


「しかし、最初からあなたの指示ミスがなければ、こんなトラブルは起きなかった」


俺の喉が、乾く。


「それは・・・・取引先の対応が・・・・」


言い訳しようとしたら、遮られた。


「言い訳はいいわ。事実よ」


彼女の目が、鋭い。


高校時代の、九条べにと同じ目。


俺を、見下している。


「そして、最近のあなたの態度。部下に当たり散らす、ミスを押し付ける・・・・社内評価が、落ちているわ」


・・・・社内評価?


俺は、思わず声を上げる。


「そんな・・・・俺は、営業成績で・・・・」


「過去の話よ。今は違う」


彼女は、淡々と続ける。


「今日から、このプロジェクトの責任者は、変更することに決めたの」


・・・・変更?


「彼に任せるわ」


彼女が、指差す。


失敗係の奴。


奴が、驚いた顔で九条常務を見る。


「え・・・・私ですか?」


「ええ。あなたなら、ちゃんとフォローできると判断した」


「正式な役職ではないわ。まずはこの案件の実務責任者として、あなたに動いてもらう」


俺の視界が、揺れる。


・・・・俺から、取るのか?


俺のプロジェクトを、あの失敗係に?


「待ってください!常務、それは・・・・」


俺が立ち上がる。


九条常務の目が、冷たくなる。


「磯崎部長。あなたはしばらく別案件に異動よ。営業部長の席は、空けるわ」


・・・・異動?


部長の席を、空ける?


俺の椅子が、奪われる?


「そんな・・・・理由が・・・・」


「理由?あなたのミスと、態度よ。部下たちの報告も入ってるわ」


部下たち——田所か?加藤か?


あいつらが、俺を?


胸が、焼ける。


嫉妬と、怒りと、恐怖。


すべてが、混じり合う。


俺は、拳を握る。


「常務・・・・高校の時から、俺は・・・・」


過去を、持ち出そうとした。


彼女は、眉を寄せる。


「高校?関係ないわ。仕事よ」


冷たい。


完全に、切り捨てられた。


失敗係の奴が、俺を見る。


その目は——同情?


・・・・ふざけるな。


俺が、同情される?


あの冴えない奴に?


会議室に戻る。


いや、戻れない。


俺は、トイレに駆け込み、鏡を見る。


顔が、青ざめている。


髪が、乱れている。


・・・・俺は、誰だ。


部長だったはずなのに。


九条べにの隣に、立つはずだったのに。


なのに、今。


すべてを、あの失敗係に、奪われている。



午後。


社内の噂が、広がる。


「磯崎部長、プロジェクト外されたらしいよ」


「九条常務が、失敗係・・・・いや、あの担当者を直接指名したって」


「部長、異動だってさ」


田所が、俺のデスクに来ない。


加藤が、目を合わせない。


俺は、一人で、資料をまとめる。


誰も、話しかけない。


孤立。


俺が、孤立している。



夕方。


九条常務から、メールが入った。


〈明日から、新部署へ。引き継ぎは、今日中に〉


引き継ぎ——失敗係に、か。


俺は、デスクを叩く。


音が、響く。


周りが、ちらりと見て、すぐに目を逸らす。


・・・・くそ。


くそくそくそ。


家に帰る。


妻が、迎える。


「どうしたの?顔、怖いよ」


子供は俺の顔を見て、怯える。


一人、リビングで、酒を飲む。


テレビの音が、遠い。


・・・・俺の人生、どうなってる。


高校時代、九条べにに憧れた。


完璧で、美しくて。


彼女の隣に、立つために。


なのに。


彼女は、あの男を選んだ。


失敗係だった、あの男を。


なぜ。俺より、あいつが?


安月給で、冴えなくて、33歳で独身の、あいつが?


嫉妬が、俺を食い尽くす。


翌日、会社にて。


社内チャットをスマホで見た。


「磯崎、飛ばされたな」


「九条常務のお気に入りが、後釜だってよ」


お気に入り——失敗係のことか。


俺は、スマホを投げつける。


画面が、割れる。


・・・・終わりだ。


俺の、すべてが。


オフィスの窓から、景色が見える。


磯崎は、頭を抱えた。


もう、誰も、俺を部長と呼ばない。


誰も、俺を、恐れない。


失敗係だったあいつが、今、俺の椅子に座る。



俺が、負けた?


涙が、こぼれる。


誰も、見ていない。


俺は、一人で、泣いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。