7.戦う覚悟を固めた出撃
けたたましく鳴り響くサイレンと、冷徹なアナウンス。
あまりにも唐突すぎる初めての緊急事態に、俺の身体は完全に硬直していた。
「タクマくん! 急いでブリーフィングルームに行くよ! まさかこんなに早くあの部屋に君を案内することになるなんて……。君、本当にツイてないね」
如月さんは少しだけ哀れみを含んだ苦笑いを浮かべ、俺の手を引いた。
走る如月さんの後ろを、必死に追いかける。
辿り着いたブリーフィングルームの重い扉を開けると、室内にはすでに何名かの隊員が集まっていた。
そのなかには、さっき地下の合同訓練場で見かけた、あの2メートル近い刀を操る冷徹な瞳の女性の姿もあった。
緊迫した空気のなか、さらに続々と隊員たちが部屋へ滑り込んでくる。真二くんや、あの不機嫌そうな兄の真一さんの姿も見えた。
全員が揃うと同時、前方に立つ討伐部隊の隊長――三神さんが、鋭い声を張り上げた。
「よし、人数が揃ったな。時間が惜しい、ブリーフィングを開始する!」
部屋の照明が落ち、巨大なモニターに最新の目撃映像が映し出された。
「まず、今回出現したUMAの情報だ。対象は『サイ』に酷似した容姿を持つ四足歩行型。巨大な角を使った突進により、現在進行形で街を破壊しながら突き進んでいる。体長は推定2〜3メートル。主な戦闘手段は角と巨体を活かした突進、および圧倒的な質量による肉弾戦だ」
画面に映る化け物は、道路のアスファルトを爆音と共に踏み荒らし、逃げ惑う車を紙屑のように撥ね飛ばしていた。
「あの突進時の衝撃に平然と耐えている皮膚だ。ナイフや拳銃といった小型武器による攻撃は、奴の体表に傷をつけるだけで大したダメージにならないと予想できる。反面、その巨体ゆえに旋回性能や純粋なスピードはそれほど高くない。今回の作戦は、まず小型武器メンバーが縦横無尽に動き回って敵を攪乱し、ダメージを蓄積させて隙を作る。その隙を大型武器メンバーが突き、一撃で討伐する。――作戦は以上だ」
三神隊長は一呼吸置くと、手元の端末に目を落とした。
「これより出撃メンバーを発表する! 如月! 清乃女! 長月! 真一! 真二! 五十嵐! ――そして、一ノ瀬! 以上!!」
(……え?)
一瞬、自分の耳を疑った。
「呼ばれた者は直ちに出撃準備に取り掛かれ! 完了した者は広間で待機だ!」
「「「了解!!」」」
隊長の声と同時に、部屋にいたメンバーたちが一斉に席を立ち、流れるような動作で部屋を飛び出していく。
その場に一人、呆然と取り残される俺。
(嘘だろ……。俺、まだここに連れてこられて2日目だぞ? 武器だって何も決まってないのに、いきなり実戦に出撃しろっていうのか!?)
ガタガタと膝が震えだしたその時、如月さんが三神隊長の側へと詰め寄るのが見えた。
「隊長! タクマくんはまだ自分の専用武器すら決まっていません! いくらなんでも出撃させるのは早すぎます!」
如月さんが、パニックになっている俺の代わりに、三神隊長へ激しく抗議してくれていた。
三神隊長は如月さんの言葉を静かに受け止め、周囲の隊員に聞こえないような、極めて小さな声で囁いた。
「そんなことは分かっている。だが、これはチャンスだ。訓練ではなく『本物の戦場』での戦いを、これほど早い段階で間近で見せられる。彼の覚悟が本物なら、この出撃には大きな意味が生まれるはずだ。――俺は、彼の覚悟を信じている」
「……分かりました。隊長がそこまで言うなら」
如月さんは小さくため息を吐くと、それ以上の抗議をやめた。
三神隊長が、真っ直ぐに俺へと歩み寄ってくる。その巨大な影が俺を包み込んだ。
「安心しろ、一ノ瀬。本当に危険だと判断した場合は即座に撤退させるし、お前には後方支援――いや、『見学』をしてもらう。お前は今日、前線には立たない。間近で本物の戦場を見るんだ。今度は、ただの犠牲者としてではなく、これから戦う者としての目でな。これからお前が、どんな地獄を相手にしていかなければならないのか、その両目に焼き付けてこい」
隊長の言葉が、鋭く俺の胸に突き刺さった。
(……そうだ。俺は今、試されてるんだ。ただの足手まといの子供のままでいるのか。それとも、この地獄を乗り越えて、本当に化け物を殲滅できる戦士になるのかを)
逃げ惑うことしかできなかったゴミ箱の暗闇を思い出す。
恐怖で震える奥歯を、肉がちぎれるほどの力で噛み締めた。
「――はい!! よろしくお願いします!」
俺は湧き上がる恐怖を覚悟でねじ伏せ、決意を込めて返事をした。
如月さんと共にブリーフィングルームを後にした俺は、割り当てられた更衣室へと急ぎながら、支給されたばかりの討伐部隊用スーツへと袖を通した。
「タクマくん。君は今回は基本的に後方支援――要するに見学担当だから、指示があったらそれに従って動いてくれればそれで良いよ」
スーツのフィッティングを確認しながら、如月さんがいつもとは全く違う、冷徹なプロの口調で告げた。
「今回の君の任務は、戦場で正面からUMAという化け物と対峙したとき、戦う覚悟を失わないこと。――これだけよ」
普段の軽薄なテンションが嘘のように消え失せている。彼女の全身から放たれる圧倒的な緊張感に、俺の喉がごくりと鳴った。
「は、はい! 了解です!」
「うん、良い返事。それじゃあ私も出撃準備をしてくるね」
如月さんは短く頷くと、愛銃のメンテナンスのために足早に廊下の奥へと向かっていった。
一人残された俺は、まだ出撃してもいないというのに、胸を締め付けるような圧迫感で呼吸が荒くなっていくのを感じていた。
このスーツを着るということは、あの残酷な真実――いつ自分の肉体がUMA細胞に侵食され、化け物へと成り果てるか分からないリスクを背負うということだ。最悪の場合、何の役にも立たずに絶望し、戦場で化け物へと変貌して味方を背後から襲う可能性だってゼロじゃない。
その瞬間、俺の脳裏に十和田真一さんのあの刺々しい言葉が蘇った。
『俺らと一緒に戦うってんなら、足だけは引っ張るなよ、ガキ。これは遊びじゃねえ。いつ誰が死んでもおかしくねえ、命懸けの戦いだ』
(……そうか。あの言葉は、単に戦場で邪魔になるなっていうだけの忠告じゃなかったんだ)
心が折れた瞬間、自分が新しい敵になって仲間を殺すかもしれない。真一さんの厳しい物言いは、その最悪のリスクまで含んだ警告だったのだ。覚悟も決まっていない子供に、自分の背中を預けられるわけがない。
突きつけられた現実の重さに、俺はしばらく言葉を失って立ち尽くした。
だけど――ここで立ち止まるわけにはいかない。
(それでも、俺は決めたんだ。今度は俺が誰かを守れるようになる番だって。父さんと母さんが、俺の命を繋いでくれたみたいに!)
弱気になりかけた心を無理やり奮い立たせ、スーツのジッパーを力強く引き上げる。
「戦う覚悟、本当に出来てるんだね?」
不意に、廊下の向こうから声をかけられた。
振り返ると、ブリーフィングルームから出てきた医療部隊副隊長――立花六花さんが佇んでいた。
声こそ穏やかだったが、その表情は真剣そのもので、向けられた眼差しは俺の心の奥底を見透かすように冷たく、鋭く突き刺さってきた。UMA細胞のリスクを知った今だからこそ、彼女の瞳に宿る覚悟の重みが痛いほどに伝わってくる。
「はい。覚悟は、出来てます」
俺は一歩も引かず、立花さんの目を真っ直ぐに見据えて答えた。そこに、もう迷いはなかった。
「よし、分かった。安心しな!」
俺の目を見て納得したのか、立花さんの表情が一気に和らぎ、いつもの明るい笑顔が戻った。彼女は俺の肩をポンと力強く叩く。
「もし侵食が進んじゃっても、私ら医療部隊が意地でもなんとかしてあげるから! さっ、行ってきな!」
「……ありがとうございます!」
プロの医療従事者としての力強い言葉に背中を押され、俺は出撃メンバーが待つ広間へと走った。
広間に辿り着くと、そこにはすでに主戦力となるメンバーたちが威風堂々と佇んでいた。
先ほどの長刀を肩に預けた女性。その隣には、身の丈を超えるほど不気味で巨大な大鎌を携えた十和田真一さんと、鋭い穂先を持つ斧槍を握る弟の真二さん。さらに、あの肉厚な大剣を軽々と担いだ五十嵐さんが、静かに闘志を燃やしている。
しばらくして、訓練場で見かけたあの双剣使いの女性が駆け足で現れ、少し遅れてライフルを背負った如月さんも合流した。最後に、副隊長の立花さんを含めた医療部隊の救護兵が2名。
これで出撃メンバーが全員揃った。
隊長である三神さんを筆頭に、6人の主力隊員、2人の医療班、そして見学としての俺を含めた総勢10名。
俺たちは重苦しい足音を響かせながら、格納庫に鎮座する巨大な飛空船へと乗り込んだ。
ハッチが閉まり、激しいエンジン音が鳴り響く。
あのサイ型の化け物が街を破壊しているという、血と硝煙の待つ本当の戦場へと向けて、飛空船は力強く飛び立った。




