56.地の利を奪え
市街地に到着すると、あたり一面クモの糸が張っていた。
その光景を目にして、俺は息を呑んだ。
(戦場というより、もはやクモの巣に着たみたいだ)
すると、建物と建物の間に張られた空中に浮く糸の下を、クモUMAが逆さ向きで歩いて現れた。
俺は大鎌を再現して手に取った。
「まずは俺と清乃女で行く」
三神隊長が静かに言った。
クモUMAが八本の脚を大きく広げる。
次の瞬間、その巨体が一気にこちらへ飛び込んできた。
三神隊長と清乃女さんが地面を蹴った。
クモUMAの脚が振り下ろされる。
――ドンッ!
地面が大きく抉れた。
しかし、そこに清乃女さんの姿はない。
すでに攻撃をかわし、クモUMAの側面へ回り込んでいた。
『こちら如月、狙撃地点に到着しましたー』
「了解、援護射撃を頼む」
どうやら、如月さんの準備が整ったようだ。
クモUMAは8本ある足を駆使して清乃女さんを襲う。
別の脚が次々と横薙ぎに振るわれる。
そのたびに清乃女さんは身体を傾けて最小限の動きで避けていた。
脚先が髪を掠める。
それでも、清乃女さんは止まらない。
さらにクモUMAへ一歩踏み込む。
クモUMAの脚が連続して襲いかかる。
それらをすべて、紙一重でかわしていく。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
俺は清乃女さんの戦いを見た。
攻撃を受け止めているわけじゃない。
しかし、ただ避けているわけでもない。
避けた時に斬撃を決めている。
そして、クモUMAの攻撃は一度も当たらなかった。
以前、本人から聞いたことがある。
敵の重心、身体の動き、そして目線から相手がどこを狙っているのかを予測して、攻撃が来る場所を判断していると。
(でも……)
俺はクモUMAを見る。
(こいつには八本も脚があって、目だって八個ある)
人間とは比べ物にならないほど多くの方向を同時に見ることができるはずだ。
それなのに――。
(清乃女さん、本当に攻撃が当たらないな……)
クモUMAの脚が迫る。
清乃女さんは身体を回転させるようにしてかわした。
そのままクモUMAの懐へ入り込む。
清乃女さんが剣を振る。
脚の一本を弾き、さらに一歩踏み込む。
(清乃女さんは……天才だ)
攻撃をかわし続ける清乃女さんの姿を見て俺は思った。
「一ノ瀬、見惚れている場合じゃないぞ」
三神隊長の声が飛んできた。
「す、すみません!」
クモUMAの八つの目が清乃女さんを追っている。
それでも、清乃女さんはその視線から逃げるように身体を動かしていた。
――ドンッ!
突如、銃声銃声が鳴り響いた。
弾丸でクモUMAの脚が弾かれた。
三神隊長が叫ぶ。
「清乃女!」
「はい!」
三神隊長が一気にクモUMAへ距離を詰めて前へ出る。
清乃女さんもすでに動いた。
二人が左右から時間差でクモUMAへ迫る。
距離を詰めようとする三神隊長目掛けてクモUMAが糸を飛ばしてきた。
三神隊長はかわしながら距離を詰める。
清乃女さんの攻撃をクモUMAが脚で防いだが、その隙に三神隊長が反対側から斬り込む。
クモUMAは素早くジャンプしてかわした。
だが――。
――ドンッ!
如月さんの狙撃。
クモUMAが空中の糸を足場にして、さらに跳び上がって避けた。
(空中の糸を足場に逃げた!)
クモUMAは空中で止まっていた。
その身体の下には、何本もの糸が張り巡らされている。
それを足場にして、クモUMAは空中を移動していた。
「なるほど……」
三神隊長がクモUMAを見上げる。
「空中の糸を足場にして逃げるか……厄介だな」
クモUMAが空中の糸を蹴った。
次の瞬間、予想とはまったく違う方向へ跳んだ。
「速い!」
俺は目でクモUMAを追って振り返る。
クモUMAは別の糸へ飛び移り、さらに高い位置へ移動していく。
「如月、狙えるか?」
「はーい」
――ドンッ!
弾丸が飛ぶ。
しかし、クモUMAは空中で身体を捻って回避した。
「やはり、あの足場がある限り狙い撃つのは難しいな」
三神隊長が判断する。
「桜木と一ノ瀬は、足場として使っている糸を可能な限り切り払え」
「了解!」
「任せな」
俺は桜木さんと共にクモUMAの糸を断ち切るように周囲を走り回った。
俺は大鎌を構え、糸へ向かって振り抜いた。
――ザシュッ!
一本の糸が切れる。
隣では桜木さんが斧を振り抜いていた。
――ザシュッ!
別の糸が断ち切られる。
「そこら中糸だらけだ。手止めてないで、どんどん切るよ!」
「はい!」
だが、クモUMAも黙ってはいない。
こちらへ向かって糸が飛んでくる。
「そっちへ行ったぞ!」
三神隊長が叫ぶ。
俺は横へ飛ぶ。
糸が地面を抉った。
その直後、上空からクモUMAの脚が伸びてくる。
「一ノ瀬!」
――ドンッ!
如月さんの銃声。
弾丸がクモUMAの脚を弾き、攻撃の軌道が僅かに逸れた。
「助かりました!」
「礼は後!」
クモUMAは空中の糸から逆さまにぶら下がった。
そのまま俺たちの頭上へ移動してくる。
「上だ!」
三神隊長が叫ぶ。
清乃女さんが横へ跳ぶ。
三神隊長も同時にかわす。
クモUMAの脚が二人のいた場所を叩き潰した。
その隙に俺と桜木さんが糸を切る。
――ザシュッ!
――ズバッ!
一本。
二本。
三本。
クモUMAが足場にしていた糸が次々と消えていく。
すると今度は、クモUMAが道路に停まっていた車へ糸を伸ばした。
「何をする気だ?」
三神隊長が呟く。
クモUMAが糸を引く。
車が浮き上がった。
そして、そのまま車が振り回される。
「散開!」
三神隊長の指示に従い、俺たちはそれぞれ別方向へ飛び退いた。
車が地面を削りながら通過する。
クモUMAはさらに車を放り投げてきた。
桜木さんが斧を車目掛けて思いっきり放り投げた。
飛んできた車は桜木さんにあたる前に横に真っ二つとなり、如月さんを避けるように二方向に分かれていった。
「こんなものまで武器にするとはね!」
投げた斧はブーメランのように弧を描いて桜木さんの元へと戻ってきた。
「攻撃手段が多いな」
三神隊長が冷静に周囲を見る。
「だが、奴が自由に動けるのは糸があるからだ」
三神隊長が清乃女さんを見る。
「清乃女!」
「はい!」
「奴の注意を引きつける。二人でやるぞ!」
「了解」
二人が走り出した。
クモUMAが三神隊長へと糸を伸ばす。
三神隊長がそれをかわす。
清乃女さんはさらに近距離まで入り込んだ。
清乃女さん目掛けて脚が迫る。
しかし、清乃女さんはそれをかわす。
また別の脚。
それもかわす。
二人の様子を見ながら、俺は大鎌を振る。
――ザシュッ!
足場としていた糸が切れた。
桜木さんも斧を振り抜く。
――ザンッ!
残っていた足場がすべて崩れた。
俺はすかさず、三神隊長へと報告した。
「三神隊長!」
俺は糸をすべて切り終えたことを確認して大鎌を消した。
「よし」
三神隊長がクモUMAへ向かって走る。
清乃女さんも三神隊長の後に続き、二人が左右から攻撃を仕掛ける。
クモUMAが後ろへ跳んだ。
「如月!」
三神隊長の声。
如月さんが弾丸を放った。
――ドンッ!
クモUMAが跳ね上がる。
さっきまでと同じように空中の足場へ移動しようとする。
しかし――。
そこには、もう糸の足場はない。
「……!」
クモUMAの身体が空中で身動きができない状態となった。
足場はない、攻撃を避ける体勢を作れない、どこにも逃げ場はなかった。
――ドンッ!
如月さんが追撃を仕掛けた。
その一弾丸は、クモUMAを撃ち抜いた。
「ギャアアアッ!」
クモUMAが地面へと落下する。
――ドォン!
(撃ち落した!)
「今だ!」
桜木さんが走り出した。
その声に俺も続く。
桜木さんが斧を大きく振り上げる。
「これで終わりだ!」
――ズンッ!
斧がクモUMAへ叩き込まれる。
クモUMAが地面へ崩れ落ちた。
それでもまだ動こうとしている。
八本の脚を激しく動かし、身体を起こそうともがく。
俺桜木さんの後に続いてパイルバンカーを撃ち込みに行く。
クモUMAが最後の力を振り絞って脚を伸ばしてくる。
俺は斧槍を再現して伸ばしてきた足の攻撃を弾き間合いを詰めた。
そしてそのまま懐へ入り――。
「これで――!」
左腕を突き出す。
「終わりだあああっ!」
――ドッガアアァァァァンッッッ!!
パイルバンカーがクモUMAの身体へ突き刺さる。
轟音が市街地に響き渡った。
クモUMAの身体が大きく揺れた。
そして――。
動かなくなった。
「……討伐完了」
三神隊長が静かに告げた。
俺は息を吐きながら、斧槍を消した。
周囲には、切り落とされた糸が無数に散らばっていた。
さっきまでクモUMAが自由に飛び回っていた空間が、今は何もない空になっている。
「終わったな」
桜木さんが斧を肩に担ぐ。
「せやねぇ」
清乃女さんが水平に背負っている鞘に双剣をしまい込む。
俺は清乃女さんを見ていた。
戦闘中、あれだけ激しく動いていたのに、息一つ乱していない。
「清乃女さん」
「どないしたん、一ノ瀬はん?」
「やっぱり、すごいですね」
「何がぁ?」
「攻撃、ほとんど当たってなかったですよね」
清乃女さんは少しだけ考えるように目を細めた。
「せやったっけ?」
「はい」
「……ほな、運が良かっただけちゃうかなぁ」
笑いながら清乃女さんは答えた。しかし――。
「いや、それは絶対違うと思います」
俺は即答した、そんなはずないと。
清乃女さんはほんの少しだけ笑った。
そして、UMAを討伐して降下してきた飛空船へと乗り込んでいった。
清乃女さんは自ら敵の注意を惹き、間合いを詰めて零距離で戦う。
(今までずっとそういう戦い方をしていたな、危険なのにどうしてこんな戦い方を選んだんだろう)
そう思いながら俺は、はぐらかす清乃女さんを見送るようにして立ち尽くした。
飛空船に乗る前に、もう一度戦場を見た。
クモの巣のようだった戦場は、市街地としての姿を取り戻していた。
クモUMAは、糸を使って攻撃し、拘束し、移動し、逃げていた。
清乃女さんが敵を引きつけ、その間に三神隊長が分析し、、如月さんが援護し、桜木さんと俺が足場を奪って敵を攻略した。
一人では絶対に倒せなかった。
でも――。
それぞれが自分の役割を果たしたからこそ、倒すことができた。
(これが……連携なんだ)
俺はそう思いながら、飛空船に乗り込んだ。




