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54.人智を超えた戦闘



 山方小隊長が鎖を構える。


 十条さんも大鋸を構える。


 だが、何も見えない。


 俺は地面に倒れたまま、二人の姿を見つめることしかできなかった。


 ――ザザッ。


 今度は山方小隊長のすぐ横から。


「そこか!」


 鎖が振り抜かれる。


 ――ヒュンッ!


 しかし、何かに当たった様子はない。


「くそっ……!」


 山方小隊長が鎖を引き戻す。


 その瞬間だった。


 山方小隊長の動きが止まった。


「……?」


 鎖を握ったまま、身体が小さく揺れる。


「山方隊長?」


 十条さんが声をかける。


 山方小隊長は返事をしない。


「隊長?」


 十条さんが声をかける。


「十……条……」


「はい!」


 山方小隊長の言葉が途切れた。


 そして膝から崩れる。


「隊長!」


 十条さんが慌てて山方小隊長を支えようと手を伸ばす。


 だが――。


「……え?」


 十条さんの身体も止まった。


 大鋸を握る手が震える。


「何……これ……」


 十条さんが自分の手を見る。


 力が入らないのか、大鋸が地面へ落ちた。


 ――ガシャッ。


 山方小隊長は地面に倒れている。


 その身体が、わずかに痙攣していた。


「まさか……毒?」


 十条さんが呟く。


 そして、その顔から血の気が引いていく。


「そんな……」


 十条さんもそのまま、ゆっくりと膝をつく。


「みんな……」


 飛空船から九十九さんの声が聞こえた。


「山方さん……?十条さん……?」


 返事はない。


「ねぇ……どうしたの?」


 九十九さんの声が震えている。


「タクマくん……!」


 俺は答えられない。


 身体が動かない。


 声も出ない。


 ただ、地面に伏せたまま目だけを動かす。


「お願い……誰か返事してよ……」


 九十九さんの声が聞こえる。


 しかし――。


 誰も答えなかった。


 山方小隊長も。


 十条さんも。


 俺も。


 三人とも、地面に倒れている。


 そして――。


 ――ザザッ。


 足音がした。


 ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。


 俺は必死に目を動かした。


 何も見えない。


 なのに、何かがいる。


 俺たちを倒した何かが。


 そして――。


 俺たちのすぐ近くにいる。


「……!」


 何かが山方小隊長の身体を持ち上げた。


 次に十条さん。


 そして、俺。


 巨大な何かが、俺たちをまとめて持ち上げようとしている。


(これは……舌?)


 その瞬間――。


 上空から風を切る音が聞こえた。


 ――ヒュオオオオッ!


 何かが落下してくる。


 地面が大きく揺れた。


 ――ドンッ!


 俺の視界に、誰かの足が入った。


(……え?)


 九十九さんだった。


 震えている。


 身体も、手も、足も。


 全部が震えている。


 それでも――。


 九十九さんは、俺たちの前に立っていた。


「……僕が……」


 俯いたまま話す九十九さんの声は震えていた。


 それでも、九十九さんは顔を上げて言った。


「僕が、みんなを守る!」


 九十九さんが両手を広げる。


 その瞬間――。


 周囲に音が響いた。


 ――カカカカカカカカッ!


 何かが地面や建物へ突き刺さっていく。


 俺には何が起きているのか分からなかった。


 九十九さんは、その場から一歩も動かない。


 ただ、両手を広げている。


 俺たちを持ち上げていた何かは俺たちを下した。


 ドサドサッ!


 ――ザザッ。


 その後、足音がした。


 次の瞬間。


(……え、血?)


 血が舞った。


 ――ブシャッ!


 透明だった何かの身体から血が噴き出す。


 俺の目には、ほんの一瞬だけその輪郭が見えた。


 真っ赤な血で染まった透明な体。


 透明だったその身体が、血によって浮かび上がっていく。


 巨大な身体。


 そして――異様に長い舌。


(カメレオン……UMA……!)


 そして――。


 周囲に無数に張り巡らされた、赤く血塗られたワイヤー。


(ワイヤー……?)


 血に染まったワイヤーが、激しく振動している。


 そして、そのワイヤーからさらにワイヤーが伸びていく。


 まるで枝別れして伸びるように。


 ――ザシュッ!


 透明な身体をワイヤーが貫く。


 貫いた後、そこからさらに枝分かれしていく。


 一本。


 二本。


 三本。


 無数のワイヤーがカメレオンUMAの身体へ突き刺さっていく。


 そして伸びたワイヤーが地面へ突き刺さった。


 固定されて逃げ場がない。


 カメレオンUMAが暴れる。


 だが――。


 ワイヤーが激しく震えた。


 ――ギャリギャリギャリッ!


 透明な身体が切り裂かれていく。


 激しく血が飛び散る。


 その度に、見えなかった透明な身体の輪郭が浮かび上がっていく。


 そして――。


 カメレオンUMAの身体が細切れになった。


 完全に沈黙した。


 九十九さんは、その場から一歩も動かずに倒してしまった。


 そして、ただ目の前に倒れたUMAを見つめている。


 そして――。


 操り人形の糸が切れたように、九十九さんの身体が崩れた。


(九十九さん!)


 俺は叫ぼうとした。


 だが、まだ声が出ない。


 九十九さんはそのまま地面へ倒れ、動かなくなった。


 遠くから飛空船が近づいてくる。


 その扉が開いた。


「全員、生存確認!」


 立花さんの声が響く。


 立花さんが降りて俺たちを飛空船に乗せる。


「すぐに運ぶから!」


 俺たちは担架へ乗せられ、そのまま飛空船へ運ばれた。


 飛空船の簡易治療室に俺たちは並べられ、解毒処置を受けていた。


 身体に少しずつ感覚が戻ってくる。


 指先、腕、足。


 そして――。


「……っ」


 俺はようやく声を出せた。


「一ノ瀬!」


 山方小隊長の声が聞こえる。


「大丈夫か?」


「はい……なんとか」


 十条さんも少しずつ身体を起こしていた。


「……私も、大丈夫です」


 立花さんが状態を確認する。


「神経毒の影響は残っているけど、命に別状はないよ。しばらくすれば普通に動けるようになる」


「助かりました、立花さん」


「礼はいいから、今は大人しく寝てな」


 そう言って立花さんが離れていく。


 俺は隣を見る。


 九十九さんも簡易治療を受けていた。


 まだ意識が戻っていない。


「……九十九」


 山方小隊長が九十九さんを見る。


 しばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。


「すまなかったな、九十九」


 九十九さんの瞼が動く。


「お前にまで戦わせちまって……」


 九十九さんが目を開けた。


 その顔には、怯えが浮かんでいる。


「……」


 山方小隊長は、そんな九十九さんを見て言葉を続けた。


「長月だったら……」


 長月さんの名前を口にした後、すぐに山方小隊長が黙った。


 拳を強く握っていた。


 九十九さんは何も答えなかった。


 ただ、何かに怯えるように身体を小さく震わせている。


 俺は九十九さんの姿を見つめた。


 そして、あの戦いを思い出していた。


(九十九さんは、ほとんど動かなかった。なのに、あのカメレオンUMAを、一方的に倒した)


 俺たち三人が何もできずに倒したあのUMAを。


(……あの強さは、異常だった)


 俺は九十九さんを見る。


(俺も九十九さんのことを知れば、あんな力を手に入れられるんだろうか)


 そんな考えが頭をよぎった。


 でも――。


 すぐに否定した。


(……無理だ)


 あれは、俺が今まで見てきた戦い方とは違う。


 技術を真似すれば届くようなものじゃない。


 人間が再現できるような強さじゃない。


 俺はそう判断した。


 そして、九十九さんへ声をかける。


「九十九さん……大丈夫ですか?」


 九十九さんがゆっくりと俺を見る。


 その瞳には、まだ恐怖が残っていた。


「……うん」


 小さな声だった。


 そう言いながらも、手は震えている。


「でも……」


 九十九さんが自分の手を見る。


「僕が……僕じゃなくなる気がする」


「……え?」


「戦っている時……自分の体を動かしている感覚がなかった。まるで操られているみたいで」


 九十九さんが自分の身体を抱く。


「怖いんだ」


「九十九さん……」


「この力を使ったら……いつか本当に、僕じゃなくなるんじゃないかって……」


 俺は何も言えなかった。


 九十九さんは、俺たちを守ってくれた。


 でも、その代わりに自分自身が壊れてしまう恐怖を抱えた。


 俺には、その恐怖を理解することができなかった。


 だから――。


「……無理に戦わなくてもいいと思います」


 俺はそう言った。


 九十九さんは何も答えなかった。


 ただ、小さく頷いた。



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