53.見えざる敵
次のUMA討伐任務のため、俺たちはブリーフィングルームに集まっていた。
正面のモニターに、今回の討伐対象が映し出される。
「今回の討伐対象は、コウモリ型UMAだ」
三神隊長が説明を始めた。
「体長は約四メートル。翼を持ち、飛行能力が高い。地上だけでなく空中からも攻撃してくる可能性が極めて高い、心してくれ」
モニターには、巨大な翼を広げたコウモリUMAの姿が映っている。
「飛行するUMAなら、逃げられる可能性もあるな」
山方小隊長が腕を組む。
「市街地なら建物も多い。周囲にワイヤーを張っておけば、逃走経路を制限できそうだ。今回は九十九にも同行してもらうぜ」
「了解した、九十九にも飛空船に乗ってもらう。必要になればワイヤーを使って後方支援してもらおう」
「分かった」
山方小隊長が頷いた。
俺も頷きながら、少し離れた場所にいる九十九さんを見る。
九十九さんは、俯いたまま何も言わなかった。
以前のように、戦う意思は見られなかった。
むしろ――。
(やっぱり、まだ戦うことを怖がっているのかな……)
俺が見ていることに気づいたのか、九十九さんが一瞬だけこちらを見る。
その目には、恐怖があったように感じた。
「それじゃあ、各班出撃準備を」
三神隊長の声が響く。
俺たち山方班は山方小隊長、十条さん、俺、そして後方支援として九十九さんが同行する形で戦場へ向かった。
飛空船で移動している間、山方小隊長が九十九さんに話しかけた。
「九十九、お前が戦いたくない気持ちはよく分かった。なるべく俺たちで片を付けるが、難しければお前にも協力してもらうぞ。なんせ、俺たちは命かけて戦ってるんだからな」
厳しいことを言っているように聞こえるが、山方小隊長は九十九さんの出番がないように最善を尽くすつもりだ。
(最近分かってきたことがある。山方さんは口では厳しいことを言っているが、その根底には仲間を想って言っていると感じることが多い)
俺も九十九さんに無理させないためにも頑張ろうと思った。
そして到着したのは、建物が立ち並ぶ市街地だった。
道路には何台もの車が放置されていた。
その上空を、巨大な影が横切った。
「来たぞ!」
山方小隊長が叫ぶ。
俺は右腕を構えた。
そこには、再現した斧槍がある。
コウモリUMAが翼を広げ、こちらへ急降下してきた。
俺は地面を蹴った。
斧槍を構え、コウモリUMAへ向かって突き出す。
しかし――。
「くっ!」
届かない。
コウモリUMAは俺の頭上を通り過ぎ、再び上空へ舞い上がった。
(高い……!)
斧槍を伸ばしても、届く距離じゃない。
俺は斧槍を振り上げる。
だが、コウモリUMAは俺の攻撃範囲の外からこちらを見下ろしている。
次の瞬間。
翼を大きく広げ、急降下してきた。
「一ノ瀬!」
山方小隊長の鎖が飛んでくる。
――ガキンッ!
コウモリUMAが翼を振り、鎖を弾き飛ばした。
「速いな!」
山方小隊長が鎖を引き戻す。
十条さんが追撃するように蛇腹鋸を振る。
刃が伸び、コウモリUMAへ迫る。
しかし――。
コウモリUMAは翼を翻し、蛇腹鋸が空を切る。
「……避けられた」
十条さんが呟く。
「単調な攻撃をしても当たりそうもねーな。何か考えねぇとな」
山方小隊長が鎖で素早く攻撃を繰り出すが、コウモリUMAはすべてかわしていた。
俺は二人の攻撃を見ていた。
(山方小隊長の鎖も、十条さんの蛇腹鋸も当たらないか)
コウモリUMAは空を飛び回りながら、俺たちの周囲を旋回している。
そして突然、急降下してきた。
「来る!」
俺は斧槍を構えた。
コウモリUMAの爪が迫る。
俺は斧槍を横に構え、攻撃を受け止めた。
――ガァンッ!
「ぐっ……!」
衝撃で身体が後ろへ押される。
それでも踏みとどまった。
(攻撃を当てるのは難しい。でも……)
俺は二人を見る。
山方小隊長は鎖を構えている。
十条さんも蛇腹鋸を握っている。
(俺がコウモリUMAの攻撃を防げば、二人は攻撃に集中できる)
俺は斧槍を握り直した。
「俺がこいつの攻撃を防ぎます!二人は攻撃に集中してください!」
俺はコウモリUMAの前に立つ。
再びコウモリUMAが襲いかかってきた。
俺は斧槍で攻撃を受け流す。
その間に、山方小隊長が周囲を見渡した。
「……あれを使うか」
山方小隊長が鎖を伸ばす。
道路脇に停まっていた車へ鎖を巻きつけた。
「え?」
俺が振り返る。
「おらあああっ!」
山方小隊長が鎖を引いた。
車が地面を擦りながら持ち上がる。
「なっ……!」
そのままコウモリUMAへ投げ飛ばした。
「ギャアアアッ!」
コウモリUMAが翼を広げ、車を避ける。
「今だ!」
山方小隊長が叫ぶ、そして十条さんが動いた。
コウモリUMAが車を避けて姿を現す。
そこを襲うように蛇腹鋸が一気に伸びる。
「逃がさない!」
コウモリUMAがさらに上へ逃げようとする。
だが――。
山方小隊長の鎖が伸びた。
「そこだ!」
鎖がコウモリUMAの翼へ絡みつく。
「捕らえた!」
山方小隊長が鎖を引く。
コウモリUMAの身体が大きく揺れた。
その瞬間、十条さんが蛇腹を連結させて大鋸へと戻す。
「終わり!」
十条さんは大鋸を構える。
コウモリUMAが翼を振り、鎖から抜け出そうと暴れる。
しかし、山方小隊長が強引に鎖を引いた。
コウモリUMAの身体が引き寄せられる。
「今だ、十条!」
「はい!」
蛇腹に伸びていた刃が一本の大鋸へと変形し、重量を増した一撃を繰り出す。
「これで――!」
大鋸を振り抜いた。
コウモリUMAの身体が切り裂かれる。
「ギャアアアアッ!」
切断された箇所がそのまま地面へ落下した。
俺たちは一斉に距離を取る。
コウモリUMAはしばらく身体を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。
「……討伐完了だ」
山方小隊長が息を吐く。
「ふぅ……」
十条さんも大鋸を下ろした。
俺は斧槍を消した。
(俺はほとんど攻撃できなかった。でも――)
二人を見る。
(それでも、二人が攻撃に集中できるようにすることはできた)
盾役、それは俺が初めて戦場に立った時に与えられた役割だった。
自分から攻撃するだけが戦いじゃない。
仲間を守り、仲間が攻撃できる状況を作る。
それも、戦うということなんだと改めて思った。
(自分は攻撃することができなかったけど、それでもみんなが活躍できるように盾役をすることで討伐に繋がった。きっと、五十嵐さんが今までやっていたのはこういうことだったんだ)
俺は少しだけ五十嵐さんの戦い方を理解できた気がした。
「じゃあ、三神隊長に討伐完了の報告を――」
俺が無線へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
背後から、何かに襲われた。
「――っ!」
何かが首筋に触れた。
チクッと、何かが刺さったような冷たい感触。
次の瞬間、身体から力が抜けた。
(……え?)
声が出ない、足に力が入らなかった。
俺は膝から崩れ落ちて地面に倒れた。
「一ノ瀬!?」
山方小隊長の声が聞こえた。
何が起きたのか分からない。
身体が動かない。
倒れるときに地面に手をつこうとした。
しかし、腕にも力が入らなかった。
「一ノ瀬!?」
十条さんの声が聞こえる。
俺は二人を見ようとした。
その瞬間――。
視界の端で、何かが動いた。
いや、違う。
何もいない。
そこには、誰もいなかった。
(……何だ?)
俺は声を出そうとした。
でも、口が動かない。
アスファルトの冷たい感触だけが伝わってくる。
「一ノ瀬!」
山方小隊長が駆け寄ろうとする。
意識はある、しかし体は動かない。
(まるで金縛りみたいだ。何が……起きた……?)
最後に聞こえたのは、九十九さんの声だった。
「タクマくん! どうしたの!?」
しかし、返事をすることができない。
倒れている俺を見つめながら、十条さんが呟く。
「一体……何が起きたの?」
「分からねぇ」
山方小隊長が鎖を構えたのだろう。
ジャラジャラと鎖の音が聞こえた。
「十条、警戒しろ」
「はい!」
「背中は任せたぞ」
どうやら、二人は背中を合わせるように立っているようだ。
体を動かせない俺は、見える範囲で周囲を見渡す。
道路。
建物。
倒れた車。
やはり何もいない。
「……妙だ」
山方小隊長が呟く。
風が吹いた。
「建物の間を抜ける風……」
その流れの中に――。
「……何だ?」
ほんの一瞬、空気が揺らいだ気がした。
山方小隊長もそれを感じ取ったのか。
「そこか!」
鎖を振り抜いた。
――ヒュンッ!
鎖が空間を切り裂く。
しかし、何にも当たらなかったようだ。
「……外した?」
その瞬間。
――ザザッ!
何かが地面を擦った音が聞こえた。
「今の……聞こえたか十条?」
「はい、でも何の音かは」
――ジャラッ!
山方小隊長は鎖を握り直した。
そして、再び耳を澄ます。
――ザザッ。
また聞こえた。
今度は、さっきより近い。
「……足音か?」
「足音?」
「今、何かが動いた」
山方小隊長は鎖を構えたまま、周囲を見渡しているようだ。
「だが、見えない」
「見えないって……?」
「俺たちの近くにいる」
山方小隊長の声が低くなる。
「確実に、何かいる」
風が吹く。
何もない道路。
何もない建物の隙間。
何もいないはずの場所から――。
――ザザッ。
二人の身体が強張った。
「……今の、どこから?」
十条さんが呟く。
その声にはどこか恐怖心があるように感じた。
山方小隊長は答えなかった。
ただ鎖を握り締める。
見えない。
姿が分からない。
どこにいるのかも分からない。
それでも――。
確かに何かがいる。
「十条」
「はい」
「俺が前を警戒する」
山方小隊長は鎖を構える。
「お前は後ろを見ろ」
「分かりました」
二人は互いの背中を預けている。
そして、何も見えない周囲を警戒する。
――ザザッ。
また音がした。
今度は、すぐ近く。
山方小隊長が鎖を振り抜いた。
――ヒュンッ!
だが――。
何もいない。
「……くそっ!」
鎖が空を切る。
山方小隊長の声から焦りを感じた。
「姿が見えない相手に、どうやって戦えっていうんだ……」
誰も答えない。
ただ静かな市街地に、二人の荒い息だけが響いていた。
そして――。
――ザザッ。
また、足音が聞こえた。
今度は――。
さらに近くから。




