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50.長月の教え



  山の中は、視界が悪かった。


 腰ほどまで伸びた草木が斜面を覆い、そこかしこに太い木が立ち並んでいる。


 足場も悪い。


 そんな場所で、俺たちは一体のUMAを追っていた。


「来るぞ!」


 真二の声と同時に、草むらが大きく揺れた。


 次の瞬間、巨大な蛇の頭が茂みの中から飛び出してきた。


「っ!」


 俺は咄嗟に後ろへ跳ぶ。


 蛇UMAの牙が、ついさっきまで俺のいた場所を噛み砕いた。


 その全身を覆う鱗は硬く、光を受けて鈍く輝いている。


 しかも、その身体は丸みを帯びていた。


 長月さんが刀を振るう。


 鋭い斬撃が蛇UMAの胴体を捉えた。


 ――キィン!


 刃が鱗の上を滑った。


 だが、蛇UMAの身体には確かに傷が刻まれている。


「そこだ!」


 真二が斧槍を振り下ろす。


 蛇UMAは身体を捻ってかわすと、そのまま地面を這うようにして山の奥へ逃げていった。


「逃がすか!」


 真二が追う。


 俺も後を追おうとした。


 だが、その瞬間。


「一ノ瀬!」


 長月さんの声。


 俺が振り向くより早く、頭上から巨大な影が落ちてきた。


「うおっ!」


 蛇UMAが木の上に登っていたのだ。


 その巨体が俺に向かって落下してくる。


 俺は横へ飛び退いた。


 地面が大きく抉れる。


「こいつ……!」


 蛇UMAは地面に着地すると、すぐさま身体を反転させた。


 長い尾が唸りを上げる。


「危ない!」


 真二が叫ぶ。


 俺はフレームで受けようとした。


 だが。


「下がれ!」


 長月さんが俺の前へ滑り込む。


 一瞬刀が伸びた。


 普段よりも長い。


 迫ってきた尾を刀で受け流し、そのまま蛇UMAへ斬撃を放つ。


 蛇UMAは身体を丸めた。


 刀が鱗の上を滑る。


 しかし、長月さんはそこで刀を止めなかった。


 伸びていた刀身が、一瞬で短くなる。


 そして。


 長月さんが踏み込んだ。


 短くなった刀が、蛇UMAの身体へ深く食い込む。


「――!」


 俺は目を見開いた。


(さっきまでとは違う。明らかに深く斬れている)


 蛇UMAが苦しそうに身体を捻る。


「一ノ瀬、真二! 左右から追い込め!」


「了解!」


 俺と真二が左右へ散る。


 蛇UMAは素早い。


 地面を這いながら木々の間を縫うように移動し、俺たちの間を抜けていく。


「速すぎる!」


 俺が追おうとした瞬間、蛇UMAが木の幹を駆け上がった。


 そして枝から枝へ飛び移る。


「上だ!」


 真二が叫ぶ。


 蛇UMAが木々の間から飛び出した。


 俺は長月さんと同じ刀を再現した。


 そして、長月さんと同じように構えた。


(長月さんと同じ武器を再現して動きもまねれば、長月さんと同じくらい強くなれるんじゃないか?)


 俺は長月さんの動きを真似て戦うことにした。


 蛇UMAがこちらへ迫る。


 俺は一歩踏み込み、刀を振った。


 ――キィン!


 斬撃は滑った。


「くそっ!」


(傷が浅い……)


 鱗を切り裂くことができない。


 蛇UMAはそのまま俺の横を通り抜け、地面へ着地する。


「タクマ!」


 真二が斧槍を振り抜いた。


 蛇UMAの尾と斧槍がぶつかり、真二の身体が弾き飛ばされる。


「真二!」


「大丈夫だ!」


 真二は地面を転がりながら立ち上がった。


 その間にも、長月さんは蛇UMAへ斬りかかっている。


 長い刀身。


 短い刀身。


 長くして薙ぐ。


 短くして懐へ入る。


「……刀の長さを……」


 俺は長月さんの動きを追った。


 ただ長いだけじゃない。


 ただ短いだけでもない。


 一瞬だが、長月さんは戦うたびに刀の長さを変えている。


 蛇UMAが距離を取れば刀身を伸ばす。


 近づけば縮める。


 そして――。


 長月さんが一度振り抜いた刀を、途中で止めた。


  止める瞬間、刀身が短くなった。


 そのまま身体を捻り、逆方向へ斬り返す。


 次の斬撃に移った瞬間、刀身が伸びた。


「速い……」


(刀を止めるとき、力を最小限にするために刀身を短くしているんだ)


 斬撃を止める瞬間、刀身を短くすることで次の斬撃へ移るのが速かった。


 俺も真似してみた。


 刀を振る。


 刀身を短くする。


 止める。


 斬り返す。


 刀身を伸ばす。


「――っ!」


(遅い。意識と体のタイミングが合わない)


 蛇UMAが迫る。


 俺は慌てて刀を振る。


 刃が鱗を滑った。


「くっ!」


 傷は浅かった。


(どうしてだ。長月さんと同じ刀を使っている。長月さんと同じように動こうとしている。なのに……)


 俺の斬撃は蛇UMAには通らなかった。


「タクマ!」


 真二の斧槍が蛇UMAの頭部を横から叩きつけた。


 蛇UMAが怯む。


「今だ!」


「分かってる!」


 俺は踏み込んだ。


 刀を振る。


 しかし、また刃が滑った。


 蛇UMAが身体を捻り、俺へ噛みつこうとする。


 その牙を長月さんが刀で弾いた。


「一ノ瀬、無理に私の動きを真似る必要はない!」


「でも……!」


「今は目の前の敵を見ろ!」


 長月さんが踏み込んだ。


 刀が伸びる。


 蛇UMAは身を引いた。


 その瞬間、刀が縮んだ。


 長月さんはさらに踏み込み、短くなった刀を深く突き込む。


 その瞬間、刀身が伸びた。


「グォォォ!」


 蛇UMAが身体を激しく振る。


 真二が斧槍を構えた。


「長月さん!」


「ああ!」


 長月さんが蛇UMAの注意を引きつける。


 真二が反対側から踏み込む。


 斧槍が蛇UMAの胴体へ食い込んだ。


「うおおおおっ!」


 真二が力任せに斧槍を振り抜いた。


 蛇UMAが大きく身体をよろめかせた。


 その瞬間、長月さんの刀が伸びる。


 逃げようとした蛇UMAの身体を横薙ぎに捉えた。


 硬い鱗を切り裂き、蛇UMAの体は真っ二つになった。


 ズズウゥゥゥンッッ!!


 蛇UMAは動かなくなった。


「……討伐完了」


 俺は刀を消した。


 長月さんと真二が武器を収める。


 俺は蛇UMAの死体を見つめた。


(結局、俺はほとんど何もできなかった)


 長月さんの戦い方を真似した。


 刀も同じように再現した。


 それなのに、長月さんのようには戦えなかった。


 俺は長月さんへ近づいた。


「長月さん」


「何だ、一ノ瀬」


「さっきの戦い……どうしてあのUMAにあれだけ攻撃を通せたんですか?」


「鱗の硬さだけを考えていては斬れない。あの蛇は身体が丸かった。だから真正面から斬れば刃が滑る。身体の曲線に合わせて刃を入れる必要がある」


「それで刀の長さも……」


「ああ」


 長月さんは刀を見る。


「長ければいいというものではない。距離を取る必要があるなら伸ばす。懐に入るなら縮める。敵との距離、周囲の地形、相手の動き。その全てを見て、その瞬間に必要な長さを選ぶ」


「……」


「刀を止める時も同じだ。ただ力任せに止めれば次の動きが遅れる。止めるときの力を最小限に抑えるために刀身を短くする。そして、素早く次の動作へ移る」


「なるほど……」


 俺は必死に頭へ叩き込んだ。


 長月さんの言っていることは理解できる。


 でも。


「じゃあ、それを練習すれば俺も……」


「一ノ瀬」


 長月さんが俺を見る。


「お前は先ほどから、私の動きを真似ようとしていたな」


「……はい」


「それだけでは、真に力を発揮することはできないぞ」


「え?」


 長月さんは静かに言った。


「技や技術というのは、想いが形となったものだ」


「想いが……形に?」


「そうだ」


 長月さんは刀を見つめる。


「それを継承するということは、想いを継承するということだ」


「……」


「技だけを真似ても、その技が生まれた理由までは手に入らない。動きを覚えても、その動きを選ぶ人間と同じになるわけではない」


 俺は黙って聞いていた。


「真に力を発揮したいのなら、その人が何を想いそうするのかを知る必要がある」


「じゃあ……その人の想いを知れば、同じように戦えるんですか?」


 長月さんは少しだけ考えるように間を置いた。


「それほど簡単な話ではない」


「……?」


「想いとは、表に出ているものだけではわからない」


 長月さんは俺の目を見る。


「人が何を考えているのか。それを本当に理解するのは難しいぞ、一ノ瀬。それでも、知ろうとすることが大切だ」


 その言葉が、妙に胸へ残った。


 俺は今まで、武器を再現して、動きを真似して、その人と同じように戦おうとしていた。


 でも、それだけでは、その人が積み重ねてきたものを受け継いだことにはならない。


「……想いを、知る……」


 俺は小さく呟いた。


 その横で、真二が斧槍を肩に担いだ。


「難しい話になってきたな」


「真二は分かってないだろ」


「なんでだよ!」


「いや、だってさっき――」


「俺はちゃんと聞いてたって!」


 真二が不満そうに言う。


 思わず笑ってしまった。


 長月さんも小さく笑う。


 山の中を風が抜ける。


 木々が揺れ、葉が擦れる音が響いた。


 俺は自分の手を見る。


(まだ何も分かっていない。長月さんの技術も、長月さんの想いも。それでも……)


 今日初めて、俺は「継承」という言葉の意味を、ほんの少しだけ理解した気がした。


 技を受け継ぐ。


 武器を受け継ぐ。


 それだけじゃない。


 その奥にあるものまで、受け継ぐ。


 ――でも。


(それはいったい、どうすればできるんだろう)


 俺には、まだ分からなかった。


「難しいことは後にして、いったん帰還しようぜっ!」


「そうだね」


 蛇UMAの討伐を完了して、俺たち長月班はガイアへと帰還した。



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