5.ガイアの戦士たち
如月さんが重厚な鉄のレバーを押し下げ、巨大な防音扉がゆっくりと開かれた——。
その瞬間、凄まじい爆音と金属音が、文字通り鼓膜を突き破らんばかりの勢いで大広間に響き渡った。
「っ……!?」
あまりの音圧に、俺は思わず両耳を両手で塞ぎ、その場に立ち尽くした。
目の前に広がっていたのは、学校の体育館が何十個もすっぽり収まるほどの、果てしなく広大な地下空間。そこは、さながら本物の「戦場」だった。
ざっと数えても10人くらいだろうか。人それぞれ違う色のスーツを着た大人たちが、人間離れした速度で縦横無尽に駆け回り、数人のチームで息を呑むような激しい連携攻撃を繰り出している。
圧倒的な光景に目を奪われるなか、一際異彩を放ち、俺の視線を強く惹きつけた存在が4人いた。
まず目を引いたのは、自分の身長を遥かに超える——2メートルは優にあるだろう巨大な刀を、まるで己の体の一部であるかのように自在にぶん回す天色の長髪の女性。
そしてそのすぐ側で、流れるような素早い身のこなしから、両手の双剣を火花と共に閃かせる小柄な女性。
(女の人も、こんな最前線で戦うんだな……)
如月さんの存在があったから女性が組織にいること自体は分かっていたけれど、あんな凶悪な近接武器を平然と操って戦う姿を目の当たりにして、俺のなかの常識がまた一つ音を立てて崩れていく。
そして3人目は、ひと際大きな存在感を放つ、肌黒でスキンヘッドのガッシリとした大男だった。
男の右手には、その巨体すら小さく見せるほどの、肉厚で巨大な大剣が握られている。その質量は、見ているだけで背筋が寒くなるほどだ。
訓練の様子を遠目で見つめていた俺と如月さんに気づいたのだろう。そのスキンヘッドの男は、巨大な大剣を豪快に右肩へと担ぎ上げ、ドスドスと地響きを立てながらこちらへ向かって歩いてきた。
「如月さん、どうしたんだ? 今日は出動命令が出てて、合同訓練は不参加だったはずじゃねえのか?」
地鳴りのような、凄まじく貫禄のある低い声だった。
如月さんがいつもの軽い調子で手を振る。
「うん、ちょっとねー! 新しく仲間に加わった一ノ瀬タクマくんに、施設を案内してここへ連れてきたんだよー!」
男の鋭い視線が、如月さんの背後に隠れるようにしていた俺へと移った。思わず身体が強張る。
「そうか。——俺は五十嵐大和だ。まだ何も分からねえだろうが、困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺に分かることなら、何でも教えてやるぜ!」
五十嵐さんは、見た目のいかつさに反して、ガハハと豪快に笑ってみせた。そう言うと、グッと胸を張り、左手で自らの胸板をドンと叩いて自慢げなポーズを取る。
「ほんとー!? それなら、私の代わりに他の施設の案内とか、メンバーの紹介とか代わってもらえないかなー?」
如月さんがこれ幸いと目を輝かせながら甘えた声を出すと、五十嵐さんは一転して、少し呆れたような顔になった。
「いや、如月さん。いくら何でも自分の仕事を他人に丸投げするのは良くねえな。それに一応、俺は今、合同訓練の真っ最中だからな?」
「……よく分かっているじゃないか、五十嵐。今は訓練中だ。さっさと持ち場に戻れ」
その瞬間、背筋が凍りつくような、冷たく凛とした声がすぐ間近で響いた。
声の主は、五十嵐さんのすぐ真後ろに立っていた。あの2メートル近い長刀を肩に預けた、冷徹な瞳の女性だ。
「ひっ、は、はい! 今すぐ訓練に戻ります!!」
さっきまで堂々としていた五十嵐さんの顔が、一瞬で引きつり、強張る。彼は直立不動で敬礼すると、まるで怯える子供のように、慌てて元いた訓練場所へと走って戻っていった。
長刀の女性は、こちらを一度も振り返ることなく、五十嵐さんの後を追うように静かに歩き去っていく。
「は、はは……悪いな、如月さん。そういうことなんで、俺はもう戻らないと。それじゃあな、坊主!」
遠くから五十嵐さんが申し訳なさそうに手を振るのが見えた。
(見た目はちょっとおっかないおっさんだったけど、頼り甲斐がありそうで結構明るい人だったな……。にしても、さっきの女の人、一体いつから五十嵐さんの後ろにいたんだろ……?)
足音どころか、風を切る音さえ一切しなかった。声を聞くその瞬間まで、俺の五感は、彼女の気配を1ミリも察知することができなかったのだ。
その底知れない「強さ」の片鱗に、俺はただただ息を呑むことしかできなかった。
「タクマくんもここでの暮らしに慣れてきたら、本格的にあのなかに混ざって訓練に参加してもらうことになるからね! 細かい説明はその時にまた。さっ、みんなの訓練の邪魔になっちゃ悪いし、もう出ようか」
如月さんに促され、俺たちは凄まじい爆音が響き渡る合同訓練場を後にして、静かな広間へと戻ってきた。
「これで施設の案内は以上だよ。細かい場所はまた必要になった時にその都度説明するね。——で、最後にタクマくんの部屋なんだけど、今日からはここを使ってね」
如月さんが指さしたのは、無機質なスチールの扉だった。
「みんなそれぞれ個人の自室が割り当てられてるんだよ。ちなみに、私の部屋はすぐそこのココね! 何か困ったことや夜中に寂しくなったりしたら、いつでも言ってね。……今日はタクマくんにとって、色々と目まぐるしくて忙しい1日だったと思う。まずはゆっくり休んでね。それじゃあ、また明日!」
如月さんはいつもの気楽な笑顔でひらひらと手を振ると、自分の部屋へと戻っていった。
(……俺も、部屋に行って休むか)
割り当てられた自室のドアを開け、なかに入る。必要最低限の家具だけが揃った簡素な部屋だったが、今の俺には十分にありがたかった。
ベッドの端に腰を下ろし、静まり返った暗闇のなかで一人、今日という1日を振り返る。
目を閉じると、真っ先にあの虎の化け物に襲われた瞬間の凄惨な光景が頭を過った。
(俺の人生、たった1日で一気に変わっちまったな……。まさかこんな理不尽な目に遭うなんて、本当にツイてねえよ)
脳裏に浮かぶ、人間を引き裂いてケラケラと笑っていた化け物の顔。その圧倒的な恐怖が蘇り、昼間に決めたはずの覚悟が、一瞬だけ脆く揺らぎそうになる。
だけど——その恐怖を塗りつぶすように、最期まで俺の手を握り、命懸けで庇ってくれた父さんと母さんの姿が浮かんできた。二人がくれた時間が、今、俺をここに生かしている。
弱気になりかけた自分の頬を、両手で強く叩いた。
(いや、違う。俺はもう、絶対に逃げない。今度は俺が、守れる側の人間になるんだ。父さんと母さんが、俺にしてくれたように。……戦う力は、ここで身につければいい。戦う心は、もう二人が俺に遺してくれた。今度は、俺が誰かを守る番なんだ)
自分に強く言い聞かせるように、胸の内で誓いを立てる。
張り詰めていた緊張状態が解けたせいか、どっと押し寄せてきた強烈な睡魔に抗えず、俺は制服のままベッドに倒れ込み、深い眠りへと落ちていった。
次の朝
「うーん……。……あれ? ここ、どこだ……?」
見慣れない白い天井に寝ぼけた声をあげる。数秒遅れて、昨日起きたすべての出来事が頭のなかに雪崩れ込んできた。
「……そうか。俺、化け物に襲われて、家族を失って、ガイアって組織に連れてこられたんだ」
ぽつりと呟き、自分の置かれている過酷な現実をもう一度確認する。
重い身体を起こし、昨日案内された食堂へと向かった。24時間いつでも利用できるという言葉通り、厨房には温かい食事が用意されており、俺はそれを静かに平らげた。
食後、これから具体的に何をしていけば良いのか分からず、とりあえず一度自室へと戻る。洗面台で冷たい水で顔を洗い、歯を磨いてから、支給されていた服に着替えながら今後のことを考えた。
「まずは訓練、って話だったな。やっぱりみんな、それぞれ自分に合った専用武器を選んで戦ってるのかな」
気配を殺してたあの女性の長刀や、五十嵐さんのあの大剣を思い出す。
まだ何ひとつ武器を持っていない俺は、一体どんな武器を選べばいいんだろうか。
「そういえば……昨日、合同訓練を遠くから見ていた時、もう一人気になった人が……一人だけ、何も武器を持たずに素手で動いてる人がいたな。あれは一体、何だったんだろう」
太い鎖を巻いた人や、ノコギリ持った人に大剣の五十嵐さんのなかで、完全に手ぶらで動いていた謎の人物。
武器を持たない戦い方なんてあるのだろうか——そんな疑問が頭を過った、まさにその時だった。
コン、コン
と俺の部屋の扉を叩く、小気味よいノックの音が静かな部屋に響き渡った。




