4. UMA討伐組織——そこはガイアと呼ばれていた
俺が喉を引き裂くようにして告げた決意。
大広間に残響が消えたあとも、しばらくの間、重苦しい沈黙が周囲の空気を支配していた。
やがて、三神隊長がゆっくりと口を開いた。
「そうか。それだけの覚悟があれば問題ない。――一ノ瀬タクマ、今日この時をもってお前は死ぬ」
(……は?)
あまりにも唐突な死亡宣言に、俺の思考が完全にフリーズした。
「え? 死ぬ? ……なんで!? 俺、さっき戦うって言いましたよね!?」
パニックになる俺を見て、三神隊長は至って冷静に言葉を補足した。
「まあ落ち着け。死ぬと言っても、戸籍上の話だ。お前はこれから、この『ガイア』に身を置くこととなる。世間的には死亡扱いにしておいた方が、色々と都合がいいんだ。ここへ向かう途中、如月に必要書類の手続きはすべて済ませておいてもらった。お前はもう、日本の戸籍上、既に死んでいる」
あの飛空船のなかで行われた事情聴取。如月さんがせわしなく端末を叩いていたのは、俺の死亡登録を済ませるためだったらしい。
「真顔でサラッと、とんでもないこと言わないでくださいよ……!」
本当に命を奪われるわけではないと分かってホッとする反面、あまりの無茶苦茶さに呆れと不満が口をついて出た。
すると、三神隊長の口元が少しだけ柔らかく微笑んだ。彼は大きな手を俺の方へと真っ直ぐに伸ばす。
「改めて一ノ瀬、ようこそガイアへ。我々と共に、すべてのUMAを駆逐しよう」
その手を、俺は強く握り返した。
(そうだ、俺はあの化け物……UMAと戦うことを自分の意志で決めたんだ。ここで強くなって、化け物を全員ぶっ倒して、自分の人生を取り戻してやる……!)
「それじゃあ! ひとまずガイアについての詳しい説明と、施設の案内をしないとですねー。これから一緒に戦うわけですし、メンバーの紹介も必要でしょ?」
相変わらず緊張感のない如月さんの声だったが、その表情は真面目だった。
「それもそうだな。だが、メンバーの紹介は明日以降でいいだろう。他にも出撃している者がいる。如月、後は頼んだぞ。俺は破損した武器の修理を依頼してくる」
三神隊長は、あの虎型UMAの牙によって無惨にへし折られた片手剣を手に取り、部屋を出る支度を始める。
「うわっ、隊長ずっるーい! そんなの私に押し付けて自分だけ逃げる気ですか! チェンジ、チェーンジ!」
「バカ言え、実際に武器を振り回すのは俺だ。俺の身体に合わせて細かく調整する必要があるんだよ」
三神隊長はそれだけ言い残すと、さっさと大広間を後にした。
「ちぇー、貧乏くじばっかり。はぁ……仕方ない。如月先生が、ガイアについてしっかりお勉強させてあげましょーう!」
如月さんはわざとらしくため息を吐きながらも、俺に向き直って説明を始めてくれた。
「はい、じゃあまずはガイアができたキッカケからね。数年前、最初に現れたUMAを軍隊が全力で討伐しようとしたんだけど、結局仕留めきれずに逃げられちゃったんだよね。それで、国が対UMA専用の討伐組織として『ガイア』を設立したの。実は、三神隊長と私はその時に最前線で戦った元軍人なんだー。他にも何人か生き残りがいるけど、紹介はまた今度ね」
今まで何事もなく、普通に平和に暮らしてきた俺にとって、彼女の口から出る言葉はまるでファンタジー映画の設定を聞いているようだった。
「ここに来るまでにも少し話したけど、討伐部隊には全部で3つの小隊があるんだよ。扱う武器のサイズによって、間合いの取り方や戦い方、武器の取り回しとか役割が全然違うのね。メンバー同士でアドバイスし合ったり、技術を磨いたりするのに効率が良いから3つに分かれてるの。タクマくんも、まずは自分が使いたい武器を決めて、あとはそれを使いこなせるようにひたすら訓練していくって感じ!」
まだ専用の武器なんて何一つ決まっていない俺は、とりあえず自分に合った戦い方を見つけるところからスタートするらしい。
「まあ、ざっとこんなところかな! あんまり細かいことは気にしなくて大丈夫。こういう武器作ってー!って技術班に頼んで、それが届いたらひたすら使いこなせるように練習して、あとはガンガンUMAを倒せばいいだけさ!」
(この人、ちょっと楽観的すぎる気がしなくもないけど……。でも、今の俺にはこのくらい気楽に言ってくれた方が、心が救われるな)
「そんじゃー、ガイアのなかを案内するよ! しっかりついてきてね」
如月さんに手招きされ、俺は物々しい通路を歩きながら施設内の案内をしてもらうことになった。
最初に連れてこられたのは、広大なスペースだった。
「最初はやっぱここでしょ! じゃじゃーん、食堂でーす。お腹が空いてたら化け物とは戦えないからね!」
国が設立した組織の予算規模のせいか、メニューの種類が豊富で、日本の一般的な学食や社食よりもはるかに広い。時間がない時でも片手でかき込めるような軽食までずらりと揃っている。
空腹のタイミングで緊急出動がかかっても、最低限のエネルギー補給ができるよう徹底的に計算されているのだろう。
食堂は24時間いつでも利用できるらしく、今も数人の隊員らしき大人たちがまばらに席に座っていた。
俺が珍しそうに並ぶ品物を見て回っていると、横から一人の男が声をかけてきた。
「あれ? 如月さん? 出撃前にがっつり飯食ってたのに、帰還してまた食うんすか? 相変わらずよく食べますねえ」
二十歳前後の、細身でやたらと背の高い男だった。
ちょっと小馬鹿にしたようにニヤニヤと笑うその男を、如月さんがジト目で睨みつける。
「あー! すぐそうやって人のこと大食い扱いするー! 私だっていつもいつも食い意地張ってるわけじゃないんだからね! 今回は新入りの一ノ瀬くんに施設の案内をして、ここに連れてきただけだもんねー!」
「あ……どうも、一ノ瀬タクマっていいます」
俺が慌てて頭を下げると、男の表情から茶化すような色が消え、親しみやすい笑みが浮かんだ。
「そっか、よろしくな。俺は十和田真二。ここには俺の兄貴もいるから、お前の好きに『真二』って呼んでくれ」
「お兄さんも、ここにいるんですか?」
「ああ。その……家族で旅行に出かける途中で、あの化け物に襲われてな。生き残ったのは……俺と兄貴だけなんだ」
真二は少しだけ視線を落とし、言葉を詰まらせた。
その言葉が、俺の胸に痛烈に突き刺さる。
「す、すみません。そんなこと、いきなり聞いちゃって……」
「いいって、気にするなよ。ここにいる連中は、化け物に大切なものを奪われた奴らばかりだから、そんなの珍しくもねえよ。それと、同世代なんだし敬語はなんか固っ苦しいからナシな」
真二は気まずさを誤魔化すようにフランクに笑ってみせた。彼も、俺と同じ痛みを抱えてここで戦っているんだ。
「真二くんは、これからお昼ご飯ー?」
如月さんが会話を繋ぐ。
「そうっす。さっき午前の訓練を終えたところで、今から飯っす。兄貴の真一は先にシャワー浴びるって言って別れました」
「そっかそっか! 訓練終わりの貴重なご飯の時間を邪魔しちゃ悪いね~。それじゃ真二くん、また後でね。私はタクマくんの案内を続けるよ」
「お疲れっすー」
ひらひらと手を振る真二に頭を下げ、俺たちは食堂を後にした。
「次はシャワー室に行こうか。タイミングが良ければ、真二くんのお兄さんの真一くんに会えるかもね」
「はぁ。……あの、訓練の時間とかって、きっちり決まってるんですか?」
歩きながら気になったことを尋ねると、如月さんは指を一本立てて教えてくれた。
「仲間との連携をメインにした『合同訓練』は時間がバシッと決まってるよ。だけど、個人の訓練に関しては基本的には自由! 合同訓練の時間さえ守れば、いつご飯を食べてもいいし、いつシャワーを浴びてもいい。もちろん、UMAの目撃情報や通報があれば、最優先でスクランブル出撃しなきゃいけないけどね! 毎日コツコツやる派もいれば、数日間猛訓練して数日ガッツリ休むってルーティンを作ってる人もいて、本当に人それぞれだよ」
へえ、と頷く俺に、如月さんはさらに現実的なシステムを補足する。
「ただ、全員が同じルーティンにしちゃうと、いざ敵が出た時に出撃できる人が誰もいない!なんて大惨事になっちゃうでしょ? だから、自分でルーティンを決めたら、スケジュールに問題がないか組織が判断するために『予定表』を提出してもらうルールになってるんだ」
「なるほど、確かにそうですね……。どれだけ訓練が大事でも、本番に出撃できなかったら本末転倒ですもんね」
ただの隔離施設だと思っていたけれど、ここは化け物を狩るための「プロの合理的な組織」なのだと、話を聞くたびに実感させられる。
通路のあちこちにあるセキュリティゲートを抜け、やがて、湯気の匂いが漂うシャワー室らしき場所の前へと辿り着いた。
「さっ、着いたよ! ここがシャワー室。見ればわかると思うけど、こっちが女子で、そっちが男子ね。基本的には訓練が終わった後や、作戦から帰還した後に利用することがほとんどかな。中は脱衣所で、その奥がシャワー室になってるの。左右にずらりとシャワーヘッドが並んでて、なかなかの絶景だよ!」
(シャワー室が絶景って、どんな空間だよ……)
如月さんの独特すぎる感性に心の中でそっと突っ込みを入れた、その時だった。
男子シャワー室のドアが開き、中から一人の男が髪を拭いながら出てきた。
細身だが引き締まった長身。少し長めの黒髪に、切れ上がった細い目。お世辞にも優しそうとは言えない、どこか近づきがたい悪そうな顔つきの男だった。
「ん……? なんだ、このガキ……。まだ学生じゃねえかよ」
男は不機嫌さを隠そうともしない、低く刺々しい声で俺を睨みつけてきた。如月さんが慌てて俺の前に一歩踏み出し、間に入る。
「この子は一ノ瀬タクマくん。今日からうちで一緒に戦う仲間だよ。タクマくん、この人は十和田真一くん。さっき食堂で会った真二くんのお兄さんだよ。ちょっと見た目は怖いけど、すごく頼りになる人だから!」
「おいカレン。お前らは、こんなガキまで戦場に立たせるつもりかよ」
真一さんは如月さんを鋭い眼光で射抜き、吐き捨てるように言った。
「ちょっと、言い方に気をつけてよ真一くん! 言いたいことは分かるけど、覚悟を決めてここに残ると選んだ人は、子供だろうと立派な戦士だよ。むしろガキ扱いは失礼でしょ!」
「けっ。そりゃ、あんたら軍人上がりの理屈だろーがよ」
目の前で始まった激しい口論に、俺はすっかり気まずくなり、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった。真一さんから放たれる威圧感がやけに強く、じわじわと恐怖が背中を侵食していく。
真一さんは不快そうに舌打ちをすると、最後に冷徹な視線を俺へと戻した。
「……俺たちと一緒に戦うってんなら、足だけは引っ張るなよ、ガキ。これは遊びじゃねえ。いつ誰が死んでもおかしくねえ、命懸けの戦いだ」
それだけを冷たく言い残し、彼は俺の肩を強く小突くようにして、通路の奥へと去っていった。
「うわあ、なんかごめんねタクマくん。君はなーんにも悪いことしてないのにね。今度またあんな風に突っかかってきたら、私が背後からぶん殴ってやるからさ。それで許して!」
如月さんは悪びれずに笑っていたけれど、俺の内心の不安は募るばかりだった。
(大丈夫なんだろうな、この人たち……。戦場でもこんな風に喧嘩したりしないよな。これから先、本当にやっていけるんだろうか……)
命懸けで戦っているプロの組織のはずなのに、まるで放課後の部活動のような危うい人間関係を目の当たりにして、UMAと戦うのだという緊張感が少しだけ削がれていくのを感じていた。
「まあ、シャワー室も食堂も、ある程度の使い方は分かったでしょ! 習うより慣れろ、使いながら覚えていけばいいよ。――それじゃあ最後は、この施設で一番大事な『訓練場』へ案内するね!」
ふたたび歩き出した如月さんの後ろを追いながら、俺はさらにガイアのルールについて耳を傾けた。
「個人訓練は基本的には本人に一任されてるから、日時がカチッと決められてるのは、みんなが集まる『合同訓練』だけだね。タクマくんは今日来たばかりだから、しばらくは私とマンツーマンで基礎訓練になるかな。だから、個人用の施設はまた必要になった時に説明するよ」
そんな会話をしながら進んでいくと、通路の先は地下へと続く長い長い階段になっていた。ひんやりとした空気が足元から吹き上げてくる。
「これから向かう合同訓練場はね、本格的に誰がどう攻めるかとか、前衛と後衛の連携を練習する、実践形式の訓練を行う場所なんだ。本物の武器を使用して訓練するから、衝撃や音もすっごく大きいの。だから、外の世界に絶対にバレないように、さらに深い地下に作られてるんだよ」
一段、また一段と、俺たちは世界の裏側へと降りていく。薄暗い階段を降りきった先には、周囲の壁とは明らかに頑丈さが違う、巨大な鋼鉄の防音扉が厳重にそびえ立っていた。
「さあ、ここだよ」 如月さんが振り返り、不敵に微笑む。
彼女が扉の重厚なレバーに手をかけ、ゆっくりと、その重い扉を押し開いた――。




