43.悲しみを乗り越えて
死体処理部隊がてきぱきとUMAの死体を回収していく。影浦さんは特に指示を出してはいなかった。誰が指示を出しているのか不思議に思い辺りを見回すと、一人の年配の男性を見つける。
(あの人が指示を出しているのか。ということはあの日は死体処理部隊の副隊長とかなのかな?)
俺がその様子を眺めていると三神隊長が教えてくれた。
「彼は死体処理部隊の副隊長で十条三弦さんだ」
聞き覚えのある苗字だ。まさかとは思ったが三神隊長の顔を見て確信した。死体処理部隊の副隊長十条三弦さんは、あの十条さんの父親だ。
「彼は十条琴音の父親だ。現場指揮は影浦さんではなくほとんど彼が行っている。影浦さんは技術者としても多忙だからな。影浦さんの思想を彼が受け継ぎ現場指揮のほとんどを彼が行う。それが死体処理部隊だ」
(組織としてのトップは影浦さんだが、現場では実質十条さんがトップなのか)
俺は討伐部隊の十条さんのさっきの言動を思い出していた。なぜあんなに人を拒絶するのか、この人なら知っているのだろうか。だがすぐに、人の過去を詮索するのはやめようと思い、十条さんのことを聞くのはやめた。
そんなことを考えながら十条三弦さんの仕事ぶりを眺めていたら、死体処理部隊隊員が慌てた様子で十条さんに報告する姿を目撃した。
「副隊長!大変です、UMAの死体が溶けていって消えてなくなっていってます。原因は分かりません」
盗み聞きをするつもりはなかったが、不穏なやり取りが聞こえてきた。
「何!?どういうことだ、案内しろ」
現場へと赴き状況を確認する。俺も気になって邪魔にならないように遠くから様子を見ることにした。
「確かに溶けてなくなっていってるな。しかし、一体どうやって。何が起きているんだ」
三神隊長も不審に思ったのか現場を確認しに来た。
「このUMAたちはサソリ型に作られた人工UMAです。もしかしたらそれが関係しているのかもしれません」
「なら、サソリ型UMAなら同じ現象は起きていないはずだな。そっちも確認しよう」
十条さんはすぐに三神隊長の意見から次の現場を確認する。
(隊長副隊長ともなるとこれくらい普通にできてしまうのだろうか?)
俺だったらそんなにすぐに判断できない。隊長副隊長はやはり優秀なようだ。
そして俺も現場の確認についていく。
「おかしいぞ、サソリ型の体も溶けていってる。何か別の要因があって溶けている」
十条副隊長も三神隊長も手詰まりになったようだ。俺はここで見聞きしたことを思い返した。そして一つだけ心当たりのあるものがあった。最初に感じた異様な存在を思い出した。
「一つだけ思い当たることがあります。サソリ型が姿を現した時に感じた、圧倒的な存在感を放っていた繭があったんです。近づいてはいけないような恐怖を感じました」
「繭って、ここにぶら下がっている繭か?何も感じないが」
三神隊長が訝しげな顔で言う。
「しかし、その禍々しい存在感を放つ何かは俺も感じた。俺はそれがサソリ型の放つものだと思っていたが、この繭なのか?」
洞窟の高台にある玉座に座るサソリ型と、その背後に吊るされている繭の位置関係から、下から見上げた隊長からは繭までは見えておらず、サソリ型の放つオーラだと思ったのだろう。
「はい、間違いありません。サソリ型からではなくこの繭から感じました。それに、最初に見たときは繭が脈を打っていて、黒い瘴気が渦巻くように何かが繭の中で混ざり合っているのを見ました」
「そうか、それが本当ならこの繭のほうが危険かもしれんな。あれ程の禍々しさを放っていたのに、今はただの大きな繭だ。調べる必要があるな」
俺たちが話を続けていると、十条副隊長が奇妙な発言をした。
「おい、この繭大きくなっているぞ」
「え?」
俺と三神隊長は繭を見やる。俺たちは目を離していたため、さっきより大きくなったかどうかは判断できなかった。ずっと観察していた十条副隊長曰く、繭が大きくなっているようだ。
三神隊長は自分の目で確認するため、しばらく目を凝らして繭を観察する。俺も周囲のUMAの死体と繭を交互に見て観察していた。
すると、さっきまで人ひとりが入る程度だった繭は、確かに一回りほど膨らんでいた。
表面は生き物の皮膚のようにわずかに脈打ち、内側から何かが押し返してくるようにゆっくりと波打っている。
その直後だった。
足元に転がっていたUMAの死体から、白く霞んだ粒子のようなものがふわりと浮かび上がる。
「……あれは?」
粒子は空気中へ散ることなく、一本の細い糸のように繭へと吸い寄せられていく。
それだけではない。
周囲に転がる他のUMAの死体からも、次々と同じ現象が起こり始めた。
無数の白い流れが一本、また一本と繭へ集まり、そのたびに繭は鼓動するように脈を打つ。
ドクンッ。
ドクンッ。
まるで生き物が呼吸を始めたかのようだった。
そして、脈動が収まる頃には、繭はさっきよりもさらにわずかに膨らんでいた。
「……本当に、大きくなっている。」
三神隊長も確認したようだ。俺と三神隊長は息をのむ。
この繭は、UMAの死体から何かを吸い上げ、それを糧に成長しているみたいだった。
「俺はさっき現場に着いたばかりだから、この繭のことはほとんど何も知らない。ガイアの研究室に持ち帰って調べる必要があるな。危険性の有無もわからんし、ここで処分するのはリスクだ」
(確かに、どんな危険な生物かもわからないまま処分するのは危険だ。毒をまき散らしたり、繭が破壊されたことで強制的に羽化して、恐ろしいUMAが誕生するかもしれない)
サソリ型との戦闘直後で疲弊しきった状態、討伐メンバーも俺と三神さんと真二と弾切れの如月さんしかいない。今戦闘するのはあまりにも危険だった。それに、あの禍々しさはサソリ型が本気を出した時と比べ物にならないものだった。
(サソリ型以上の脅威の存在を、このコンディションでこの人数で討伐できるとは思えない)
誰が考えても同じ意見だろう。三神隊長も情報が何もない禍々しいオーラを放った繭を放置することはできない。かといって今ここで処理する選択も危険すぎて取れない。
「この繭はガイアへ持ち帰る。研究施設で調べてから今後の方針を決めよう」
三神隊長が吊るされた繭を、天井から切り離して繭を回収する。
「それじゃあ俺たちは引き続き残っているUMAの死体を回収する」
十条副隊長は隊員たちに指示を飛ばす。三神隊長は繭を抱えて飛空船へと乗り込んだ。俺も三神隊長と共に帰還する。
帰還後、研究室へ繭を預けた。
研究員の人たちが繭を調べることになった。数日は調べる必要があるようだ。
俺は帰還した後、広間で真一さんとの思い出を思い返していた。
はじめは冷たい態度できつい言い方で怖い印象を持った。だけど、訓練を共にするようになり、戦場で共に戦うようになって徐々にわかっていった。
不器用だけど仲間想いで、素直じゃないけど努力を認めてくれる人だった。戦い方、戦うための技術、戦うための心構えを教えてくれた人。そして、言葉ではなくそれを背中で見せてくれた人。
「最後は俺のこと、名前で呼んでくれたな…………」
また悲しくなってきてしまった。いつまでも悲しみを引きずってはいられない。俺は自室へ戻ることにした。途中でブリーフィングルームの前を通った時、中に三神隊長の姿を見た。
(一人で何をしているんだろう?)
気になった俺は部屋へ入ろうとしたその時だった。
三神隊長がデスクを強く叩く音が聞こえた。
「真一、すまない。俺はお前を犠牲にしてしまった…………隊長失格だな。桜木さんなら、もっと上手くやれたのだろうか」
三神隊長も真一さんの死を悼んでいるんだ。指揮官として隊長として指示した結果、真一さんが亡くなった。三神隊長は俺とは違ってその立場での苦しみもあるのだろう。悲しみだけではない、自分のせいで仲間が死んでしまったことに責任を感じているんだ。
(そっとしておこう。今入って声をかけるべきじゃない)
俺はそっとブリーフィングルームを後にして自室へ向かった。自室で一人になり落ち着きを取り戻していった。
(さっき三神隊長は桜木さんの名前を口にしていたな。普段は呼び捨てなのに『桜木さん』って言ってた。桜木さんって三神隊長の元上官なのかな?だとしたら、桜木さんって元軍人!?)
あの見た目からは想像もつかない、桜木さんが軍人ということに俺は驚いた。しかし、確定した情報ではないため、俺の思い過ごしかもしれない。でも、三神隊長にとっては桜木さんが特別な存在であることは事実だ。あの三神隊長が悔やんで、比較として桜木さんの名を口にしたのだ。
(桜木さんっていったい何者なんだろう?)
俺は落ち着きを取り戻せたものの、あれこれ考えてしまって落ち着けなくなったため、自室を出て一人ぶらぶらと施設内を歩くことにした。
しばらく歩いていると
「タクマじゃねーか、こんなところでどうしたんだよ」
真二とばったり会った。
「あぁ、真二。なんか落ち着かなくてさ、ぶらぶら歩いてたところなんだ」
「そっか、タクマもか。実は俺も落ち着かなくてさ………」
俺は真一さんを失った悲しさで自分のことしか考えていなかった。
(真一さんを失って一番辛いのは真二じゃないのか)
やっと冷静に考えられるようになり、弟である真二が一番辛いはずだと気づいた。一緒にいた時間が一番長いのは、俺よりも三神隊長よりも誰よりも真二だ。家族である真二が一番辛いはずなのに俺は、まるで自分だけが辛いみたいに悲しんでいた。
「真二、ごめん。真二が一番つらいはずなのに、俺子供みたいに自分だけが辛いと思い込んでただ泣いてただけだった」
「何言ってんだよタクマ!子供みたいにって、お前まだ子供だろ」
真二は笑ってそう言った。無理をして笑っているのだろうか、そんなことを考えてしまう。
「ありがとなタクマ。俺も辛かったけど、タクマがあんなふうに泣いて悲しんでくれたおかげで、俺は冷静でいられた。俺がしっかりしなくちゃ!って思えたんだ」
真二が静かにそう語った。そして、続けてこう言った。
「それに、兄貴の死をあんなに悲しんでくれて俺嬉しかったんだ。兄貴がこんなに慕われてたんだとわかってさ。ほら、兄貴あんなだからよく誤解されるんだよ。本当は優しいのにさ、態度は冷たいし口が悪いしおまけに目つきまで悪いから、怖がられたり避けられたりするんだ。そんな兄貴がタクマにあんなに慕われてたのがわかって俺…………スゲー嬉しかった」
気づくと真二の目には涙が浮かんでいた。静かにその雫が落ちていく。真二は拭いながら続けた。
「兄貴のことを本当に分かってくれる人に会えて、兄貴は嬉しかったんじゃないかなって。そう思うと、兄貴が死んで悲しいのもあるけど、俺は嬉しいよ。でも、もう三人で過ごせないと思うと悲しい。俺悲しいよタクマーーッ!!」
今までのように静かに涙を流さず、真二は大声でむせび泣いた。真二もずっと感情を抑え込んで溜め込んでいたのだろう。やっと感情を表に出せるタイミングが来たのだ。俺が暴走した挙句、戦闘も続いた。やっと倒したと思ったら俺が泣き叫ぶ始末。やっと真二が大声で泣くことができる状況に落ち着いたのだ。
(真二、ごめんな。俺のせいで辛い思いをさせちゃって。やっと素直に泣けるね)
俺は真二に胸を貸し、真二は泣き続けた。真二の涙が真一さんへの想いの強さを物語っていた。
真二の涙は止まらなかった。俺は何も言わず、その背中をそっと支え続けた。




