41.決着
息が切れる。
肺が焼けるようだった。
右腕は異形のまま脈打ち、真一さんの大鎌を握る両手にも力が入り続けている。
それでも、まだ倒れない。目の前ではサソリ型UMAが静かに立っていた。肩口は裂け、額から黒い血を流し、尻尾も途中から失われている。
それでも、その眼光だけは鈍らない。
「……本気の俺と渡り合うとはな」
サソリ型が低く笑う。
「これほどまでに追い詰められたのは初めてだ」
その言葉が終わるより早く、サソリ型が地面を蹴った。
「来る!」
真二が叫ぶ。
一瞬だった。
今までよりもさらに速い。俺は咄嗟に鎌を振る。
ガギィィィン!!
火花が散る。
受け止めた。だが重い。腕が軋む。
その隙を狙って真二が斧槍を振り抜く。
サソリ型は体を半歩だけ捻り、その刃を紙一重でかわす。
さらに俺へ蹴りを放つ。腹へ直撃した。
「ぐっ……!」
肺の空気が一気に吐き出され、岩肌を転がる。
立ち上がろうとした瞬間。
ドンッ!!
如月さんの銃声。
サソリ型が首を傾ける。弾丸は頬を掠め、岩壁へ突き刺さる。
「まだだ!」
真二が飛び込む。斧槍による連撃。サソリ型は腕で受け、蹴り返し、反撃する。
互角。いや、少しずつ押している。俺たちの連携は完成しつつある。それでも、決定打がない。
(くそっ……!)
攻撃は届く。
傷も増えている。
なのに倒れない。
なんて生命力なんだ。
「貴様らのその努力も……」
サソリ型が息を吐く。
「ここですべて消えてなくなるのだ!」
サソリ型の拳が真二を弾き飛ばす。すぐに俺が鎌を振る。サソリ型は両腕で受け止めた。
鍔迫り合い。
力が拮抗する。
その瞬間だった。
「今や!!」
聞き覚えのある声が響いた。
「!?」
サソリ型が目を見開く。
背後。
瓦礫の中から立ち上がった清乃女さんが、双剣を握り締めてこちらへ向かってくる。
「まだ終わっとらんえ!」
一瞬で間合いを詰めた。サソリ型が振り返るよりも早く。
双剣を背中へ深く突き刺した。
ザクッ!!
「がっ……!」
初めてサソリ型が苦悶の声を上げた。体勢が大きく崩れる。
「今だぁ!!」
真二が叫ぶ。
斧槍が閃く。肩口へ深々と斬り込む。
さらに。
ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!
如月さんが連射した。
両肩を撃ち抜き、さらに腹部にも命中して体勢を崩す。
ここまでの戦いで右腕のパイルバンカーは失い、左腕の分は残り一発。スピードローダーはもうない。俺は最後のパイルバンカーを構えた。
(これが最後の一撃。これで終わらせる!)
左腕を突き出して、サソリ型の腹部へ打ち込む。
ドゴォォォォン!!
サソリ型が岩壁まで吹き飛ぶ。轟音とともに岩が崩れ落ちる。
「これで仕留め損ねたら、うちはもう打つ手なしや」
全員が息を飲む。
だが、瓦礫が動いた。
「……そんな」
サソリ型が立ち上がる。
全身が傷だらけ。
片腕は震え、背中には二本の剣が突き刺さっている。
さらに、肩からは血が流れ続けている。
それでも。
立つ。
「最後に勝つのはこの俺だ……」
息を切らしながら笑う。
サソリ型の眼が、俺を捉えた。
俺は左腕を見る。もうパイルバンカーは残弾ゼロ、空だった。
「タクマくん、私もう弾切れだよ......」
プシュウゥゥゥッッッ!!
カラン!カラン!カラン!
ガシャアァン!
「......俺もです」
排莢を済ませるが、スピードローダーはなく装填もできず、もうパイルバンカーを撃つことはできない。
(真二、だいぶ息が上がってる……くそ、もう打つ手なしか)
最後の一発まで使った。それでも届かなかった。
サソリ型が歩き出す。ゆっくり、だが確実に俺へ向かってくる。
「王は倒れん。そして、貴様ら人間はここで終わる!」
俺は右腕を見る。異形の腕。真一さんの大鎌はいつの間にか消えていた。
残っていたのは、灰色へ変色した拳だけ。
(まだ、終わりじゃない)
この腕は、真一さんから受け継いだものだ。
武器だけじゃない。
覚悟も。
戦い方も。
生き方も。
全部。
俺の中にある。
「真一さん……」
自然と笑みが浮かぶ。
「見ててください」
サソリ型が笑う。
「拳か、愚かな。その程度で王を倒せると思うか」
俺は考えずにただ走った。一直線にサソリ型めがけて走る。
サソリ型も駆け出す。
「終わりだ!」
拳を振り上げる。
その動きを見たサソリ型は笑った。
「受けてやろう」
避けようとしない。王としてか、それともパンチなんて避ける必要もないと思っているのか。真正面から叩き潰すつもりのようだ。
だが、俺の拳が迫るにつれ、サソリ型の瞳が変わった。
「……!」
空気が震える。拳圧だけでサソリ型の頬が裂けていくのが見える。
「まずい!」
サソリ型は咄嗟に両腕を交差させ、防御へ切り替えた。
ベキベキ!バキボキ!メキ!
拳が激突した。サソリ型の両腕が悲鳴を上げる。骨が砕ける音。
ミシッ
バキッ!!
「なっ……!」
両腕の防御ごと砕いた。だが、まだ拳の勢いは止まらない。そのまま拳は顔面へ到達する。
「馬鹿な……!」
最後に見えたサソリ型の表情は、この戦いで初めて浮かべた、恐怖だった。
「これが——」
俺は拳に全身の力を込める。
「人の強さだぁぁぁぁぁっ!!」
ゴッッッッッ!!
ドゴォォォォォン!!
衝撃が洞窟を揺らした。サソリ型の頭部が弾け飛ぶ。胴体だけが数歩よろめき、ゆっくりと膝をつく。
そして、音を立てて崩れ落ちた。
静寂が洞窟を包んだ。誰も動かなかった。
俺は拳を下ろし、荒く息を吐く。
灰色に変色した右腕を見つめる。
その拳には、まだ真一さんの温もりが残っている気がした。
(……勝ちましたよ、真一さん)
心の中で、静かにそう呟いた。




