40.眷属開放
サソリ型UMAはその様子を静かに見ていた。
「終わったか」
ゆっくり立ち上がる。
「実に愉快な演目だった」
両腕を広げる。
「人間とは実に脆い。仲間を失えば立てなくなる。感情に支配され、自ら滅ぶ」
口元が歪む。
「だからこそ支配しやすい」
「黙れ」
真二が睨む。震えている。
怒りか。
悲しみか。
その両方か。
「黙れよ……!」
斧槍を握る手に力が入る。
サソリ型は笑う。
「まだ理解できんか。弱いから失う。弱いから死ぬ。弱いから泣く。それが人間だ。」
俺はゆっくり立ち上がった。
右腕を握る。異形の拳。
しかし、さっきとは違う。暴走しているわけじゃない。自分の意思で動いている。
痛みもある。
恐怖もある。
でも、もう逃げない。
これは、この右腕は呪いなんかじゃない。真一さんから受け継いだ想いと共に戦うための力だ。
「俺は、弱さから逃げない。真一さんは俺たちに未来を託した。俺はその想いを無駄にしない」
サソリ型が鼻で笑う。
「想い」
「死者は何も残さん。残るのは死体だけだ」
「違う」
二人が同時に答えた。
「残る」
「残るんだ」
真二が一歩踏み出す。
「兄貴は俺の中にいる。」
俺も踏み出す。
「真一さんは俺の中にもいる。」
サソリ型は理解できないという表情を浮かべる。
「愚かな。死んだ者に縋るか」
俺は首を振った。
「縋るんじゃない。受け継ぐんだ」
その言葉と同時に、右腕のUMA細胞が静かに脈動した。まるで応えるように。真二はその腕を見る。
「……行こう、真二」
短い一言。
それだけで十分だった。
二人とも。
まだ悲しい。
まだ苦しい。
今にも泣きそうだった。
それでも、隣には仲間がいる。
一人じゃない。
だから歩ける。
「如月さん。」
「うん」
如月さんがライフルを構える。
「そろそろ決着をつけようかー!」
普段の明るい如月さんの声。その声を合図に三人が同時に駆け出した。サソリ型UMAも静かに身構える。
如月さんは何発も発砲しながら駆け抜ける。
先に動いたのは真二。低く滑り込むように踏み込み、斧槍を薙ぐ。サソリ型は片腕で受け流す。
その瞬間、反対側からすぐに飛び込んだ。俺は異形となった右拳を振り抜く。
サソリ型は尻尾で迎撃する。
ガアァァァーーンッッッ!!
激突。鈍い衝撃音が洞窟に響いた。
(見える。)
尻尾の軌道。
速度。
重心。
全部見えている。
そこへ、乾いた銃声が鳴り響いた。如月さんの弾丸。
サソリ型が僅かに首を傾ける。
その隙をついて真二の斧槍が甲殻を掠めた。
火花が散る。
「まだだ!」
俺はさらに拳を振るう。
紙一重でかわされ、サソリ型の反撃が飛んでくる。しかし、素早くこれをかわした。
そして、互いに距離を取る。
(かわせる)
さっきまでなら、当たっていた。だが、今は違う。
(追える)
足が動く。
体が動く。
(受けられる)
攻撃を流せる。
怖くない。
(当てられる。)
連携で追い詰めて次第にこちらの攻撃が当たるようになってきた。
確かな手応えがあった。
そして、隣を見る。
どうやら真二も同じだった。
兄を失った悲しみを抱えたまま。それでも前へ出る。互いに視線が合う。
言葉はいらなかった。
二人とも同じことを思っていた。
(真一さん)
(兄貴)
(見ていてください)
(俺たちは)
(前に進みます)
俺たちが再び構えると、サソリ型UMAは静かに息を吐いた。
肩についた土埃を払うように腕を振る。
「……見事だ」
その低い声には、先ほどまでの余裕はなかった。
俺たちを見据える目も変わっている。獲物を見る目ではない。倒すべき敵を見る目だった。
「ここまで追い詰められるとは思わなかった」
口元がわずかに吊り上がる。
「ならば、こちらも応えよう」
その瞬間だった。
サソリ型の全身から、禍々しい気配が噴き出した。洞窟中の空気が震える。まるで巨大な心臓が鼓動したような感覚だった。
「……?」
次の瞬間。
洞窟中から獣のような咆哮が響き渡った。
ギャアアアアアアッ!!
ギギギギギッ!!
今まで戦っていたUMAたちが一斉に叫び始める。
そして――
『こちら三神、各班応答せよ』
無線が鳴る。
三神隊長の声だった。
『UMAどもが暴れ始めた!』
その声には初めて焦りが混じっていた。
五十嵐さんが取り乱した声で報告する。
『仲間同士で襲い合ってるぞ!』
十条さんが落ち着いた声の中に、わずかに恐怖が混ざったような声色で捕捉する。
『いや、違う。それだけじゃない!何体かは逃げ始めた!』
桜木さんの声が続く。
『統率が完全に崩れてる!』
『こっちもだ!』
長月さんの声。
『カブトムシ型が急に荒れ始めた!』
上から下での戦闘の様子を少し除く。
今まで見せなかった力任せの攻撃。防御も考えず暴れ続けている。別の生き物になったようだった。
俺はサソリ型に向き直り聞いた。
「何をした!?」
俺はサソリ型を睨む。
すると奴は静かに笑った。
「冥土の土産だ」
ゆっくり腕を広げる。
「教えてやろう」
背後で黒い瘴気のようなものが揺らめく。サソリ型の禍々しい力で、後ろの空間が歪んでいる。
「眷属化」
その一言だけで洞窟の空気がさらに重くなった。
「俺は尻尾から細胞を流し込み、人間を眷属へ変える。だが、それだけではない。」
サソリ型はゆっくりと歩き出す。
「俺は眷属の意識を支配している」
その言葉に息を呑む。
「命令し。制御し。統率する。兵とは統率されてこそ兵となる」
静かな口調だった。
だからこそ恐ろしい。
「今までは、お前たちを消耗させるために奴らへ意識を割いていた」
俺は目を見開いた。
「つまり……」
如月さんが小さく呟く。
「今までは本気じゃなかったってこと?」
「その通りだ」
サソリ型が笑う。
「兵を率いながらでも勝てると思っていた」
その目が鋭く細まる。
「だが、考えを改めよう」
「お前たちは、全力の俺が自らの手で殺す!」
その瞬間。
空気が変わった。
いや。
圧力だ。立っているだけで肌が粟立つ。さっきまでとはまるで別物。
(これが、こいつの本気)
鳥肌が止まらない。
なのに、足は逃げようとしなかった。
真一さんが命を懸けて繋いでくれた戦いだ。俺は逃げない。拳を握る。
その時だった。
右腕が熱を帯びる。
「っ……!」
黒く変色した右腕が脈打ち始める。
ジュクッ……
肉が蠢く。
骨が軋む。
皮膚が溶けるように形を変えていく。
「タクマ!」
真二が叫ぶ。
「大丈夫だ」
痛い。けど、暴走とは違う。何かが俺の中で応えている。
(……真一さん)
右腕の中から、あの背中が浮かぶ。
戦い方。
歩き方。
言葉。
全部。
忘れていなかった。
黒い流体が腕から溢れる。
そして、一本の柄が現れた。さらに、湾曲した巨大な刃。形を成したのは禍々しくも美しい黒い大鎌。
「これは……」
思わず息を呑む。真一さんの大鎌だった。
真二も目を見開いていた。
「兄貴……」
俺はゆっくり柄を握る。
その瞬間。
不思議だった。初めて持つ武器なのに。
重さも。
間合いも。
振り方も。
自然と分かる。
まるで何百回も振ってきたみたいに。
「これが……」
(真一さんの想いが、俺の中にある)
胸が熱くなる。
俺は静かに鎌を構えた。
「行こう」
真二が頷く。
「ああ」
俺たちは同時に駆けた。
今度は俺が先頭だった。鎌を大きく薙ぐ。サソリ型は腕で受け止める。
ガギィィィン!!
重い衝撃。
しかし、真一さんの鎌はそこで終わらない。遠心力を利用し、そのまま逆方向へ斬り返す。
「……!」
サソリ型が一歩下がる。
そこへ真二の斧槍が一直線に突き出される。サソリ型は身を捻って回避。
その動きを読んでいた。
俺は鎌を回転させながら追撃する。
ザシュッ!!
肩口を裂く。
黒い血が飛んだ。
「……!」
サソリ型の目が細くなる。
尾が襲う。俺は鎌の柄で受け流す。
真二くんが足を払う。
如月さんの銃声。
サソリ型は紙一重で避ける。
まだ届かない。
連携は通る。
攻撃も当たる。
それでも。
決定打にならない。
俺は歯を食いしばる。
(あと少しなんだ……。)
あと一歩。
その一歩が。
どうしても届かなかった。




