37.黒幕登場
四体のカブトムシ型UMAが、暗闇の奥からゆっくりと姿を現した。一体でも長月さんと俺の二人がかりでようやく倒した相手。それが四体。
目の前に並ぶ四体の黒い甲殻の巨体から放たれる威圧感は、さっきまで戦っていた一体とは比べ物にならなかった。
「……これが全部、こいつらの仲間なのか」
真二くんが息を呑む。俺も無意識にパイルバンカーを握る手に力が入った。
(まずい……)
数だけじゃない。
一体一体が強敵だ。もしこいつらが外へ出れば大きな被害が出る。
その時だった。
『状況は?』
無線から声が聞こえた。三神隊長だった。
『長月班、状況を報告しろ』
「強敵UMAを一体討伐。しかし、同型のUMAが四体出現しました」
長月さんが簡潔に報告する。
『了解した。すぐに向かう』
俺たちは四体のカブトムシ型と距離を取りつつ、周りを取り囲むUMAたちを倒していく。
通信が切れてから数分後。洞窟の入り口側から足音が聞こえた。
「遅くなった」
三神隊長を先頭に、三神班と桜木班が合流する。全員が状況を確認し、四体のカブトムシ型UMAを見る。誰も余計な言葉を発さなかった。それだけで、この敵がどれほど危険なのか理解していた。三神隊長は一瞬だけ敵を観察すると、すぐに指示を出す。
「奴らを分断する」
迷いのない声だった。
「長月、山方、桜木。カブトムシ型を一体ずつ引き受けろ」
「了解」
「任せろ」
「分かった」
三人が即座に返答する。
「残りの一体は俺が引き受ける」
三神隊長はそう言ってから周囲を見る。
「五十嵐、十条、九十九。周囲のUMAを蹴散らせ。ここは奴らの巣だ。まだ増援が来る可能性がある」
「了解です」
五十嵐さんが大剣を構える。十条さんも大鋸を構えた。九十九さんもワイヤーをいつでも使えるように構える。
三神隊長の視線がこちらへ向く。
「残りの者たちは黒幕を探せ。ここを作った奴が必ずいる」
「黒幕……」
俺が呟く。確かにそうだ。ここまで大量のUMAが集まっている。偶然とは考えられない。
「行くぞ」
長月さんが刀を構える。
次の瞬間、戦闘が始まった。
カブトムシ型UMAが地面を蹴る。四体がそれぞれ別方向へ動き出した。その巨体からは想像できない速度。さっき倒した個体と同じくらいの速さだった。
長月さんの前に向かった個体が角を突き出して突進する。
長月さんは刀で受け流す。
ギィィンッ!!
甲高い音が響く。
しかし、すぐには反撃しない。前回の戦闘で理解しているからだ。あの甲殻は攻撃を滑らせる。無理に斬り込めば隙を作られる。
山方小隊長は鎖を自身の周囲に入ってこれないように振り回し、間合いを図りながら戦う。
桜木さんは斧を振るい、真正面から攻撃を受け止める。
だが、カブトムシ型UMAの一撃は重い。受け止めた瞬間、地面が沈む。
ドズウゥゥゥンッッッ!!!
「……重いねぇ」
桜木さんが笑う。
「でも、これくらいじゃ止まらないよ」
その横では三神隊長が敵の動きを読み、攻撃をかわしながら確実に隙を作っていた。
(さすが隊長達)
戦闘中でも敵の動き全体を把握している。しかし、カブトムシ型UMAは強い。強すぎる。これが四体。
(もし黒幕がさらに同じようなUMAを作れるなら……)
その時。
「……?」
俺は違和感を覚えた。戦っている最中なのに。妙に静かな場所がある。
洞窟の奥。さっきまで何もなかった暗闇。
そしてそこから、声が聞こえた。
「話に聞いていた通り……」
その声を聴いたとき、全員の動きが止まった。
「なかなかやるようだな、ガイアは」
男のような声。だが、人間ではない。低く響くその声には、感情の揺れがほとんどなかった。カブトムシ型UMAたちも動きを止める。まるで主人の声を聞いた獣のように。
「誰だ……」
三神隊長が呟く。俺たちは声の方向を見る。洞窟の奥。そこには巨大な岩があった。
その上に。
何かが座っていた。暗闇で姿が見えない。しかし、ゆっくりと月明かりのような光が差し込み、その姿が露わになる。
二本の腕。
巨大なハサミ。
そして、長く伸びた尾。
サソリ型UMA。
そいつは巨大な岩の上に座り、まるで俺たちを観察するように見下ろしていた。その背後には、紫色と緑色が絶えず混ざり合い循環しているような、巨大で不気味な繭があった。
洞窟の天井から吊り下げられた、異様なほど大きな繭。
(なんだ……あれは)
嫌な予感がした。あれだけは。絶対に近づけてはいけないものだと本能が告げていた。
サソリ型UMAは俺たちを見る。
「なるほど」
興味深そうに呟く。
「人間がここまで力をつけるとはな」
まるで敵を見る目ではない。珍しいものを見るような目だった。
その時、サソリ型UMAの尻尾が動いた。
岩陰。そこから何かを掴み上げる。
「……っ!」
それは、人間だった。しかも、まだ生きている。
「助け……」
サソリ型UMAが話始めてからすべてのUMAの動きが止まり、俺たちも手を止めていた。静まり返っていた洞窟で、助けを求める声がわずかに聞こえた。
次の瞬間。
サソリ型UMAの尾が、その人間の首へ突き刺さった。
「やめろ!」
俺は叫んだ。
だが。
止められない。
尾から何かが流れ込んでいく。尻尾を刺された人間の体が震える。
「う……あ……」
急激に体が変化していく。腕が変形する。皮膚が異様なものへ変わる。人間だった姿が崩れていく。
「嘘だ……」
九十九さんの声が震えていた。目の前で起きていることを理解できていない。
いや。
理解したくないんだ。
数秒後。
そこにいたのは、新たなUMAだった。サソリ型UMAはそれを軽く掴み、こちらへ投げ捨てる。
「行け」
命令されたUMAがこちらへ向かってくる。
「……人間を」
九十九さんが呟く。
「人間をUMAに変えた……?」
その声には恐怖が混じっていた。俺も言葉が出なかった。今まで戦ってきたUMA。もしかしたら、こいつらも。元は人間だったのか。そんな考えが頭をよぎる。
「奴が黒幕だ」
三神隊長が静かに言った。全員へ聞こえるように。
「放置すれば数で潰される」
サソリ型UMAは、岩の上から俺たちを見下ろしている。まるで勝敗など気にしていない。ただ、これから増える自分の軍勢を眺めているようだった。
三神隊長が指示を出す。
「奴を倒せ」
「……!」
「真一、真二、清乃女、如月、一ノ瀬。お前たちはサソリ型をやれ!」
「了解」
真一さんが武器を構える。
「カブトムシ型は俺たちが止める」
三神隊長はそう言った。
「必ず黒幕を討て」
俺は頷く。だが、視線の先にいるサソリ型UMAから目を離せなかった。カブトムシ型ですら、あれほど強かった。それを生み出した存在。
そして、人間を簡単にUMAへ変える力。
(俺たちに勝てるのか……?)
不安が胸をよぎる。
それでも、俺は仲間を見る。
真一さん。
真二くん。
清乃女さん。
如月さん。
一人では無理でも、今は違う。
「行くぞ」
真一さんが言う。
「俺たちで倒す」
俺はパイルバンカーを構えた。
そして五人で、サソリ型UMAの待つ岩山へ向かって走り出した。だが、簡単にたどり着かせてくれるほど敵は甘くなかった。
「来るぞ!」
真一さんの声と同時に、暗闇の奥から複数のUMAが飛び出してくる。まるで俺たちがここを通ることを予測していたかのように、道を塞ぐように現れた。
「邪魔するってことは、ここを通されたくないってことだな!」
真二くんが斧槍を振り抜く。向かってきたUMAを吹き飛ばし、俺たちは止まることなく進む。
しかし、倒しても倒しても次のUMAが現れる。
「こんな数、相手にしてられへんで……!」
清乃女さんが双剣を振り抜きながら呟く。これもサソリ型UMAの能力なのか。自分が直接戦わなくても、兵隊を作り続けて相手の力を削る。まるで戦場全体を支配している。
「止まるな!」
真一さんが叫ぶ。
「ここで時間を使えば、あいつの思うつぼだ!」
俺たちは迫りくるUMAを倒しながら、奥へ進んでいく。
そして——。
ようやく開けた場所へ出た。
そこは巨大な空間になっていた。
上を見る。
いた。先ほど俺たちを見下ろしていた存在。サソリ型UMA。巨大な岩の上に座り、こちらを見ている。
その姿はまるで——。
この場所の王だった。
そして、その下では戦闘が続いていた。
「長月さん!」
長月さんが刀一本でカブトムシ型UMAと戦っている。巨大な角による突進を紙一重でかわし、流れるような動きで斬撃を叩き込む。
しかし、カブトムシ型UMAの甲殻は硬く、攻撃は深く入らない。それでも長月さんは動きを止めない。敵の攻撃を見極め、最小限の動きで回避し続けている。
その隣では三神隊長、山方小隊長、桜木さんもそれぞれ一体ずつカブトムシ型UMAと戦っていた。
四体。
それを四人が一人ずつ相手にしている。どれも一体だけで十分脅威だった。
しかし——。
俺の視線は自然と上へ向いた。サソリ型UMA。あいつはこのカブトムシ型を作ったUMA。
(いったいどれほどの強さなのか)
奴は戦っていない。ただ、俺たちを見ている。
「……」
その時だった。
九十九さんに異常が起きた。
「九十九さん?」
声をかける。しかし、返事がない。九十九さんの視線の先には、サソリ型UMAによって作られた新たなUMAがいた。元は人間だった存在。それを知ってしまった。
「俺たちは……」
九十九さんの手からワイヤーが少し震える。
「今まで……何を倒してきたんだ……」
「九十九!」
五十嵐さんが叫ぶ。
「今は戦え!」
しかし、九十九さんは動けない。
「人間だったんだぞ……」
その声は震えていた。
「全部……人間だったかもしれないんだぞ……」
九十九さんの心が崩れていく。今まで戦う理由だったもの。守るために倒していると思っていた敵。 その前提が崩れてしまった。
「九十九、下がりな!」
十条さんが前に出る。五十嵐さんも九十九さんを守るように立つ。
「ここは俺たちがやる」
五十嵐さんが迫るUMAを大剣で受け止める。九十九さんは何も言えなかった。
その時。
上から音がした。サソリ型UMAが動いた。その手には、新たな人間。
いや。
もうすぐ人間ではなくなる存在。
尻尾が伸びる。
そして——。
首元へ突き刺さった。
(まただ。また人間をUMAに変えている)
数秒後。
新たなUMAが誕生した。
「くだらない」
サソリ型UMAが呟いた。
「貴様ら人間は、自分たちの力を過大評価している」
人間から変化したUMAを、他のメンバーが戦っている下へと投げ捨てる。
「脆弱で、短命で、すぐに失われる存在」
俺たちを見下ろす。
「だが、その命には利用価値がある」
サソリ型UMAは腕を広げた。
「俺が有効に使ってやる」
「貴様らの肉体も、感情も、全て」
静かな声。
「俺がこの世界の王となる」
「そして貴様らは——」
口元が歪む。
「俺の兵隊として使ってやる」
その言葉を聞いた瞬間。
怒りが込み上げた。
人間を道具としてしか見ていない。
命を。
想いを。
何もかも。
ただの材料として扱っている。
「ふざけるな……」
真一さんが前へ出る。
「誰がてめぇなんかの兵隊になるかよ」
真二くんも斧槍を構える。
「ぶっ倒してやる」
清乃女さんが双剣を構える。
如月さんは静かにライフルを構えた。
俺もパイルバンカーを構える。
「行くぞ」
真一さんが言う。
「こいつは一人で相手する敵じゃない」
全員が頷く。
先に動いたのは清乃女さんだった。
「うちが隙を作る!」
一瞬で距離を詰める。その速度は、俺でも追うのが難しい。回避能力ならガイアでもトップクラス。
しかし——。
サソリ型UMAの尻尾が動いた。
次の瞬間。
ドンッ!!
清乃女さんの体が吹き飛んだ。
「清乃女さん!」
壁に叩きつけられる。
一撃。
ただ尻尾を振っただけ。それだけで、清乃女さんが戦闘不能になった。
「嘘だろ……」
俺の背中に冷たいものが走る。
あの清乃女さんが。攻撃を避け続ける達人が。
一瞬で。
「全員、突っ込むな!」
真一さんが叫ぶ。
「同時に仕掛けるぞ!真二!」
真一さんと真二くんが同時に走る。
左右から攻撃。
大鎌と斧槍。
しかし——。
サソリ型UMAは動かない。片手で真一さんの大鎌を止める。もう片方の手で真二くんの斧槍を受け止める。
「……」
信じられない光景だった。二人の攻撃を。片手ずつで止めている。
「まだ終わっていないぞ」
サソリ型UMAが言う。
尻尾が動く。
真一さんと真二くんは咄嗟に距離を取る。
その間にも、サソリ型UMAの視線は俺から離れなかった。
(……俺を警戒している?)
俺は横へ回り込む。するとサソリ型の尻尾が伸びる。攻撃ではない。牽制だ。俺が近づけば必ず反応する。だが、その間も真一さんと真二くんへの対応には余裕がある。
そして。
如月さんのいる方向を見る。サソリ型UMAは、常に自分と如月さんの間に俺たちを挟む位置を取っていた。
(こいつ……)
分かっている。
全部。
俺たちの武器。
役割。
戦い方。
そして弱点まで。
「面白い」
サソリ型UMAが笑う。
「これがガイアか」
「仲間と連携し互いに実力を信じ、力を合わせる」
そこまで行ってから、サソリ型は一呼吸間を置いた。
「だが——」
巨大な尾を構える。
「王の前では、全て無意味だ」
俺は拳を握る。そして、パイルバンカーを構える。
でも——。
サソリ型UMAと対峙して、実感として分かってしまった。
(勝てる気がしない)
今までだって強敵はいた。何度も苦戦した。それでも勝てると思っていた。
でも、こいつは違う。強いだけじゃない。戦場そのものを支配している。俺たちは本当にこいつを倒せるのか——。




