36.アジト発見
飛空船は戦場跡地の上空へ到着し、ゆっくりと降下を始めた。
窓の外には、荒れ果てた大地が広がっている。黒く焼け焦げた木々。地面には無数のクレーター。戦闘の跡が今も生々しく残っていた。
(本当にこんなところにアジトなんてあるのだろうか)
俺はそんな疑問を抱えていたが、しばらく進むと戦場跡近辺には森が広がっていた。さらに地面にも大きな穴が開いていたり、アジトを作ろうと思えば作れそうな環境だった。長月班は穴によってできた地下空間の捜索を担当することになった。
『各班、捜索開始だ。少しでも怪しい場所を見つけたらすぐ報告しろ』
三神隊長の指示が無線から聞こえた。
「了解」
着陸後、俺たちは長月さんを先頭に、真一さん、真二くん、俺の順で地下空間の中へ進んでいく。
静かだった。鳥の鳴き声も、風の音もほとんど聞こえない。地上と完全に隔絶された空間に感じられた。あるのは、靴が土を踏む音だけ。
(嫌な静けさだ……)
周囲を警戒しながら歩いていると、不意に長月さんが足を止めた。
「……来るぞ!」
その一言と同時だった。
「グオオオオォ!」
暗闇から狼型UMAが飛び出してきた。
「真二!」
「任せろ!」
真二くんが真正面から飛び込み、斧槍を振り抜く。しかし狼UMAは身をひねって回避した。そこへ、
「遅い!」
長月さんが一歩踏み込む。刀が一閃した。
ズバッ!
一瞬だった。狼UMAは何が起こったか理解できないまま首が宙を舞い、その場へ崩れ落ちた。
(速い……)
見えたと思った時には終わっていた。やっぱり長月さんは別格だ。そして、俺たちはさらに奥へ進む。その後も蛇型UMAや蝙蝠型UMAなど、大型犬ほどの大きさのUMAが数体現れたが、長月さんと真一さんを中心に危なげなく討伐していく。
十分ほど歩いた頃だった。俺は地下空間に作られた暗闇の奥に、不自然な岩肌を見つけた。
「あれ……」
近づいてみると、大きな洞窟がぽっかりと口を開けていた。まるで誰かが意図的に開けたような空間になっている。洞窟の入り口付近には無数の足跡。人間のものではない。大きさも形もばらばらだった。
「長月さん」
「あぁ」
長月さんも異変に気付いていた。
「真一、三神隊長へ報告」
「了解」
真一さんが無線を取る。その間、長月さんが周りを警戒しながら、洞窟入り口に近づき観察する。
「こちら長月班。洞窟を発見した。UMAの足跡を多数確認。アジトの可能性あり」
『こちら三神。了解した。内部を偵察しろ。危険ならすぐ撤退。アジトと判断した場合は追加で報告してくれ』
「了解」
通信が終わる。
「行くぞ」
長月さんを先頭に洞窟へ入った。中はひんやりとしていた。外よりも空気が重い。湿った岩肌から水滴が落ちる音だけが静かに響く。さらに奥へ進むにつれ、鼻につく異臭が強くなった。
(何だこの臭い……)
鉄のような匂い。腐った肉のような臭気。思わず顔をしかめる。洞窟の壁には無数の爪痕が刻まれていた。岩を抉るほど深い傷。まるで巨大な生物が何度も壁を引き裂いたようだった。
そして地面には。
「……っ」
白い骨が転がっていた。獣だけじゃない。明らかに人間と思われる骨まで混ざっている。真二くんも息を飲んだ。
「これ……」
「騒ぐな」
長月さんが低く言う。全員が口を閉じた。さらに慎重に歩く。暗闇がどこまでも続いている。視界は悪い。捜索用に持ってきた懐中電灯だけが頼りだった。
その時。
ピチャッ……
どこかで水音がした。
(いや、水音じゃない!?)
何かが動いた。俺は反射的に後ろを振り返る。何もいない。だが、背筋に嫌な汗が流れた。
(誰かに見られてる……?)
そんな感覚だけが消えない。俺は思わず周囲を見回した。
右。
左。
前。
後ろ。
どこにも敵の姿は見えない。なのに。
「止まれ」
長月さんが突然足を止めた。刀へ静かに手を添える。
空気が変わった。全身の毛が逆立つような圧迫感。
「……囲まれている」
その一言だった。
直後、暗闇の奥で。
ギラッ。
ギラッ。
ギラッ。
無数の赤い目が一斉に光った。
「来るぞ!」
長月さんが叫ぶ。
「グオオオオオォ!」
「ギャアアアア!」
「グルルルルルル!」
四方八方から無数のUMAが飛び出してきた。
「真二、左!」
「了解!」
「一ノ瀬、右を止めろ!」
「はい!」
俺は右腕のパイルバンカーを構え、飛び掛かってきた狼型UMAを迎え撃つ。真正面から噛み付こうとした瞬間、左へ踏み込みながらフレームで頭を弾き飛ばした。
体勢を崩した隙へ。
「くらえ!」
ドッガァァァァンッッッッ!!!
パイルバンカーが炸裂する。
衝撃で狼型UMAが吹き飛び、そのまま岩壁へ激突した。だが次の瞬間には別のUMAが飛び掛かってくる。
「数が多い!」
俺が叫ぶ。真一さんが大鎌を振るい、一気に二体を切り裂いた。
「止まるな!」
「はい!」
俺たちは背中を預け合いながら次々とUMAを迎え撃つ。しかし倒しても倒しても奥から現れる。まるで巣を守る兵隊のようだった。
(やっぱりここは……)
俺は無線を取る。
「こちら長月班!多数のUMAと交戦中!UMAのアジトである可能性が高いです!」
『了解した。三神班、桜木班は長月班と合流。長月班はそのまま殲滅しつつ内部を捜索、黒幕を発見次第討伐しろ』
「了解!」
通信を切る。その時だった。
最後の一体を長月さんが一刀で両断する。静寂が戻った。洞窟に荒い息だけが響く。
「終わっ──」
真二くんが言いかけた、その瞬間。
ズシン!
ズシン!
ズシン!
洞窟のさらに奥から、重々しい足音が響いた。俺たちは一斉に視線を向ける。暗闇の中から、ゆっくりと巨大な影が姿を現した。全身を黒光りする甲殻で覆い、頭部には一本の巨大な角。人の形をしていながら、その姿は巨大な甲虫そのものだった。
(人の形をしたUMA……!)
しかも。今まで戦ってきたどのUMAよりも強い圧力を放っている。長月さんが静かに刀を構えた。
「一ノ瀬」
「はい」
「こいつは今までの雑魚とは違う。気を抜くな」
俺は唾を飲み込み、両腕のパイルバンカーを構えた。カブトムシ型UMAが、ゆっくりとこちらへ歩み始めた。一歩踏み出すたびに、洞窟の床が鈍く震えた。
全身を覆う黒い甲殻は、洞窟にわずかに差し込む光を反射し、不気味な艶を放っている。頭には一本の巨大な角。両腕には鋭く発達した鉤爪。
まるで巨大な甲虫が人の姿を得たようだった。
(強い……)
姿を見ただけでわかる。今まで戦ってきた人型のUMAとは明らかに格が違う。
カブトムシ型UMAが現れた後、俺たちを逃がすまいとするように周りをたくさんのUMAが囲む。
「一ノ瀬」
「はい」
「こいつは私がやる。お前は援護を頼む」
「了解です!」
「真一と真二は周りの奴らを頼む。近づけさせるな」
「了解!」
長月さんが静かに刀を抜いた。それを見てカブトムシ型UMAが地面を蹴る。
瞬間、岩盤が砕けた。
(速いっ!)
巨体とは思えない速度だった。角を突き出し一直線に突進してくる。長月さんは最小限の動きで半歩ずれ、刀を滑らせるようにして角を受け流す。
ギィィンッ!!
金属同士がぶつかったような甲高い音が洞窟に響く。攻撃の向きをずらされたカブトムシ型UMAはそのまま前へ流れた。
(受け流した……!)
あの威力を真正面から受け止めたわけじゃない。力を利用して逸らしたんだ。長月さんは流れるように振り返り、首へ刀を振り抜く。
ガギィン!!
しかし刃は滑った。
「……!」
黒い甲殻の表面を滑るように流れ、浅い傷しかつかない。
(斬れない!?)
カブトムシ型UMAが振り返り、右腕を振り下ろす。今度は鉤爪だった。風圧だけで前髪が揺れる。長月さんは再び刀で受け流そうとしたが、直前で体をひねった。
ドゴォォォン!!
鉤爪が地面を砕く。岩盤が吹き飛び、無数の破片が舞った。
(今のは受け流さなかった……?)
長月さんは距離を取りながら叫ぶ。
「一ノ瀬!」
「はい!」
「突進は受け流せるが、あの叩きつけは重い。くらうなよ!」
「了解!」
長月さんはすでに敵の特徴を見抜いていた。攻撃は受け流せるものと、受け流せないものを判断して無理はしない。それが長月さんの戦い方だった。
カブトムシ型UMAが咆哮し、再び襲い掛かる。今度は左右の鉤爪による連撃。
ブンッ!
ブンッ!
長月さんは紙一重でかわし続ける。その動きには一切の無駄がなかった。攻撃を誘い、避け。敵の重心を崩す。そして隙を見つける。カブトムシ型UMAが勢い余って体勢を崩した。
長月さんが踏み込む。
「はぁっ!」
一閃。
今度は脚を狙う。
ガキィン!!
しかし、ここでも甲殻の曲面に刃が滑る。
「甲殻の形状で威力を逃がしているか……」
長月さんが小さく呟いた。いくら長月さんでも決定打にならない。敵の防御は想像以上だった。
「一ノ瀬!」
「はい!」
「私が奴の攻撃を誘う!隙ができたら撃ち込め!」
「了解!」
長月さんが真正面から飛び込んだ。刀を振る。カブトムシ型UMAが右腕を振り下ろす。長月さんは横へ回避し、その勢いで敵の背後へ回る。
「今だ!」
この距離では間に合わない。俺は推進機構を起動した。まだ実戦では一度も使ったことがないが、長月さんでも苦戦する相手だ、出し惜しんではいられなかった。
ブシュゥゥッ!!
一気に距離を詰める。
(バランスは保てている。このまま奴に突っ込んで撃ち込む!)
「くらえぇぇぇ!!」
右腕のパイルバンカーを叩き込む。
ドッガァァァァァンッッッッ!!
轟音とともに杭が撃ち込まれる。カブトムシ型UMAの体が大きく揺れた。だが倒れない。
「グオオオオォ!」
怒り狂ったように振り返る。俺へ向かって突進してきた。
「危ない!」
真一さんの声が響く。
しかし、その前に長月さんが敵の前へ滑り込んだ。刀で角を横へ流す。
ギィィン!!
カブトムシ型UMAの体勢が再び崩れる。
「もう一発だ!」
「はい!」
俺は左腕のパイルバンカーを構えた。
ブシュッ!!
再度俺は推進機構を使って一気に踏み込む。
「うおおおおっ!!」
ドッガァァァァァンッッッッ!!
二発目。左腕の杭が同じ場所へ突き刺さる。黒い甲殻に大きな亀裂が走った。しかし、まだ致命的なダメージには至らない。
「まだだ!」
長月さんが叫ぶ。カブトムシ型UMAはよろめきながらも立ち上がる。しかし、動きは明らかに鈍い。長月さんが刀で敵の腕を弾き、さらに回り込む。
「最後だ、一ノ瀬!」
「はい!」
俺は右腕を構え直す。オーバーヒートが解除されている。
(これで決める!)
よろめいているため十分に隙をつけると判断して、俺は推進機構は温存して地面を蹴り、一直線に踏み込む。カブトムシ型UMAが最後の力で拳を振り上げた。
しかし、長月さんが刀で腕を逸らした。敵の胸が完全にがら空きになる。
「くらえええぇぇぇっ!!」
ドッガアァァァァァーーーーンッ!!
三発目のパイルバンカーが亀裂へ突き刺さる。甲殻が砕け散った。衝撃が体内まで貫き、カブトムシ型UMAは大きく仰け反る。
「ガァァァァァッ!」
断末魔を上げ、そのまま巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
ズゥン……。
洞窟全体が揺れる。
「倒した……」
俺は荒い息を吐いた。今まで戦ったどのUMAよりも強かった。だが長月さんとの連携で何とか勝つことができた。
俺は無線を取る。
「こちら長月班。カブトムシ型UMA一体を討伐しました」
『こちら三神。状況は?』
「かなりの強敵でしたが討伐完了。さらに奥を捜――」
そこまで言いかけた、その時だった。
ズシン!
ズシン!
ズシン!
ズシン!
洞窟の奥から、再び重い足音が響く。俺は言葉を失った。暗闇の中から、同じ黒い甲殻が一つ。
また一つ。
さらに一つ。
そしてもう一つ。
合計四体。
同じカブトムシ型UMAがゆっくりと姿を現した。
「……なっ」
息が止まる。今倒した一体だけでも、長月さんと二人がかりでようやく倒した相手だ。それが、あと四体。
(嘘だろ……)
背筋を冷たいものが走る。
(この強さのUMAが……まだ四体もいるのか……?)
絶望という言葉が頭をよぎる。四体のカブトムシ型UMAは何も喋らず、ただ静かにこちらを見つめていた。
その圧倒的な威圧感に、俺は無意識のうちにパイルバンカーを握り締めていた。




