12.同じ境遇の友との武器決め
一人で廊下を歩きながら頭を悩ませてみても、どんな武器が自分に向いているのかなんて一向に答えは出なかった。
そんな時、通路の曲がり角の先から、聞き覚えのある二人の話し声が漏れ聞こえてきた。
俺は思わず足を止め、物陰からそっとその様子を覗き込んだ。
そこにいたのは、十和田兄弟だった。
今回のし烈な戦闘のなかで、比較的軽傷だった兄の真一さんは、医療部隊が長月さんの治療に専念する必要があるのも重なって、簡易的な応急処置だけで治療が済み、ちょうど治療室から出てきたところらしい。
(うわ、真一さんだ……。また鉢合わせたら『足引っ張るなガキ』って怒鳴られそうだな)
真一さんのあのキツい口調を思い出し、面倒な事態を避けようと、俺はさらに物陰の深くへと身を潜めてやり過ごすことにした。
「兄貴、ごめん……っ! 俺のせいで、兄貴にこんな大怪我させて……っ」
絞り出すような、弟の真二くんの声だった。
「大したことはねえよ、こんな怪我。……お前が無事なら、それでいい」
真一さんの声は、いつもの刺々しさが嘘のように静かで、温かかった。
「真二。強くなれよ。……俺も、もっと強くなる。二人で……絶対に、生き残るぞ」
「うん! 兄貴!」
「ちっ、本当なら今すぐにでも訓練場へ戻りてえとこだが、医者の野郎がしばらくは安静にしとけってさ。強い衝撃のせいで、全身が酷い打ち身になってるみたいだ。……真二、俺の分まで、しっかり訓練しとけよ」
「ああ! 今度はもう、兄貴の足を引っ張らないくらいに強くなってみせるよ!」
真一さんは短く鼻を鳴らすと、そのまま自分の部屋の方へと静かに歩き去っていった。
兄の背中が見えなくなっても、真二くんはその場に立ち尽くし、ぽつりと呟いた。
「兄貴、今度は俺も……ちゃんと隣で戦えるくらいに、強くなってみせるからな……」
二人のやり取りを、俺は物陰から息を殺して見届けていた。
普段は言葉がキツくて近寄りがたい真一さんだったけれど、本当は誰よりも弟の真二くんのことを想い、兄として、必死に強くなろうと努力しているのだ。
その不器用な優しさを知り、俺のなかの真一さんへの印象は、ガラリと変わっていた。
やがて、真二くんが自室ではなく、地下の訓練場へと向かおうとして歩き出す。その進む先で、物陰から出ようとした俺と、完全に正面から鉢合わせしてしまった。
「おっ、タクマ! ……もしかして、今の聞いてたか? ははは、なんだか恥ずかしいところを見られちまったな」
真二くんはきまずそうに頭を掻きながら、無理に取り繕うように笑ってみせた。
だけど、その笑顔はどこか引きつっていて、ぎこちなかった。
笑っている彼の目の奥に、やりきれない悔しさが渦巻いているのが分かった。……痛いほどによく分かった。
なぜなら、あの化け物の前で何もできずにただ震えていた俺自身が、今、全く同じ悔しさに胸を締め付けられていたからだ。
真二くんは少しだけ視線を落とし、拳を血がにじむほど強く握りしめた。
「なぁ……タクマ。もし良かったら、少し訓練に付き合ってくれないか。俺……兄貴に守られるばかりじゃなくて、兄貴と一緒に、隣に並んで戦いたいんだ。今度は、俺が兄貴を守れるくらい……強く、なりてぇんだ!」
その言葉に、俺の胸の奥の決意が激しく共鳴した。
「うん! 行こう、真二。――俺も、みんなと一緒に前線に立って戦えるくらいに、強くなりたい。次は俺も、絶対に役に立ちたいんだ」
俺たちは互いに強く頷き合うと、お互いの悔しさをぶつけるように、暗い地下の訓練場へと向かって並んで歩き出した。
二人で地下の訓練場へと足を踏み入れると、真二くんは斧槍を床に置き、俺に向き直った。
「そっか。そういやタクマは、まだ自分の武器を決めてなかったんだな。じゃあ、まずはそこから決めねぇとな」
「でも、剣なんてこれまでの人生で使ったこともないから、何が自分に向いてるのか、何がいいのかなんてよく分からなくてさ……」
如月さんにロングソードやライフルを見せられたときの困惑を思い出しながら吐露すると、真二くんは親しみやすい笑みを浮かべた。
「まぁ、最初から分かる奴なんていねえよな。だったら、逆に考えると決まりやすいぜ」
「逆に?」
「そう。何がいいかじゃなくて、自分にとって『何がダメか、何が使えないか』で消去法にしていくんだ。例えば、重くて扱いにくいから長物はやめるとか、かなり技術が必要な変則的な武器はやめるとかな」
そのアドバイスに、霧が晴れるように目の前がパッと明るくなった。
「なるほど……! それでいうと、素人の俺には扱いにくい特殊な武器とか、長くて取り回しが難しい武器は全部ダメだな」
「う~ん、でもそれだけだと選択肢が多すぎて、なかなか絞り込めないな」
真二くんは少し顎に手を当てて考え込むと、すぐにポンと手を叩いた。
「よし、じゃあ俺が初心者のタクマに代わって、条件をガンガン絞っていってやるよ! まず、取り回しやすくて扱いやすい【リーチの短い武器】。次に、あまり複雑な技術がいらない【単純な武器】。そして、トリッキーな戦い方をしない【真っ直ぐな武器】。それでいて、化け物を一撃で仕留められるような【高い火力を出せる武器】。――条件としては、こんなところだな」
「おぉ……すごい! 一気にイメージが絞り込めてきた。あとは、その条件に当てはまる武器のなから、俺が実際に扱えるものがあるかどうか、だな」
真二くんの明快な分析力に、俺は素直に感嘆の声を漏らした。いつも少し抜けている如月さんとは違い、同じ武器選びの悩みを乗り越えてきた同世代だからこその、説得力に満ちた言葉だった。
「じゃあ、まずは『リーチの長さ』についてだけど、どのくらいまでならタクマが扱えそうか、だな」
真二くんは床の斧槍を手に取り、その長い柄を指さしながら解説を続ける。
「例えば、ダガー(短剣)くらいの短さとなると、化け物の肉を切り裂く【斬撃武器】で火力を出すのは絶対に無理だ。もし短い武器で戦うなら、ピンポイントで急所を深く抉るような【刺突武器】一択になる。……いや、もっと言うなら、ぶっちゃけリーチが長かろうが短かろうが、俺は刺突武器にした方がいいと思うぞ」
「え? 刺突、つまり突き攻撃専用の武器のほうがいいの?」
「ああ。斬撃だと、どうしても大きく武器を『振って』攻撃することになるだろ? 武器のリーチが長ければ長いほど、振るために必要な筋力は何倍も増えるし、化け物の硬い皮膚に当たるインパクトの瞬間にスピードが落ちて、かえって威力が下がりやすいんだ。それに、一番の理由はここだな。――大振りの斬撃は、リーチが長いほど、外したときの隙がデカい!」
真一さんの持つ巨大な大鎌や、長月さんの美しい長刀の軌道を思い出す。あの圧倒的な破壊力の裏には、素人には制御しきれないほどの巨大な『隙』のリスクが常に付きまとっているのだ。
(隙が少なくて、直線的で、圧倒的な貫通力を持つ『突き』の武器……)
真二くんの澱みのない説明を聞いているうちに、俺の脳内では、圧倒的に刺突系の武器のほうが斬撃系の武器よりも戦場で生き残れる可能性が高い気がしてきていた。
刺突武器のメリットに納得しつつも、俺はふと浮かんだ疑問を真二くんにぶつけてみた。
「斬撃武器の方が有利な点って無いの?」
「もちろん、あるぜ!」
真二くんは人差し指を立てて、ハキハキとした口調で答えてくれる。
「振ることで『面』で攻撃できるから、攻撃範囲が広い! つまり、相手に攻撃を当てやすいってことだ。あとは、甲殻なんかでめちゃくちゃ硬い相手にも、斬ることはできなくても、振ったときの遠心力で『打撃』としてダメージを通せる。ハンマーみたいに叩きつけて肉体を内部から砕く戦い方ができるんだ。」
なるほど、と頷く俺に、真二くんはさらに真剣な表情になって声を落とした。
「んで、次のが一番大事かもな。……『ガードのしやすさ』だ。斬撃武器なら広い刀身を使って相手の攻撃を受け止めたり防いだりしやすい。だけど、刺突武器は先端が鋭く尖っているのが本体だから、相手の攻撃を防ぐのには全く向いてねえんだ。もし相手に一気に懐まで間合いを詰められたら、攻撃を防ぐこともできずにまともに喰らっちまう。それに、刺突武器は先端の尖った部位でしか攻撃できないから、間合いを詰められたら反撃すらできねえ。リーチが長ければ長いほどな。」
――間合いを詰められたら、何もできなくなる。
最後の説明を聞いた瞬間、俺の身体は冷たい戦慄と共にピタリと固まった。
圧倒的な貫通力を誇る代わりに、懐に入られたら一瞬で詰む刺突武器。
当てやすく防御もできる代わりに、大振りの隙という死角を晒す斬撃武器。
リーチが長ければ長いほどそれが顕著になる。どちらにも、生と死を分かつほどの巨大なメリットとデメリットが存在していた。
「それに、リーチが長いとそれだけで武器を振り回すのに膨大な力が必要になる。装備による肉体強化があるとはいえ、それに頼りすぎるのはよくねえ。 疲労や装備の損傷次第で、ある瞬間から急に武器の重さに耐えられなくなるからな。だから、ある程度は自分の地力で扱えるサイズにしとくのがベストだ。――要は、タクマ自身がどのくらいの長さまでなら扱いやすいと感じるか、結局それ次第だな」
(自分の地力で扱える長さ……)
俺は自分の両手を目の前にかざし、ぐっと拳を握りしめてみた。剣を振るイメージはどうしても湧かない。だけど――。
「う〜ん、やっぱり、自分の『パンチ』をする感覚そのままで戦えるのが、一番しっくり来る気がするな……」
「なるほどな。メリケンサックみたいに拳に何かつけるタイプの武器か、それなら『クロー(鉤爪)』とかはどうだ?」
「でもさ、そういう超至近距離の武器って、一撃の威力が低い分、何回も手数を繰り出さないと化け物を倒せないよね? 何度も何度も至近距離で攻撃を叩き込むなんて、その分だけ反撃を喰らうリスクが高すぎる気がする」
「確かにそうだな……。それにクローだと威力は低いからあのサイ型みたいなデカくて硬い奴相手だと、突き刺すのは難しいな」
「でも、おかげでかなりイメージが絞れてきたよ! ありがとな、真二。安易に武器を決めちゃうのも危険だし、自分に何ができるか、もう一回ちゃんと考えてみるよ。それに、すぐに自分用の武器が作れるわけじゃないしね」
「まぁそうだな。技術班に発注してから実際に武器が完成するまで、結構時間がかかるだろうし。よし、それじゃあ武器が決まるまで、ひとまず生身の訓練を開始するか!」
真二くんの提案に、俺は「ああっ、よろしく頼む!」と力強く応じた。
俺たちは合同訓練場の脇を通り抜け、さらに奥にある個人訓練場へと向かった。昨日、如月さんからはまだ説明を受けていなかった場所だったが、真二くんが慣れた足取りで引っ張ってくれる。
「2、3人くらいで個人的に身体を動かすなら、この個人訓練場で全然十分だからな。合同訓練場はみんなで連携の練習をするからめちゃくちゃ広いけど、あっちは音が響きすぎて集中できねえんだよ」
案内された個人訓練場は、周囲を頑丈な衝撃吸収材で囲まれた適度な広さの空間だった。
俺は影浦さんのところから借りてきた汎用武器のロングソードを構え、真二くんと向かい合う。
まだ俺の専用武器は決まっていない。だけど、敵との間合いの管理、踏み込みの鋭さ、敵の攻撃を紙一重でかわす回避のステップ、そして攻撃を喰らってしまったときのガードや受け身の取り方――武器の形に関わらず、戦場で生き残るために必要な『最低限の基礎』なら、今すぐにでも体に叩き込むことができる。
「いくぞ、タクマ! 足元がお留守だ!」
「――おうッ!」
真二くんの斧槍が鋭く空を切る。俺はロングソードを必死に構え、迫り来る鉄の風を全力で迎え撃った。
悔しさを力に変えるように、俺たちの熱い初訓練の音が、地下の空間にいつまでも響き渡っていた。




