もう、よくわからない
子爵の家に辿り着いたときは、日が暮れていた。
私が事情聴取を受けている間に、母は父に連れられて帰宅。
兄夫婦は新婚旅行へと向かった。心配だと言っていたが、この件については部外者だし、船に乗り遅れるからと追い出した。
弟が最後まで付き添ってくれた。魔術師が迎えに来て、子爵家の馬車に私が乗るのを見届けると、安心したように手を振った。
なんだろう……母は相変わらずだけど、母が主導権を握って好き勝手している感じが薄くなっている?
兄が結婚して、弟にその分の負担が加わらないといいんだけど。お姉ちゃんなのに、逃げてごめんね。
ズキズキと痛み出した腕に触らないようにして、遠ざかっていく弟を案じた。
その日の入浴はメイドさんに手伝ってもらって、とても恥ずかしかった。
貴族の方々は、これが日常なのよね。よく平気だなぁと、自分たちとの違いを強く意識した。
翌日には予定どおり、馬車で勤務地へ戻ることにした。四日もかかるので、腕の傷くらいで休んでいられない。
ところが、熱が出てしまった。途中の宿場町での滞在を余儀なくされる。
「ごめんなさい。あなたは先に戻ってください」
魔術師にそうお願いしたが、聞き入れてくれなかった。
「職場には連絡を入れたので、大丈夫ですよ。心配しないで休んでください」
そう言って、額を魔導具で冷やしてくれる。
「絞ったぬれタオルと比べてどうですか?」
「気持ちいいです。寝返りを打って枕元に落ちたりしないのも、いいと思います」
「冷たすぎたりはしませんか?」
「……ちょっと、そうかも」
「温度を調節して、作り直しますね。用があったら、ベルを鳴らしてください」
そう言うと、部屋を出て行った。
隣の自分の部屋に戻ったのだろう。
ほうっ……と息を吐く。あまりかいがいしく側にいられても、気が休まらないのだ。
寝つくまで手を握っていてほしいとか、そういう気持ちになったことがない。子どもの頃からそういう経験がないせいか……?
普通だったら、生活拠点と違う場所で寝込むのは不安になるだろう。
けれど、もし王都にいたら母が駆けつけてくる危険性がある。予定どおり出発して良かったと思ってしまった。
兄の結婚式で母が私を庇うようにしたこと。あれを芝居じみていて気持ち悪いと思う私は、性格が悪いのだろう。
犯人が取り押えられていたからいいものの、他に仲間がいたら危なかった。抱きつかれていたら反撃できないし、狙いやすい的になってしまう。
いい母親と思われそうなことは、張り切ってやるのよね。
――駄目だわ。こんな意地悪い見方をしてはいけないはず。
熱が出て、悪い方に考えているだけ。考えないで寝てしまおう。それがいい。
この街で臨時に雇った小間使いの子に体を拭いてもらい、寝間着を着替えた。
小間使いの子と入れ違いに、魔術師がパン粥を持って入ってくる。
利き手を怪我したせいで、食事を介助してもらうはめになった。とっても恥ずかしいのですが。
よく噛んで、ごくんと飲み込んでから、気になっていたことを尋ねた。
「そう言えば、どうしてあなたまで休暇を取ったの?」
「……たまには実家に帰ってもいいかと思って。馬車を乗り継ぐより、うちの馬車の方が楽でよくない?」
次の一匙に息を吹きかけて冷ましてから、自信なさげに質問を返された。
確かにそれは、そうなのだ。平民の乗合馬車と貴族の家の馬車など、比べものにならない。
「……助かってます」
「本当? よかった。はい、あ~ん」
差し出されたスプーンを口に入れる。もう、何をやっているんだろうと、我ながらよくわからなくなってきた。
……熱があるから、いろいろ、仕方ないのだ。たぶん。




