バラの花束
※ 暴力的な描写があります。
兄の結婚披露パーティーが終わる。
会場の入り口に新婚夫婦が立ち、参加者にお礼を言って見送っていく。
普通なら私は親族として後片付けを手伝うのだが、弟に「客に紛れて帰っていいよ」と言われた。
母と同じテーブルにいるだけで、ものすごく消耗してしまった。子爵家からお迎えの馬車も来たようだし、そうさせてもらうことにした。
何台も並んだ馬車の横を歩いていると、ふいに名前を呼ばれた。立ち止まってそちらを見ると、赤いバラの花束を持った年配の女性が立っている。
知り合いにこんな人はいただろうか? 少なくとも、今日の出席者ではない。
その女性の目がギラついているように見える。左手を右手で触り、薬指の指輪に気がついた。そうだ。変なことをされたら、空砲を撃てばいい。
「なんでしょうか?」
「あなたに、ぜひこの花を受け取ってほしいのです」
ずいっと胸元に花束を押しつけられた。嫌な既視感。
「いや……ちょっと、どういう意味ですか?」
後ろに下がろうとしたが、通りかかった人にぶつかってしまう。
「あ、すみません」
ぶつかった人に顔を向け、女性から目を離した。花束が足元に落ちる。
「この売女がぁ!」
そう女性が叫び、腕に痛みが走った。彼女が手に握っているナイフが、赤く染まっている。
私の腕から血が流れている。切られたのか。
え、何? どうして?
私とぶつかった人が、女性の前に走り出る。彼女の腕を掴み、ひねり上げ、地面にねじ伏せた。ナイフが地面に落ちて、音を立てる。
それは流れるように、一瞬の出来事だった。
あ、この方、兄の同僚だわ。さすが武官。
ぽたぽたと赤い血が服を汚していく。痛いけれど、これくらいなら失血死はしないだろう。
移動して汚れを広げるのはよろしくない。ハレの日に流血など縁起が悪いので、このままこっそり帰りたい。
そんなことを考えていたら、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。どたどたと母が走ってきて、私に抱きつく。ぎゅうぎゅう力を入れられて、痛い。
母は、拘束されている女性に叫んだ。
「うちの娘に何するのよ!」
「私の息子がそいつのせいで殺されたのよ。これは正当な敵討ちだわ」
女性は押さえつけられて、大きな声を出せないようだった。しかし、聞き捨てならない。
そこへ、弟が走ってきた。
「お袋、危ないからどいて」
「この子は私が守る!」
「気持ちはわかるけど、容疑者はもう取り押えられてるから。切り傷を手当てした方がいいだろ」
後から来た父が、母を引き離してくれた。
弟が自分のタイを外して、私の腕をグルグル巻きにする。ハンカチで腕の付け根に近いところもぎゅっと縛られた。
さらに上着を脱いで私の肩にかけようとする。
「汚れちゃうからいいわ」
「他のお客さんに見えない方がいいだろ」
子爵家の御者が私を見つけて、連れ帰ると申し出た。すぐに医者を呼ぶと言ってくれたが、パーティー会場の事務室で手当を受けることにした。
簡単な事情聴取をしたいと言われたし、出席者に軍の衛生班の人がいたのだ。
あの女性は、私に嘘告をした男性の母親らしい。祭典の警備情報を漏らしたために処刑されたのだが、それを私のせいだと恨み続けていた。
祭典に花を納入していた彼の幼なじみは、人づてに聞いた断片的な情報を組み合わせ、自分が納得できる物語を作り出した。それによると、私が子どもの頃に嘘告されたのを根に持っていて、彼を罠に嵌めたという。
それをそのまま、傷心中の彼の母親に伝えた。
彼の母親は恨みを晴らすために私の動向を調べたが、肝心の私は地方に転勤してしまった。
そして今日、兄の結婚式なら出席するだろうと待ち構えていたという。
え……私が悪かったのだろうか?




