噂の的
しばらくすると、私の悪口が広がっていた。
一度だけデートした相手が、私に弄ばれたと言いふらしているらしい。嘘を吐いているわけではないが、かなり自分に都合のいいように解釈している。
しかも、王都から来たエリートに浮気した、二股女だそうだ。
何度もしつこく誘われて、一度デートというものをしてみたかったので承諾しただけなのに。
それが、「私もかなり乗り気で、結婚式の相談をするつもりだった」という話になっている。加えて、一方的な婚約破棄だから慰謝料を請求できるはず、と言い出している。
慰謝料が取れたらみんなに奢ると約束したからな、とすれ違いざまに言われた。
怖い。すごく変な人だった。
だから評判が悪いんだな、根拠もなく嫌われていたわけじゃないんだな、と理解できた。ちょっと……いや、かなり遅かったかもしれない。
元から私にいい印象を持っていない人たちは、「ほら見たことか。王都から来た高飛車な女なんて」と思うらしい。
別になんと言われてもいい。友達を作りに来たわけではなく、仕事をしに来ているのだから。
ところが制服を汚されたり、筆記用具を隠されたりするようになった。これではまるで、小説の主人公いじめではないか。
母から離れて、精神科で処方される薬が弱い物に変わったのに、また強い薬に戻ったら困る。
緊張を緩和する作用があるので、悲しいという気持ちも薄いように感じる。果たして、それは「幸いにも」と言って良いことなのか……。
食堂に行きたくないし、自分の机にもいたくない。中庭のベンチでモソモソとパンを食べていたら、魔術師に見つかってしまった。目ざとく制服の汚れを指摘され、仕方なくぽつりぽつりと説明する。
「許せないね」
魔術師は静かにそう言った。
「きっと暇なんですよ、彼女たち」
王都に比べたら、のんびりした職場だもの。おしゃべりする時間があるなら仕事をすればいいのに、というのは黙っていた。
二日後の始業前に、魔術師からペンをもらった。
「これを職場で使ってほしいんだ。配給品を隠されたら、新しいペンをもらうときに叱られるだろう?」
「でも、私物を持ち込まないように言われてしまうわ」
「そう言われたら、魔術師の実験に協力していると答えればいいよ。落としたりするのはいいけど、踏み潰したりしないでね」
魔術師はご機嫌で、口角を三日月のように上げた。
「いただいた物にそんなことしないわよ?」
「ああ、そうだよね。普通はね」
そのやり取りを、睨むように見ている人たちがいた。
その日、昼食から戻ってきたら、職場に異臭が漂っていた。
「なんですかこれ。どうしたんです?」
すごい刺激で鼻にハンカチを当てないと、息をするのも苦しい。
「あんたのペンを踏みつけたらこうなったのよ!」
パンプスの底を床にこすりつけながら、怒鳴られた。
「……最近、私の物を壊していたのはあなただったのですね」
まあ、見当はついていたけれど。
彼女たちの陰湿な行為が明らかになり、上司に厳重注意されたそうだ。
不思議な偶然もあるもので、私の悪い噂を流した男性は、山奥の部署に飛ばされたらしい。私と同じような目に遭っていた女性たちは、「一生、山から下りてくるな」と喜んでいた。
魔術師はというと、彼も「使えそうな発明品は、速やかに報告しろと言っているだろう」と注意されたとのこと。
人混みに紛れようとする容疑者に目印を付けるとか、いろいろな使い道が考えられるらしい。




