ヘタレの暗躍
「あんた、突然何なんですか」
デートの相手は、魔術師の貴族らしい服を見て敬語を使った。
「僕は、彼女の薬指に指輪を贈った者ですが?」
いつもほにゃほにゃしている魔術師だが、貴族モードに入るとキリッとするのが不思議だ。
デートの相手に「本当か」と確認されたので、肯定する。
この護身用の魔導具は、彼が発明したものだ。
「女性の腕を不躾に握るなど、紳士的に振る舞うような教育を受けていないのか」
魔術師に強い口調で言われて、ようやく手を放してくれた。
ひどい。手首に赤く跡がついているし、ジンジンと痛む。
「なんだよ、ブス! もう誘ってやらないからな」
捨て台詞を吐いて、男は伝票を残したまま店を出て行った。これは私が相手の分も払わなくてはいけないのだろうか。
後日お金を回収に行って絡まれるのも嫌だし、仕方ない。
もう出ようと思っていたところだったので、私は伝票を持って会計に向かう。
「あ、僕が払いますよ」
「あなたはこのお店に入ってきただけで、何も食べたり飲んだりしていないじゃないですか」
魔術師はお人好しなところがある。
店を出て、なんとなく並んで歩き出す。大通りでは、片付けを始める店もちらほら――
「助けていただいて、ありがとうございます。
でも、どうしてここにいらっしゃったのですか? 出張ですか?」
「あー、僕も異動して来ました」
魔術師は目を逸らして、照れたように言う。
「……そうですか」
異動ということは、この街に住むのか。でも、それでたまたまこの店の前を通りかかるって……そんなこと、ある?
プライベートに踏み込むようで質問していいのかわからず、言葉が出てこない。
そんな私の顔を楽しそうに眺めている。驚かせようと思って成功したときのように。
「落ち着いたら、ここの街を案内してくれる?」
「いいですよ。私もまだそんなに詳しくないですけど」
観光案内なら地元の人に訊いた方がいいだろうが、この魔術師は人見知りなところがあるらしい。彼の兄嫁がそんなことを言っていた。
彼のご家族にはお世話になったし、私がお役に立てることがあるなら恩返しをしたい。
「引っ越しというと、兄嫁さまも馬車でこちらにいらしてるんですか?」
彼も寮に入るのだろうか。
親戚でもないのに私の引っ越しを手伝ってくださったのだ。義理の弟なら尚更……。
「いや、『一人でできるでしょ』と追い出されたよ。あ、嘘うそ。ちょっと大げさに言いました」
「もう、なんですか、それ」
思わず腕を叩きそうになって、手を止めた。親しく接してくれても、相手は貴族だ。適切な距離を取らなければ。
「あ、そうだ。今日の夕飯の予定は?」
いつもぼさぼさの髪の毛が整えられている。顔をのぞき込まれて、ドキッとしてしまった。
「寮の食事はキャンセルしてあるので、適当に買って帰ろうかと」
「それなら、僕と一緒に食事に行こうよ!」
夕日に照らされて、魔術師の顔が真っ赤に染まっている。こんなに勢いよく言うなんて、よほどお腹が空いているのだろう。
「私、平民が行くお店しか知らないのですけど……」
今日の彼の格好は、どう見ても貴族だ。下手なお店には連れて行けない。
「あー、じゃあ、軍の人が行くお店は? そういうお店なら、平民も貴族もいて安心でしょ」
「そうですね。では、行きましょうか」
ふいに、この魔術師がお酒に酔って、意地の悪いことを言ってきたことを思い出した。お酒の品揃えを自慢しているお店は避けよう。そう考えながら、道を案内する。
店のショーケースを指差しながら、お菓子屋や文具店など説明をした。どんなものを買ったか質問されて答えると、些細なことにも興味を持ってくれる。
この土地に来て二ヶ月ほど。仕事と体調管理だけをしてきたような気がしていたが、少しずつ街の知識が増えていたのを実感した。
「魔術師の兄弟子がこちらに赴任していて、共同研究ということで僕を引っ張ってくれたんだ。それで、昼間にご挨拶にうかがって……」
「だから、パリッとした格好なんですね」
「はい。あの、パリッとした格好は好きですか?」
「貴族っぽい服装は素敵だと思いますが、並んで歩くのが申し訳ないですね。あ、ここの角を曲がります」
「あ、はい。え、申し訳ないとか、そんなことはないです。あ、じゃあ、ドレス、贈ってもいいですか? いや、ドレスはやりすぎか。ワンピースくらいなら……」
後半は小声で早口だったので、実は聞き取れなかった。
「いただいても着ていく場所がないですよ」
なんとも気の抜ける会話だなぁと、頬が緩んだ。
――知り合いがたくさんいるお店で、休日に二人で夕食を取る。
それが田舎ではどんな噂になるか、私は失念していた。




