上手くいっているふり
結婚を諦めたからには、自活しなくてはいけない。女学校の最終学年に官吏の試験を受ける準備を始めた。
結婚が女の幸せだと信じている母は、猛反対する。
普段あれだけ出来損ない扱いするくせに、もらってくれる人がいるとでも思っているのだろうか。自分が愛せない娘を他人に押しつけるなんて、図々しい。
父や兄が働いている軍部ならいいと、ようやく許可をもらった。
女学校の卒業生の中に軍部で働いている人がいる。試験勉強のコツを教えてもらえないかと頼んだら、快諾してくれた。
「珍しいご家庭ですね。逆に官吏になってもいいけれど、軍部は避ける女性が多いのに」
ジュースを飲みながら先輩が首をかしげた。
「そうなのですか?」
「騎士団とは違って、少し荒っぽい印象があるでしょう。私はいくつも試験を受けて、受かったのが軍部だけだったの」
そう言われてみれば、いつも「普通」を大切にする母にしては不思議だ。
「父と兄が軍部にいるから、でしょうか」
そう答えながら、仕事中に私に何かあっても彼らが駆けつけることはない。だって、きっと彼らも仕事中だから。
母が軍部ならいいと言った理由は、よくわからない。母の理屈が理解できないのは、いつものことだ。質問しても「そんなの常識でしょ」と言われるので、放置してきた。
私はいろいろなことが理解できないまま生きている。
参考になる資料をもらって帰宅すると、母に話しかけられた。
「あんたそんな靴で出かけたの? 服との組み合わせが変よ」
出かける前ならともかく、帰ってきてから言うのは、なんで?
――青ざめながら思うのはそんなことだった。一緒にいた先輩も、内心では恥ずかしいと思っていたかもしれない。
母はご機嫌で、私の顔色など気にせず、弟の自慢を始めた。
「あの子はセンスがいいのよね。『姉貴はもっとおしゃれすればいいのに』って言っていたのよ。本当に優しい子だわ」
それは、私が従姉妹にもらったお下がりで、弟はおねだりして流行の服を買ってもらえるからでしょう。
何度か新しい服を買いに行ったことはあるけれど、私が選んだものにケチを付けて、結局母が気に入った物を押しつけてくる。考えるだけ無駄なのだ。
それに、自分の好みではない服を組み合わせるしかない状況で、センスを磨くのは難しいのではないだろうか。才能がある人なら組み合わせでおしゃれになるかもしれないが、子どもの頃からセンスを磨く機会がなかったわけだし。
今さら無理だ。
「そ、そう……」
力なく、そう返すので精一杯。うつむきながら、自室に向かった。
「おしゃれな弟を見習いなさい」と背中に母からの激励が投げつけられる。
扉を閉め、一人になって声を殺して泣いた。
自分が思いやりだと思っていた行動は、完全な独りよがりだった。
認められることを前提とした「母への思いやり」……そんな自分に幻滅した。
就職したら家を出よう。それが唯一の希望になった。
無事に軍部の事務官に採用された。
父と兄は喜んでくれた。弟は「武官を目指すから、よろしく先輩」と言って笑った。
母は「働かなくちゃいけないなんて、可哀想」と見当違いの同情を寄せてきた。
そう、我が家は普通の家庭だ。居心地が悪いと思う私がおかしいのだ。
私はただ微笑んで、仲のいい家族という設定の中で「穏やかで控えめな娘」を演じる。
反論も、欲しがることも、他の人の役割だ。
心の中で、家を出て行けることに安堵していた。




