十五話 黒き衝動
食パンを銜えた女の子と曲がり角でぶつかってしまい、投稿が遅れてしまいました。すみません。
倒れるように上体を後方へと倒すと、剣先が鼻頭を掠っていく。お返しにと言わんばかりにナイフを振るが、手首を掴まれ、地面に叩き付けられてしまう。
空は一点の曇りもなく、爛々と輝いている太陽がまぶしい。普段ならこのまま太陽の光を浴びながら昼寝でもするところだが、今はそんな時ではない。太陽の光を反射し、輝く剣が寝転がる自分に向けられ、叩き付けるように振り下ろされているからだ。
これは模擬戦だ。このまま行くと寸止めをされ、あっさり僕の負けになるだろう。だが、怖いものは怖い。僕は勢いよく、ハムスターが動かす回転車の様にゴロゴロと横に転がり、何とか回避する。安心するのはまだ早い。転がった勢いをそのままに十分に距離をとってから立ち上がり。トンスさんの方を向いて僕の小さな武器を構える。
ナイフが武器なんだから間合いを取るのは悪手?その通りだと思う。けど、実力も武器のレンジもトンスさんの方が上。なかなか近づくことはできないし、近づいても返り討ちにされてしまう。今は、作戦を練らなければならない。
だが、頼りになる相棒は残虐無慈悲なトンスさんの攻撃により、目を回して地面に倒れ伏している。あまりの手加減がない攻撃に思わず「悪魔だ!」っと叫んでしまったのも仕方がないことだろう。
「回避は中々よくできてるじゃないか」
ウンウンと作戦を練るアルカにトンスはソーレンが見たら悔しさのあまり発狂するほどの、爽やかな笑みを浮かべる。
「だけど、動きがまだまだ鈍い。希少ジョブを授かったなら、非戦闘職であれ、今のアルカはC-程の実力になってるはずだ。早く体になれないと、サクッと終わるぞ?」
「わっ分かってるよ!今から正真正銘、本気で行くから!負けても知らないよ!」
まんまとトンスの挑発に乗ったアルカは、重心を前に倒し、低い姿勢から駆け出す。トンスはニコリと笑顔を浮かべ、後退しながらアルカに対して右手を向ける。
「そう簡単には近づけさせないさ『雷撃』」
トンスが魔法名を言った瞬間、彼の右手からバチリッという音と共に、まるで生き物のように電撃がその身をくねらせながらアルカに向かって繰り出される。対するアルカは避けようともせずに、右手に持ったナイフを強く握りながら、眼前に据え──
「『装備:闇刃』!!」
アルカが持ったナイフの刀身に闇属性の魔力が纏わり付く。そして、アルカは雷撃を切り裂く。アルカは一切減速しないままトンスに接近する。
「まさかもう装備を扱えるなんて流石だな…!ならこれはどうだ!『雷槍』!!」
トンスの背後に魔法陣が浮かび、雷でつくられた槍がアルカに向かって突き放たれる。アルカとトンスの距離は十歩と言った具合。雷槍をギリギリ回避できる間合いだ。
しかし、アルカはその歩みを止めようとはしない。否、止めるという思考が欠落していた。現在、アルカは自身の身に起こっていることに困惑し、同時に歓喜していた。
視界は澄んでいて、時が止まったように全てのモノの流れが見える。魔力が定着したのか、自身の体とは思えない程、その身は軽い。そして、体の奥底から湧き上がる衝動。その衝動により、普段では憶する状況であっても、今はむしろその状況を待ち望んでいる自分がいる。
体の奥底から湧き上がる衝動に身を委ね、左手に魔力を生み出す。
「喰らえ!『漆黒之牙刃』!」
アルカの左手には魔力で作られた、剣身やグリップの部分でさえ真っ黒に染まった剣が生み出される。
「はああああ!!」
一閃。黒く染まった剣が雷槍を切り裂く。切り裂かれた雷槍はただの魔素へとなり、輝きながら消える。
雷槍を破ったアルカは、トンスへと剣撃を繰り出す。だが、全てをいなされる。
(剣が届かない…っ!このままじゃ拙い!)
不利を悟ったアルカは、トンスの剣と己の剣を強く打ち付け、その衝撃を利用して後方へと下がる。
そんなアルカをトンスは満足げな笑みを浮かべながら見る。
「剣筋も中々いい、咄嗟の判断も悪くない。まさかジョブ診断でこれ程まで変わるとは思わなかったな。やるじゃないかアルカ!」
トンスは心底嬉しそうにアルカを褒めたたえる。だが、アルカはハンスの方を見ず、どこか血走った目で地面を見つめながらブツブツと独り言を呟く。
「駄目だ駄目だ駄目だ、このままじゃ負ける。何か何か打開できる案がないと…闇属性には、他にどんな魔法があった!?思い出せ…!じゃないと負ける…このままじゃ僕はトンスさんのことを………殺せないじゃないか。
…え?あれ?今僕なんて言った…?」
アルカは自身の口を押えながらワナワナと震える。その顔には恐怖が張り付いていた。
「トソンさんを殺す…?何を馬鹿なことを言ってるんだ僕は?」
アルカは急激に自身の体が冷えていくのを感じた。違う、これが通常なのだ。先ほどまであった高揚感、全能感はもう無い。だからこそ分かる、分かってしまう。先ほどまではおかしかったのだと。不安と恐怖が押し寄せ、そのままアルカを暗い闇へ引きずり込もうとする。どっぷりと濁った暗闇が体の奥底から湧き上がる。止めれない、止まらない。初めて抱いた殺意は、何の脈絡もなく唐突だったが衝撃は強く、ガラスをハンマーで叩くかのように、アルカを壊し、病気の様にアルカを蝕んでいく。
視界が黒く染まっていく、ドロリとした嫌な感情が沸き上がり、体の外に出ていきそうになる。必死に抑えるがまるで出来ていない。とうとう視界の先にいるトンスが輪郭でしか捉えられなくなる。
このままじゃだめだ!必死にアルカは自分に言い聞かせるが体は言うことを聞かず、トンスに向かって剣先を向ける。トンスもそれに応えるかのように剣を構える。
「やめてくれ!」──声は出ない。
「このままじゃ僕は貴方を!」──思いは届かない。
アルカの心に絶望の二文字が浮かび上がる。だがその時、視界の端に真っ白な何かが映る。その白はアルカの体をよじ登り、肩の上に座り、頬をぺちぺちと叩いてくる。そして、何の反応も示さないアルカに怒ったのか、右肩をカプッと甘噛みをする。
その瞬間、急速にアルカの体から濁った何かが抜けていく。まるで風船のように、膨れ上がった殺意は萎んでいく。視界はクリアになり、自らの右肩に乗る相棒がはっきりと見える。
「…ありがとう、スイ」
アルカは未だに震える手でスイの頭を優しく撫でる。スイはキョトンとした後、くすぐったそうに、嬉しそうに目を細めながら、そのふわふわの毛をアルカの頬にむぎゅっと押し付ける。
「穏やかな雰囲気のところすまないが、模擬戦だってことを忘れるなよ?」
いきなり穏やかな雰囲気でスキンシップを始めたアルカとスイに、苦笑いをしながらトンスは声をかける。
アルカはスイを撫でるのをやめ、どこかすっきりとした表情でトンスを見る。
「待たせちゃってごめんね?トンスさん。次で決めよう」
そういったアルカは腰を低く落とし、右手にナイフを、左手に先ほどよりも少し短くなった剣を持ち、構える。アルカの肩の上に乗っていたスイも地面に降りて、『さっきみたいにはいかないからね!!』と意気込んでいる。
「次で決める…か。ならこっちも少し真面目に行こうか!」
対するトンスも笑みを浮かべながら構える。
二人、いや、二人と一匹の間にピリッとした空気が流れる。風は止み、まるで世界が止まったのかのように静かになる。一秒がとても長く感じる、そんな中、先に動いたのは白のコンビだった。
「原初の禍、光を堕とし、黒より黒く染まりしその体、現世に曝し、産声を上げよ!『堕黒禍蛇』!」
アルカの影が揺れ、隆起し、形を作り出す。それは揺らめきながら、その漆黒の体に光を浴び、巨大な蛇の形となっていく。蛇は主を守るかのように、アルカの背後で静かに揺らめきながら、トンスを睨む。
「まさか…最上級の魔法だと!?」
漆黒の蛇に睨まれているハソンは驚きの声を上げる。
いくらなんでも規格外。ジョブ診断が終わったばかりで、最上級の魔法を成功させるなどありえない。それにアルカのジョブはテイマー。戦闘職ならまだしも、非戦闘職である彼がこのようなことを出来るのは異常だ。まさに才能の塊、そう言うしかない。
長年冒険者をやってきたが、こんなに体が緊張しているのは初めてだ。今も気を抜けば、膝が笑ってしまう。心臓の音が五月蠅いほど鳴っている。けれども、そんな状況だが、同時に今、俺は歓喜している。
昔、グレンさんと約束をした。グレンさんに何かあれば、俺がアルカ達を守ると、鍛えると。グレンさんが亡くなってからは手探りの毎日だった。なんせ、他人に技を教えるなんてことはしたことがなかったから。何度も正しさを考えた。あの子たちのためになっているかを考えた。
だがどうやら、俺は上手くできていたみたいだ。
目の前で自信満々にこちらを見てくるアルカと目を合わす。やや魔力欠乏気味で、いつもより肌が白くなっているが、そんなことを感じさせないぐらいの迫力。立派な姿を見せてくれている。
──グレンさん。血は繋がっていなくてもアルカはやっぱりあなたの子供だ。あなたの息子は立派に育ちましたよ。あなたに負けず劣らず、凛々しい顔つきで、自信満々に立っています。『紅虎』と言われたあなたの息子で間違いない。
トンスはスゥっと息を吸い込み、体内の魔力を急速に巡らせる。
「約束は果たせた。アルカの実力を見ることができた。…けれども、師匠として負ける訳にはいかないっ!」
アルカに聞こえない声でトンスは呟き、己の拳を強く握り、笑みを浮かべながら、アルカと相対する。
「アルカもすごいモンを見せてくれたんだ、俺もそれに応えよう!────千の矢も、万の剣も、我が白雷の鎧には傷一つつけることは、出来んと知れ!『纏雷之鎧』!」
目を開けることができない程の光に包まれ、トンスの体に雷が纏わり付く。やがて、形を成し、時折バチリッと音を出す鎧が現れた。
「喰らい尽くせ!!」
トンスの鎧を見たアルカは、すぐさま『堕黒禍蛇』を彼のもとに向かわせ、自身も『堕黒禍蛇』の体に隠れつつ、トンスへと向かう。
対するトンスは静かに、ただ静かに剣を構え、その場に佇む。
やがて、漆黒の蛇は人一人を丸呑みできそうなほど口を開け、トンスを飲みこもうとする。しかし、その刹那。
「『迅雷』」
漆黒の蛇に対し、トンスが行った行動は、横薙ぎの一閃。それも、瞬き程の速さで繰り出された雷速の剣技。漆黒の蛇の胴体は横にずれる様に落ち、魔素となり消えていく。消えゆく大蛇から現れたのは魔力で作られた剣を振りかぶった姿のアルカだった。
「自身の魔法が破られても動揺しなかったのは偉いぞアルカ!」
トンスはアルカのことを褒めたたえつつ、アルカの剣を受け止めるために振り上げるように剣を繰り出す。
──しかし
「それは予想済みだよ!『悪戯』!」
「…なっ!?」
闇属性の下級魔法『悪戯』はその名の通り、特に害もなく、ちょっとした悪戯を起こす魔法である。下級魔法であり、適正属性が闇であった者は最初に覚え、日常生活に少し刺激的なスパイスを加える程度に使われる魔法だ。そんな一見、戦闘に役に立たない魔法をアルカは使用し、トンスは驚きのあまり、僅か数瞬、動きが鈍くなってしまう。何故なら、突然自らの指に力が入らなくなってしまったからだ。
(指先に力が入らない!?…悪戯にこんな使い方があるとは…やるじゃないか、アルカ!)
トンスはアルカによって弾き飛ばさる自身の剣を見ながら内心、アルカのことを褒める。
「これでっ決まりだよ!!」
アルカはがら空きになったトンスの胴に向かって横薙ぎに剣をふるう。アルカが魔力で作った剣は刃を潰してある。当たれば痛いだろうが、本気の模擬戦なのだ、これぐらいはトンスも許してくれるだろう。
しかし、横薙ぎに振るった剣は、トンスの鎧に当たり、その刀身が砕け、魔素となり消えていく。
「その程度の一撃じゃあ、俺の鎧は砕けないぞ!」
「分かってる!予想済みだよ!『装備:闇刃』!!」
アルカはすぐさま、ナイフを取り出し魔力を纏わせ、両手でナイフを持ち、鎧へ向けて突き刺す。
「甘い!『迅雷』!」
「…ぐッ!」
だが、ナイフが鎧に当たる寸前、雷速で動いたトンスによって、ナイフは叩き落され、アルカは組み伏せられてしまう。
「これでチェックメイトだ。なかなか良かったぞアルカ?」
トンスは組み伏せたアルカの首筋に雷属性の魔力を纏わせた自身の手を置き、勝利を宣言する。だが、組み伏せられたアルカは口元をにやけさせる。
「まだだよトンスさん…。今だよ!スイ!」
『キュー!』
トンスの死角からもこもこの白い毛の兎が飛び出してくる。口には先ほど、アルカが落としたナイフが加えられている。
「なっ……しまった!!」
トンスは咄嗟に鳴き声がした方向を向くが、時すでに遅し。自身の首に心地いい毛の感触と、ナイフの冷たい感触が伝わってくる。
「…ははっ最後の最後で出てきたか…。いいコンビネーションだ。」
「なんたって僕はテイマーだからね!結局、この試合は引き分けだね」
『ふいほあふかふぁへふとふぁーふなーはよ!(スイとアルカはベストパートナーだよ!)』
トンスはしてやられた、と苦笑いし、アルカは作戦がうまくいったことに嬉しがり、スイはナイフを加えたままもごもごと(アルカにしか分からないが)誇らしげに喋る。
そして、トンスは苦笑いをやめ、いやらしい笑みを浮かべる。
「いいやこの試合は引き分けじゃない。俺の勝ちだ」
「何を言って──」
「いいか、アルカ?大人は汚いんだ。『雷電』」
アルカが何か勘づき、引き攣った笑顔でトンスを見上げたその時、トンスの黒い笑みと共に彼の体からバチリッと電気が流れ…
「~~~~~~ッッッ!!??」
『キュウ~~~ッッッ!!??』
アルカとスイの体に電流が流れる。アルカはアフロヘアーになりながら気を失い、スイは硬直し、地面へと転げ落ちる。
そしてトンスは服に付着した砂を払いながら立ち上がり、苦笑いしながら頬を掻く。
「流石に今のは卑怯だったかな?っま、本気の模擬戦だったし、いいだろう!」
そう言いながら笑うトンスの足元から「よくないよ~……」と恨みがましい声が聞こえてきたのは空耳ではないだろう。だが、その声はこちらに向かってくる誰かの足音によって掻き消され、トンスには届かない。
足音をする方を見ると、レイア達五人がこちらに向かって来ていた。トンスは五人に手を振ろうとするが、五人の先頭を血相を変えて走る、金髪少女と赤髪の少女を見て手が止まる。
トンスはチラッとアルカのことを一瞥した後、溜息を吐き、思う。「やり過ぎた…」っと。
この後、アルヒ村唯一の冒険者の悲鳴が村に響き渡ったらしい…。
ソーレン「名前の響きが似ていてややこしい時ってあるよな」
リナ「その点ソーレンさんは大丈夫ですね」
ソーレン「まあな!俺に似た名前ってあんまりいないし、そもそもイケメン過ぎて俺のことを間違える人なんていないだろうな!」
リナ「いえ、私が言いたいのは誰も”影が薄い”ソーメンさんのことを覚えていないでしょうから間違える人もいないでしょうね、ということですよ。」
ソーレン「…ソーレンだよ」




