第89話 妖精の物語②
それから私はしばらくの間、ニア様にお世話になった。妖精の体に慣れない私に、飛び方や食事といった基本的な事を全て教えてくれた。
「フリスもようやくその体に慣れてきましたね」
「ニア様のおかげですよ。本当に感謝しかありません」
「いいんですよ、最初に言った通り私は救世主なのですから」
「……」
フリスという名前もニア様につけてもらった名前だった。だから私という妖精を作ってくれたのはニア様だった。
あの人は私にとって本当の意味で救世主であり、この恩がもう返さないと考えると、とても悲しい。そう、あの時だってニア様がいなければ……。
「どうしたんですかフリスさん。今日はすごく顔色がが悪いですよ」
「す、すいませんニア様。部屋で休まさせてもらいます」
キッカケは、ふとした時に人の心の声が無意識の中で聞こえるようになってしまった事だった。いくら耳を塞いでも聞こえてくる人の声。
それはニア様に対しても例外ではなく、私の耳には沢山の声が耳に聞こえてきた。
(ど、どうしよう、すごく怖いよ私……)
身体が震える。ようやくこの姿での生活に慣れて、この世界で生きていく事を決めたのに、こんな訳も分からない何かで、私はとにかく怖かった。
(ニア様でさえも怖い……私に対してどう思っているのか、それが全部聞こえて……)
不安と恐怖は益々増えていく。どんなに拒んでも私の耳に届く、沢山の"声"。範囲がどれくらいなのかは分からないけど、部屋に籠っていれば聞こえないと判断した私は、しばらく部屋に引きこもった。
(何やっているんだろう、私)
引きこもって二日経つと、その行為自体が馬鹿馬鹿しく思えてくるようになった。あれからニア様は何度か私の部屋に訪ねてきてくれた。けど誰かと接触する事が怖くなった私は、それに応える事ができない。
命の恩人に対しても抱いてしまった底しれない恐怖は、簡単に拭えるものではないと思ってしまった。
(怖いよ龍ちゃん……奏ちゃん……)
この世界に来て初めて私は二人の名前を呼んでしまった。この世界にいるはずのない彼の名前を。今の私の心の拠り所は彼らだけなのかもしれない。
「フリス、起きていますか?」
部屋に引きこもって丸三日が経った頃、ニア様が何度目かの私の部屋にやって来た。
「ニア様……私今貴女に顔を見せるのも怖いです」
扉を開けずに私は答える。このやり取りを私は何度もしていた。その度にニア様を困らせて……。
『大丈夫ですよ、フリス』
「……え?」
『ようやく貴女がこうなってしまったのか分かりました。貴女が……その力を引き継いでしまったんですね』
まるで全てを知っているかのように、ニア様は心の声で私に語りかけてきた。
『貴女が恐れているこの力は、妖精達の中で唯一私が生まれながらにして持つ力。そしてそれは、妖精女王としての証なんです』
「妖精女王の証? どうしてその力を私が……」
「どういった経緯でそうなってしまったのかは私には分かりません。しかし怖がらなくていいんですよ、貴女は私が支えますから」
心の声から普通の会話に戻る。私はその言葉を聞いた時、ふと彼の事を思い出していた。
『美冬、一人で悩むような事があったら俺や奏を頼れ。お前は決して一人じゃないんだから』
(龍ちゃん……会いたいよ私……)
でもその願いは叶わない。だからその代わりに、今の私にはニア様が居てくれる。私という……フリスという存在を作ってくれたニア様が。
「……迷惑をおかけしました。ニア様」
「いいんですよ、怖くなるのは仕方がない事ですから」
この日私は改めて妖精として生きていこうと決めたのだった。
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私という人間が妖精として生き始めて、半年が経った。半年も経てば、もうこの世界での生活にも慣れ、私は妖精フリスとして何不自由なく生きてこれた。
(龍ちゃん達、どうしてるかな……私が居なくなって寂しがっているかな……)
時々龍ちゃんと奏ちゃんの事を思い出す事もある。その度に私は少しだけ寂しい気持ちにもなるけれど、以前よりかはその気持ちもなくなっている。
「どうかされましたか? フリス。考え事でもしているようですが」
「あ、いえ。ところで今日はどこへ行くんですか?」
「今日はフリスに会わせたい方がいまして」
「会わせたい人?」
「フリスはこの世界にある三冊の預言者についてご存知でしょうか?」
「話は聞いた事があります。確かこの世界を構成しているに等しい本だとか。けどそれって最近できたと聞いていますが」
「昔から存在はしていたらしいのですが、見つかったのは最近らしいです」
「その預言書とこれから会う人に何の関係が?」
「今からその預言書の一人に会いに行きます」
「預言書に会う?」
ニア様の言葉の意味が分からなかった。預言書というのは本であるわけで、それに会うというのは少し変なのではないかと思ってしまう。
そんな私の疑問にニア様は何も答えずに、足を進める。そしてしばらく歩いた後、私達がたどり着いたのは……。
「ここに預言書があります」
「ここは?」
「孤児院です。この森の中にあるたった一つの」




