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【第1章完結】国王に虐げられた悪役王女が、転生した呪いの力で復讐する〜呪いは二人の共同作業〜  作者: 降月
第1章 石の呪い

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石の呪い(6)

 儀式の前に、二人はそれぞれ体を清めた。


 オルティーネは井戸の水をくんだたらいで、手と足と首筋を洗った。晩秋の井戸の水は、指先がしびれるほど冷たかった。ファルに言われたとおり、ひとつまみの塩を水に溶かして、その水に浸した布で顔を拭いた。髪の飾り紐をほどいて、くしでまっすぐにとかした。結び目も留め具も、儀式のあいだは身につけてはいけないのだそうだ。


 ファルが持ってきた白い麻の単衣に着替えた。何度も洗った布らしく、肌に当たるとやわらかかった。袖口のほころびが、細かい針目で何度も繕ってあった。郭の誰かが繕ったのだろう、とオルティーネは思った。


 儀式には離れの奥の小部屋を使った。ふだんは物置にしている部屋で、昼のうちにオルティーネとマグダで、つぼや籠を全部台所へ運び出してあった。床には何もない。四隅に一本ずつ、ろうそくが立ててあった。


 床の上にファルが炭で大きな円を描いていた。


 円の中にもう一回り小さな円。その二つのあいだに、糸を巻きつけたような模様が、ぐるりと描きこまれている。首飾りの台に彫られていたのと、同じ模様だった。


「それで、このあとはどうするの?」


 オルティーネは、円の外に立って聞いた。


「まず、円の中心を挟んで、寝転ぶ」


 ファルも白い単衣を着ていた。紫の長衣を脱ぐと、肩は張っているのに、腰のあたりが思ったより細かった。ほどいた髪が肩の上に落ちていた。


「頭を中心のほうへ向ける。王女の左手と、俺の右手を中心の上で重ねる。そのあいだに首飾りを挟む。王女は右手に石を持ってくれ」


「こう?」


 オルティーネは円の中に入って、床に仰向けに寝た。床の冷たさが、単衣ごしに背中へしみてきた。頭の上の円のまん中のほうへ、左手を伸ばす。


 反対側で、ファルも仰向けになった。頭のてっぺんどうしが、拳二つぶんくらい離れて向かい合っている。ファルの右手が伸びてきて、オルティーネの左手の上に重なった。


 大きな手だった。指が長くて、手のひらが硬かった。


 ファルは二人の手のひらのあいだに、首飾りの石を滑りこませた。石が手のひらの真ん中に収まった。


 オルティーネは右手に割れた石の片割れを握った。割れた面のざらざらが、指の腹に当たった。


 天井を見上げた。ろうそくの火が、梁の影を揺らしていた。


「では、儀式を始める」


 頭の上からファルの声がした。


「王女は、その石を使った呪いを思い描くんだ。国王が一番こわいと思うものを。それが首飾りまで来たら、俺がそれを強める」


「それから」


 ファルの声が、少しだけ低くなった。


「途中で何を見ても手を離すな。首飾りの魔女の記憶が、混ざってくることがあるらしい。混ざっても離さなければ、戻ってこられる」


「らしい、って」


「俺も首飾りを使うのは初めてだ」


 オルティーネは、天井を見たまま少し笑った。


「正直なのね」


「うそをついても、儀式はうまくいかない」


 重ねたファルの手にほんのわずか、力がこもった。


 オルティーネは目を閉じた。


 右手の石を握りしめた。


 ――お父様が、王宮の正門の上の露台に立っている。


 王の礼服を着て、王冠をかぶっている。広場には民が集まっている。何百人も。何千人も。父は民に向かって片手を上げる。


 帝国へ兵を出す。


 父がそう言う。


 広場の声が止まる。


 それから、誰かが石を拾う。最初の石が、露台の手すりに当たって跳ねる。二つ目が父の肩に当たる。三つ目、四つ目。石が雨のように降ってくる。


 父は露台の床に座りこむ。王冠が転がり落ちる。両腕で頭を抱えて、必死に耐えている。額の生え際から血が流れる。


 やめてくれ。


 父が言う。


 やめてくれ、頼む、やめてくれ。


 広場の誰かが叫ぶ。


 やめるのはお前のほうだ。


 ――石を握った右手が、熱くなった。


 熱が腕を上ってくる。肩を越えて、胸を通って、左手のほうへ流れていく。左手の首飾りの石のところで、熱がいったん止まった。


 そのとき、重ねた手の上から別の熱が流れこんできた。


 ファルの手だった。


 大きな手のひらから、オルティーネの熱よりもずっと深くて、静かなものが流れこんでくる。それが首飾りの石の中で、オルティーネの熱と混ざった。混ざったものが、いっぺんに膨れ上がった。


 まぶたの裏の広場が揺れた。


 石を投げる民の顔が見えた。その中に子どもがいた。小さな手が、地面の石を拾っていた。


 あの村の子どもだった。


 首飾りの記憶で見た、熱の引いた子ども。その子どもが拾った石の先に、立っているのは父ではなかった。黒い服を着て、髪をきつく結い上げた女だった。額から血を流して、ただ立っている。


 オルティーネは自分の右手を見た。


 右手は石を握っていた。


 投げる側の手だった。


 息が止まった。広場がぐるりと回った。どちらに立っているのか、分からなくなった。石を投げている。石を投げられている。父がいる。女がいる。わたしがいる。


 左手をぎゅっと握られた。


 ファルの手だった。重ねた手の指が、オルティーネの指のあいだに入りこんで、強く握り直している。首飾りの石が、二人の手のひらのあいだで押しつぶされそうになった。


 手を離すな、と言われたのを思い出した。オルティーネは、自分からもファルの指を握り返した。


 その痛みで、戻ってきた。


 女の姿は消えていた。父は露台の上で、頭を抱えてうずくまっている。民の声だけが、雨のように降っている。


 右手の石が、すうっと冷たくなった。


 熱がどこかへ抜けていった。手の中から、まっすぐに遠いところへ。


 オルティーネは目を開けた。


 ろうそくの火が、さっきと同じように揺れていた。天井の梁の影が、ゆらゆら動いていた。


「届いた」


 頭の上で、ファルが言った。少し息が上がっていた。


「呪いは成功したようだな」


「……うまくいった、気がする」


 オルティーネは、自分の声が思ったより落ち着いているのに驚いた。左手は、まだファルの手の下にあった。ファルの指は、オルティーネの指のあいだに入ったままだった。


「このあとは、どうするの?」


「明日の朝になれば、国王は呪いでおびえているはずだ」


 ファルの声は、もう落ち着いていた。


「そこで戦をやめると言わせる。言わせたら、首飾りを握ったまま、国王の手首をつかむ。そうすれば、国王に付いた呪いは首飾りに戻る」


 オルティーネの指が、ファルの手の下で固くなった。


 手首をつかむ。


 自分から父に触れる。


 最後に父の手が自分に触れたのは、十年以上前だ。そのときの父の手は、オルティーネの頬を打った。


「わかったわ」


 オルティーネはそう答えた。


 ファルの指が、ゆっくり離れていった。首飾りが、オルティーネの手のひらの上に残った。


「では」


 ファルが身を起こす気配がした。


「儀式も終わったことだし、俺は帰らせてもらう」


「え?」


 オルティーネは仰向けのまま、首を反らして、さかさまにファルを見た。


「夜は、王宮から出られないわよ?」


 ファルが上半身を起こしかけた格好のまま、止まった。


 しばらく、そのまま動かなかった。ろうそくの火が、ファルの顔の半分だけを照らしていた。


 オルティーネは天井を見上げた。


 さっきまで握られていた左手の指を、閉じたり開いたりした。指のあいだに、まだファルの指の形が残っている気がした。


「ねえ」


 天井に向かって言った。


「二人のときは、ティーネって呼んで」


 返事はなかった。


 ろうそくの芯がちりっと鳴った。オルティーネは、天井の梁の木目を数えた。三つ目まで数えたところで、頭の上から低い声がした。


「……ティーネ」

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