↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1章完結】国王に虐げられた悪役王女が、転生した呪いの力で復讐する〜呪いは二人の共同作業〜  作者: 降月
第1章 石の呪い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

石の呪い(4)

「では、そろそろ帰る」


 ファルは椅子から立ち上がった。


「明日の夕方、また来る。夜になったら呪いの儀式をしよう」


「ねえ」


 オルティーネも立ち上がった。


「時間があるなら、ちょっと街に買い物に行きたいの。付き合ってくれないかしら」


「しかし、用事が済んだらすぐ帰らなければならない」


「わたし、一人じゃ王宮から出られないのよ」


 オルティーネは両手を後ろで組んで、ファルの顔をのぞきこんだ。


「王女が街を歩くには、供と護衛がいるの。北の郭へ行ったときみたいに馬車を出したら、大ごとになっちゃうし。でも、ちょうど紫の師団の服を着た方がいらっしゃるから、その方が一緒に来てくださるなら、出られるわ」


 ファルは自分の服を見下ろした。紫の長衣の胸元をまじまじと見た。それから、オルティーネの顔を見た。


 何か考えているようだった。眉のあいだにしわが寄っている。


「……王女の頼みを断ると、罰せられるのか」


「さあ、どうかしら」


 ファルの眉のしわがもっと深くなった。


 結局、ファルはついてきた。


 王宮の通用門を出て、下り坂の石畳を歩きながら、オルティーネは聞いた。


「ところで、どうして紫の師団の服を着てらっしゃるの?」


「前に」


 ファルは前を向いたまま答えた。


「急ぎの用で、黒の師団の者がそのままの格好で王宮に入ったことがあるらしい。王宮じゅうが大騒ぎになったそうだ」


「あー」


 オルティーネは黒い頭巾の人が王宮の廊下を歩いていく姿を思い浮かべた。女官たちが悲鳴を上げて柱の陰に逃げこむ。マグダなら、たぶん気を失う。


「それはなるわね」


◇


 王都の中央市場は昼すぎがいちばんにぎやかだった。


 石畳の広場いっぱいに、布の屋根をかけた店が並んでいる。かぶの山、玉ねぎを編んでつるした束、籠に入った生きた鶏。焼き菓子の店からは、蜂蜜と焦げた麦の匂いが流れてくる。どこかで魚屋が声を張り上げていた。


 ファルはオルティーネの半歩後ろを歩いていた。


 歩きながらずっと首を回している。右の店を見て、左の人を見て、後ろをふり返ってまた前を見る。肩に力が入りすぎて、長衣の背中がつっぱっていた。人がそばを通るたびに体がわずかに固くなる。


「どうしたの」


 オルティーネは笑いをこらえながら聞いた。


「本物の護衛の人みたいだよ」


「この服で」


 ファルは低い声で言った。


「この目立つ服で歩いていると、まるで裸で歩いているようだ」


 オルティーネはこらえきれずに吹き出した。


 郭の人たちはみんな黒い頭巾をかぶっていた。郭で会ったときのこの人は、顔の下半分を布で覆っていた。きっと、ずっとあの黒い服の中にいたのだ。それが今、王宮の中ならどこにでもいる紫の服を着て、隠すもののない顔をさらして昼の市場を歩いている。


 笑いながら一歩踏み出したとき、つま先が石畳の継ぎ目に引っかかった。


 体が前にのめった。目の前の道を、野菜を積んだ荷馬車が横切ってくるところだった。馬のひづめがすぐそこにあった。


「危ない、オルティーネ王女!」


 腕をつかまれた。強い力で後ろへ引かれて背中が何かにぶつかった。


 ファルの胸だった。長い腕がオルティーネの肩と腰をまとめて抱きかかえている。荷馬車の車輪がつま先の先をがらがらと通り過ぎていった。御者が何か怒鳴った。


 耳のすぐ上でファルの息が荒かった。抱えている腕にまだ力が入っている。長衣ごしに伝わってくる胸の鼓動がひどく速かった。


「だめだよ」


 オルティーネは言った。


「抱きかかえてすまない」


 ファルの腕がぱっと離れた。


「すぐに離す。もう離した」


「そうじゃないよ」


 オルティーネはくるりと向き直って、ファルを見上げた。


「こんなところでオルティーネ王女なんて大きな声で言ったら、せっかくお忍びで来たのにばれちゃうでしょう」


 そう言って、人差し指をファルの唇に当てた。


 ファルは動かなかった。


 まばたきするほどのあいだ、オルティーネの指の先でファルの唇がかすかに震えた。それからファルは急に顔を横へ向けた。束ねた髪が揺れて首筋が見えた。


 耳が赤くなっていた。


 オルティーネは指を引っこめて、何も言わずに前を向いた。自分の指先をそっと握りこんだ。


 しばらく、二人とも黙って歩いた。


 広場の端の井戸のそばで、ファルがふいに足を止めた。


 井戸のふちに女が一人、子どもを抱いて座っていた。子どもは三つか四つで、母親の肩に頬をつけて、浅い咳を繰り返している。咳のたびに、小さな背中がぴくりと跳ねた。


 ファルは母親の前まで行ってしゃがんだ。子どもの顔をじっと見た。手は伸ばさなかった。


「いつからだ」


 母親は紫の長衣の男にいきなり話しかけられて、身を固くした。


「と、十日ほど前から。夜になると、ひどくなって」


「咳のときに、胸のこのあたりが鳴るか」


 ファルは自分の胸の下のあたりを指で押さえてみせた。母親がこわばった顔のままうなずいた。


「茶の師団の診療所へ連れていけ。今日のうちに。明日まで待つな」


 それだけ言って、ファルは立ち上がった。母親は子どもを抱きしめたまま、ファルの顔とオルティーネの顔を見比べた。それから慌てて立ち上がって、広場の外へ小走りに去っていった。


「お医者さまみたい」


 オルティーネが言うと、ファルは首を横に振った。


「病を見立てるのは仕事の一つだ。治すのは茶の師団のほうがうまい」


 ファルは去っていく母親の背中を、角を曲がって見えなくなるまで見ていた。


 それから二人は八百屋を三軒回った。


 オルティーネはかぶを選び、にんじんを選び、玉ねぎを選んだ。根元に土のついたねぎと、香草の束も買った。


 ファルは荷物を持ちながら、オルティーネが手に取るものを一つずつじっと見ていた。


「それは何だ」


「かぶ」


「それは」


「にんじん。……ファルさん、にんじん知らないの?」


「名前は書物で読んだ」


 ファルはオルティーネの手の中の赤紫色のにんじんを見下ろした。


「こういう色だとは書いていなかった」


 八百屋のおかみさんが二人を見てくすくす笑った。それから、「お連れさんはかぶも初めてかい」と言って、小ぶりのかぶを一つおまけに包んでくれた。


 乾物屋では干しきのこを一袋、肉屋では塩漬けの豚の脂身をひとかたまり買った。


 夕方、ファルはオルティーネを王宮の通用門まで送った。門の前で立ち止まって、抱えていた包みを全部オルティーネに渡した。


 通用門の門番が、紫の長衣のファルと包みを抱えた王女を見比べて目を丸くした。王女が文官を供に連れて市場から帰ってきた。それも、かぶやねぎの束を山ほど抱えて。門番は何か言いたそうに口を開いて、結局黙って門を開けた。


「欲しいものが買えてよかった。ありがとう!」


 ファルは黙って一礼した。それからくるりと背を向けて、北のほうへ歩いていった。紫の長衣の背中が夕暮れの坂の下へ小さくなっていく。


 一度もふり返らなかった。


 けれど、坂の角を曲がる前にほんの少しだけ足が止まった。オルティーネはそれを見ていた。


次から儀式の準備が始まります。


毎日11時に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。