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【第1章完結】国王に虐げられた悪役王女が、転生した呪いの力で復讐する〜呪いは二人の共同作業〜  作者: 降月
第1章 石の呪い

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石の呪い(2)

 翌朝、紫の侍従に馬車を頼むと、侍従は行き先を聞いて一度だけ目をむいた。けれど、それきり何も聞いてこなかった。廊下の向こうで、また伝令が走っていく足音がしていた。


 馬車は王宮の正門を出て、王都を北東へ抜けた。


 オルティーネはふだん着の上に厚手の外出用の外衣をはおっていた。向かいの席では、マグダが乾かした花びらを詰めた香り袋を両手で鼻に押し当てて、窓の外を見ないようにしている。


「マグダ、まだ王都よ」


「わかってます。わかってますけど、心の用意です」


 マグダは香り袋の陰からちらりとオルティーネを見た。


「姫さま。黒衣の者に名を呼ばれても、振り返っちゃいけないんですよ。名前を呪いに使われるからって、小さいころ、母に言われました」


「わたしの名前なんて王宮じゅうの人が知ってるわよ」


「そ、それはそうですけど」


「それに、向こうから手紙で呼んできたのよ。もう名前は使われてるわ」


 マグダは香り袋に顔を埋めた。


 オルティーネは膝の上でゆうべの手紙をもう一度開いた。細い字が同じ大きさで、まっすぐに並んでいる。一字も崩れていない。書き損じも墨のにじみもない。どんな人がこの字を書くのだろう、と思った。


 窓の外の家並みがだんだん低くなっていった。屋根が黒ずみ、壁の塗り土がはがれた家が増える。煤路と呼ばれる、王都の北東の外れだ。ここから先へ向かう道を、王都の人たちはあまり使わない。


 家並みが切れると、道は扇状地の端をゆるく上りはじめた。右手には、王宮の背後から続く崖が、灰色の壁のように北へ延びている。ところどころに、昔の採掘の跡だという黒い穴が開いていた。左手の畑は刈り入れが済んで、刈り株だけが並んでいる。


 王宮のすぐ後ろの崖を、王宮の人たちは「王の背」と呼ぶ。オルティーネの離れの窓からもその崖は見える。朝はいつも崖の上の森から日が昇ってきて、離れの台所に光が差しこむのはずいぶん遅くなってからだ。


 その崖をこんなふうに横から眺めるのは初めてだった。崖は王宮の後ろで終わってはいなかった。北へ、北へと、どこまでも続いていた。


 半刻と少し走ったところで、道は山裾の谷へ入った。


 谷の奥に石壁が見えた。


 高い壁だった。灰色の石を積み上げた壁が谷の幅いっぱいに横たわっている。壁のところどころに、新しく継ぎ足したらしい白っぽい石が混じっていた。


「門は北にしかないそうです」


 御者台から御者がふり返って言った。


「壁に沿ってぐるっと回ります」


 馬車は壁に沿って谷の奥へ進んだ。壁の上から、細い煙が何本も上がっている。どこかで子どもが笑う声がした。マグダが香り袋から顔を上げて、ふしぎそうに耳をすませた。


 北門の前で馬車が止まった。


 門の脇に、平たい大きな石が据えてあった。腰の高さほどの台のような石で、上はすり減ってなめらかになっている。石のそばの柱には、古い鈴がひとつ下がっていた。


 オルティーネは馬車を降りて、門の前に立っていた黒い頭巾の門番に聞いた。


「この石は何を置くための石なの?」


 門番は少し間をおいてから答えた。


「物資と、それから、人です。夜にその鈴が鳴ると、世話係が出て、拾いに行きます」


「人」


「子どもが多いです。病人も」


 オルティーネは石の上のなめらかなくぼみを見た。何人ぶんの重さで、こんなにすり減ったのだろうと思った。


 それきり何も聞けなかった。


◇


 郭の中は思っていたよりも静かだった。


 通りを行き交う人の多くが黒い頭巾のついた外衣を着ている。足を引きずっている人がいた。顔の半分に古いやけどの跡がある人もいた。井戸のそばで、女たちが大きなたらいで布を洗っている。洗っている布はどれも白く、何度も煮洗いしたらしく薄くなっていた。


 通りを走ってきた子どもが三人、目の前で立ち止まって、オルティーネの金の髪をぽかんと見上げた。いちばん小さい子が、オルティーネに手を振った。オルティーネも振り返した。子どもたちはきゃあと声を上げて、路地へ逃げていった。


 案内されたのは、内側の壁の奥にある石造りの棟だった。廊下は狭く、薬草を煮る苦い匂いがしみついている。マグダは香り袋を鼻に当てたまま、オルティーネの背中にぴったりくっついて歩いた。


 通された部屋には、窓が一つしかなかった。


 その窓の前に、黒い人が立っていた。


 頭から足まで漆黒の長衣だった。顔の下半分を黒い布で覆い、見えているのは目のまわりだけだ。痩せていて、背が高い。長衣の袖口からのぞく手首が、驚くほど細かった。


「こんなところに呼び出してすまないね」


 穏やかな声だった。言葉を一つずつ、ゆっくりと静かに口にした。


「本来なら、こちらから伺うのが筋だ。けれど私は、この北の郭から出ることができないのでね」


 黒の師団長、セラフ・ノクトだった。


 その隣にもう一人立っていた。同じように黒い頭巾をかぶり、顔の下半分を布で覆っている。セラフ師団長よりもさらに背が高く、肩のあたりががっしりしていた。体つきからすると、男の人だろう。一言もしゃべらず、目だけをこちらに向けていた。鋭い目だった。


「王女殿下。座ってくれるかい」


 セラフ師団長が粗い木の椅子を勧めた。オルティーネが座ると、マグダは椅子の後ろに立った。


 部屋の壁はほとんどが棚だった。とじた紙の束が床から天井まで隙間なく積まれている。束の背には一つ一つ、細い字で名前が書いてあった。人の名前らしかった。


 背の高いほうの人が黙って木の杯を一つ、オルティーネの前の小さな台に置いた。白湯だった。杯の飲み口が一か所欠けていて、欠けたところが何度も指でなでられたように丸くなっていた。


 オルティーネは杯を両手で持って、一口飲んだ。後ろでマグダが小さく息をのむ音がした。


「おいしい」


 オルティーネが言うと、背の高い人の目がほんの少しだけ動いた。


「今回呼び出したのは、国王陛下のことだ」


 セラフ師団長は窓の前に立ったまま話した。


「二十年あまり前のある事件から、陛下は幾度となく各師団に無理を言ってきた。私たちはそのたびに飲み込んできた。どの師団もだいたいはそうだ。けれど」


 そこで、セラフ師団長は少し言葉を切った。


「戦だけは見過ごせない」


 オルティーネは膝の上で手を握った。


「戦になれば、兵が死ぬ。兵が死ねば、その家が困る。帝国の側でも同じことが起きる。それに戦場では必ず病が出る。病が出れば、ここへ来る。私たちは戦の後始末を何度も見てきた」


 窓の外でまた子どもの声がした。


「そこで殿下にお願いがある。私たち黒の師団の力と、殿下の力で陛下の戦を止めてほしいのだ」


「わたしの力、ですか」


 オルティーネは思わず聞き返した。


「わたし、魔法は使えません。それに、お父様はわたしの言うことなんて聞きません。昨日も女の口出しは要らん、って」


「知っているよ」


 セラフ師団長の目がほんの少しだけ細くなった。笑ったのかどうかは、布に隠れて分からなかった。


「だからこそ、殿下にしかできないことがある」


 セラフ師団長は壁の棚のほうへ目をやった。


「陛下はまわりの誰も信じていない。重臣も師団も侍従もだ。二十年あまり前からずっと、身内の中に裏切り者がいると思っておられる。誰かが近づけば、まず疑う」


「わたしも身内ですけど」


「陛下は殿下を見ない」


 オルティーネの指が膝の上で止まった。


「見ないものは疑わない。殿下が離れで何をしていようと、誰と会っていようと、陛下は気にも留めない。王宮の中で、陛下の目がまったく向いていないのは、殿下だけなのだよ」


 ひどいことを言われている、と思った。


 けれど、セラフ師団長の声には少しも意地の悪さがなかった。ただ知っていることを、そのまま並べているだけの声だった。そして、言われたことはどれも本当だった。


 後ろでマグダが小さく鼻をすすった。


 オルティーネはしばらく黙っていた。


 弟の青い顔が浮かんだ。広間で縮こまっていた小さな肩。それから、門の脇のすり減った石。


「わたしなんかの力で止められるなら」


 顔を上げた。


「喜んでお手伝いします」


「快く引き受けてくれて、ありがたい」


 セラフ師団長は窓の前から離れて、オルティーネの前まで来た。隣の背の高い人も、黙って一歩だけついてきた。


「その方法とは――」

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