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【第1章完結】国王に虐げられた悪役王女が、転生した呪いの力で復讐する〜呪いは二人の共同作業〜  作者: 降月
第2章 首飾りを差し出せ

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首飾りを差し出せ(6)

 翌朝、夜が明けきらないうちに、オルティーネは目を覚ました。体には、ファルが持ってきた毛布がかかっていた。端を指でつまんで、部屋の隅を見た。


 ファルは宝物方の部屋へ行くのだと言って、出ていった。書き役が一人いないと、今日の返却に間に合わないと、きのう若い者たちに泣きつかれていたらしい。


 入れ違いに、マグダが戻ってきた。目の下に、また青い影ができていた。


「結べました」


 マグダは戸口に立ったまま言った。


「目録の紐の結び目の陰に。陛下はゆうべ、目録を寝台の脇で一枚ずつめくっていらっしゃいました。最後の一枚までめくって、表紙を閉じて、紐のところを指でなでて。それから、明かりを消されました」


「それから?」


「夜中に何度もお声が」


 マグダは自分の手首をもう片方の手で握った。


「ほどけ、ほどけ、って。何度も」


 オルティーネは黙ってうなずいた。それから、マグダを台所の腰掛けに座らせて、ゆうべの豆の煮込みを温め直して食べさせた。マグダが食べているあいだに、黒と紫の服に着替えた。


 背中の紐は、一人では結べなかった。マグダが器を置いて、手を拭いて、結んでくれた。


「姫さま」


 紐を結びながら、マグダが言った。


「わたし、ゆうべ目録に札を結ぶとき、侍従さんにうそをついたんです。枕が高すぎるって。陛下は何もおっしゃってないのに」


「うん」


「うそをついたのは、生まれて初めてでした」


 マグダの指が、背中の紐の上で止まった。


「姫さまは、こわくないんですか」


 オルティーネは鏡の中の自分の顔を見た。黒い服を着て、髪を高く結い上げた顔。目尻をつり上げると、知らない人の顔になる。


「こわいわよ」


 オルティーネは言った。


「お父様の手首をつかむのが、いちばんこわい」


 マグダは何も言わなかった。黙って最後の紐を結び終えた。それから、オルティーネの胸元の首飾りの鎖が、服の襟に絡まっていないか、指でそっと確かめた。


◇


 宝物方の検分は、王宮の西の翼の小広間で行われた。


 長い卓の上に、集められた宝飾品の箱がずらりと並んでいた。箱の数は二十を超えていた。それぞれの箱の前に品を集めた場所ごとに、持ち主の名を書いた札が立ててある。部屋の壁際には、宝物方の者たちと、衣装方の女官たちが緊張した顔で並んでいた。品を取り上げられた者たちも、何人か呼ばれて、部屋の隅に固まって立っていた。年老いた侍従、若い女官、下級貴族の夫人。誰もが、自分の箱の前の札を見つめていた。


 ゲルダは卓の端に立っていた。首から下げた水晶の玉を指でつまんで、くるくる回していた。


 国王は卓の正面の椅子に座っていた。


 オルティーネは入ってすぐに父の顔を見た。


 目の下が黒ずんでいた。


 頬がこけて見えた。髪は侍従が整えたのだろうが、こめかみのあたりが一筋だけ跳ねている。両手は、ひじ掛けをきつく握っていた。指の関節が白い。手首の内側を、もう片方の手の親指が何度も何度もこすっていた。


 まるで、何かがそこに巻きついていたのを、こすり落とそうとするように。


 国王の前の卓には、ゆうべの目録が置いてあった。厚い紙の束の背を、麻紐が二重に巻いている。その結び目の陰に、小さな布の切れ端がぶら下がっていた。国王の指が、ときどきその結び目のほうへ伸びた。触れる前に引っこんだ。


 国王は王女が入ってきたのに気づいた。


 黒い服だった。黒い絹に深い紫の飾り布。襟元と袖口の黒い透かし編み。高く結い上げた金の髪に、黒い飾り紐。


 胸元には、黒ずんだ銀の鎖が下がっていた。鎖の先で、深い紫の石が窓からの光を吸いこんでいた。


 国王の目が、その石の上で止まった。


「その服は何だ」


 国王が言った。かすれた声だった。


「なぜ黒を着ている。黒は北の郭の色だ。王女が黒など」


「お父様に、お目にかかるときの服ですわ」


 オルティーネは答えた。


「この前も、そうしておりましたでしょう。お父様がわたしをご覧にならないから、お気づきにならなかっただけで」


 国王の口が、半分開いたまま止まった。


 部屋の隅の誰かが、小さく咳をした。すぐに口を押さえる音がした。


 オルティーネは卓の前まで進んで、裾をつまんで一礼した。


「お父様。お約束どおり、わたしの品を持ってまいりましたわ」


 低い声だった。ゆっくりで、語尾まで冷えていた。


 部屋の隅の者たちが息をのんだ。ゲルダの指が、水晶の玉をつまんだまま止まった。


 国王は何か言おうとした。


 唇が動いた。けれど、声にならなかった。国王の目は、まだ首飾りの石の上にあった。それから、ゆっくりと卓の上の箱へ移った。宝物方の箱。指輪や腕輪や髪飾りが、柔らかい布に包まれてぎっしり詰まった箱。


 国王の喉がごくりと鳴った。


「……それを」


 国王はかすれた声で言った。


「それを差し出せ」


 オルティーネは首をほんの少しだけかしげた。


「差し出していただくのは、お父様のほうですわ」


「何を」


「その命令を」


 部屋がしんとした。


「王宮の宝飾品は、すべて王家のもの。お気に召した品は宝物庫へ。そのお触れを、取り下げていただきます」


 国王の手がひじ掛けの上で震えた。


「朕のものだ」


 国王は言った。声が裏返っていた。


「王宮にあるものはすべて朕の――」


「お前がこちらのものだ」


 オルティーネは静かに言った。


 国王の顔から血の気が引いた。


 オルティーネはそこで口をつぐんだ。ただ、黙って父の顔を見ていた。目を細めて、首をかしげたまま。


 国王の目が、卓の上の宝飾品を見た。王冠はなかった。けれど、国王は王冠を探すように、卓の端から端まで目を走らせた。それから、自分の手首を見た。手首には、何も巻きついていなかった。


「……取り下げる」


 国王の声は、ほとんど聞こえないくらい小さかった。


「お触れは取り下げる」


「集めた品は、すべて持ち主へ返していただけますわね」


「返す」


「宝物方と衣装方の者は、誰も罰しない。箱の札を替えた者も、品を取り出した者も」


 国王の目が一瞬だけ、ゲルダのほうへ動いた。


「……罰しない」


「では」


 オルティーネは卓の脇を回って、国王の椅子の前へ出た。


 片手を胸元の首飾りに当てた。服の上から石を握った。


 もう片方の手を、ひじ掛けの上の国王の手首へ伸ばした。


 四日前と同じだった。指先が、手首に届く前に一度止まった。宙で小さく震えた。


 オルティーネは唇の内側をかんだ。


 それから、つかんだ。


 細い手首だった。四日前より、もっと細くなった気がした。骨ばっていて、冷たかった。手首の内側の、親指でこすり続けていたところだけが、赤く熱を持っていた。


 国王の体が、一度だけ大きく波打った。それから、椅子の背にぐったりともたれかかった。


 オルティーネの胸元で、首飾りの石がじわりと温かくなった。


 手を離した。


 国王はもう王女を見なかった。椅子にもたれたまま、ひじ掛けの上の自分の手首をぼんやりと見ていた。


 オルティーネは国王に背を向けて、卓の端のゲルダのほうへ歩いた。ゲルダは水晶の玉をつまんだまま、まっすぐ王女を見ていた。


「お約束どおり、持ってまいりましたわ」


 オルティーネは胸元の首飾りを指先で示した。


「帳面のわたしの名前の横に戻した、と書いておいて」


 ゲルダはしばらく黙っていた。


 それから、深く頭を下げた。いつもより、ずっと深く。


「かしこまりました。王女殿下」


 宝物方の者たちが、箱の前で動きはじめた。


 布に包まれた品が一つずつ取り出され、持ち主の名を読み上げられて、部屋の隅の者たちの手へ戻されていった。若い女官は耳飾りを受け取ると、その場ですぐ耳たぶに着け直した。下級貴族の夫人は受け取った腕輪を胸に抱いたまま、目を閉じた。


 ゲルダが小さな布の包みを一つ、自分の手で取り上げた。


 包みの端に、震える字で名前が書いてあった。ゲルダはその名前を読み上げなかった。部屋の隅へ歩いていって、年老いた侍従の前で止まった。黙って包みを差し出した。


 老侍従は包みを両手で受け取った。布を開いた。


 細い銀の指輪だった。小さな青い石が一つ、載っていた。


 老侍従は指輪をつまんで、薬指にはめようとした。指の関節で指輪が止まった。老侍従は指輪に唾をつけようとして、ここが陛下の御前だと気づいたように手を止めた。それから、指輪を薬指の先に引っかけたまま、もう片方の手で包みこんだ。


 老侍従の目が、部屋の向こうの王女のほうへ動いた。


 オルティーネは黒い服のまま、まっすぐ前を見ていた。老侍従のほうは見なかった。目尻をつり上げたまま、小広間の戸口へ向かって歩いていった。


 戸口を出る直前に一度だけ、目元がゆるんだ。誰もそれを見ていなかった。


 小広間を出て、回廊の角を曲がったところで、オルティーネは壁に片手をついた。


 右の手のひらが、まだ父の手首の形を覚えていた。細くて、冷たくて、内側だけが赤く熱かった。手のひらを壁の石に押しつけると、石の冷たさがその形を少しずつ消していった。


 足音がした。


 回廊の向こうから、紫の長衣の背の高い男が、帳面を三冊も抱えて歩いてきた。宝物方の部屋へ向かうところらしかった。ファルは壁に手をついている王女に気づいて、足を止めた。


 回廊には、ほかにも人がいた。侍従が二人、女官が一人。紫の文官が、王女に気安く声をかけられる場所ではなかった。


 ファルは何も言わなかった。


 帳面を抱えたまま、ほんの少しだけ顎を引いた。うなずいたのか、会釈をしたのか、分からないくらいの小さな動きだった。


 オルティーネは壁から手を離した。背筋を伸ばして、黒い服の裾を整えた。それから、ファルとすれ違った。すれ違うとき、ファルの長衣の袖と、オルティーネの黒い袖がかすかにこすれた。


 どちらも振り返らなかった。

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noteに解説記事も置いてあります:https://note.com/ten_division/n/n804584159471

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